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『おい坊や、気は確かか?』


 はあ!?
 しゃべったな、今確実にしゃべったな!
 それでも怖くて耳を疑いたくなったが、やっぱり聞こえてしまう。

 こっ……この……場所だったか。
 ふうっと、溜め息を吐きながら。


「この木だよな……ぜったい??」


 俺は腰掛けている木に思いをはせる。

 水飴を食べ終わったあとの割りばしを口にくわえながら、そっと掌を幹に当てる。
 木は生きているって言うもんな。あれ?……水だったっけか。

 とにかく精霊が宿っている……んだよな。(きっと…)
 周りの子らとはうまく話せない代わりに、人間じゃない生物とはいつか意思の疎通が叶うと実は信じていて。

 この公園の便所のそばの日陰った所に子供たちから忌み嫌われている、見た目がすこぶる気持ち悪い木があり、「呪いの木」と名付けられている。

 その姿はまるで西洋のホラー映画に登場するような、不気味な形容を成している。
 体のどこかに耳や口があって薄気味悪い声で、しゃべり出すんじゃないかと。
 姿かたちが醜いからと、呪われていると決めつけられて物やボールをぶつけられていた。ときには親の仇と言わんばかりに蹴とばされることも見受けられた。

 公園内には他にもたくさんの木が植樹されているが、その一本だけはどの季節にも葉が茂ることはなく、いつも枯れているように見えていたからだ。

 勿論思いやりの心を持った優しい子供はその限りではないし、俺もそこまで酷いことはしたことがない。姿が気味悪くて、気持ち悪いと思うことはあるけど。だれも居ない時にこっそりと、

 彼に優しく、「俺は……おまえを悪く言わないし、ボールをぶつけたりしないからな。呪わないでくれよな」って。

 環境に恩を売っておけば、しっかり報いを受けて、大自然を味方に変えられる。

 いつか、お年玉を貰いに行ったとき、祖母ばあちゃんが言っていたっけ。
 お年寄りって……なんでこうも恩返しの話ばかり、孫にしたがるんだろうな。

 まあ、いっこうに返事なんて返って来やしないんだが。

 大人たちだって、ペットや花壇に向かって話しかけるじゃないか。
 言葉を知らない彼らにさ。
 俺のとった行動は異常でも何でもないはず。
 偏屈でもなければ、変人でもない。

 なのにどうして……俺ばかり異質扱いされんだよ。

 いつもここら辺で顔をぶるっと震わせて現実に戻ろうとする。
 感傷に浸ると遊び時間がなくなるから、深く考えないようにな。


 だけど……。


 寿命は儚いが──いっそのことトンボにでも生まれてよ。
 すいすいと地上のやつらを見下ろして。
 生涯、畑のミステリーサークルでも眺めて暮らせりゃ幸せだったのになって。


『……そう声を掛けてやったのか? 一見、優しそうに思えるがエグイ言葉を向けておることに気づいておらぬな』


 うわっ! この木が怒ったんだろうか。


「だから誰だよ、あんたは!? さっき目の前をわざとらしく遮ったやつだろ?」


 確かに周囲からは疎いと囁かれているさ。だが──。
 その実、そこまで鈍くは無いんだよっ!



 ──先程からずっとだ──



 何者かが俺にまとわりついている。
 木の精か。それとも気のせいか。
 そんな神秘的な現象への憧れが、これまでに無かったと言えば嘘になるが。

 ていうか、なに熱くなってんだろうな俺は。
 きっと何かの聞き違いさ。蝉たちが沢山鳴いてるもんな。

 たぶんだけど……近所の役員の人が肝試しの準備でもされているのではないかと、思う次第だ。それで悪戯心が出て、からかっているに違いない。

 ゆ、幽霊なんか信じないぞ。
 フレンド申請したおぼえもないぞ。あっち行けよ。
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