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しおりを挟むお堂があったのは長屋の通りの裏手のようだ。
お里の案内で奥から5軒目の家が自宅だと分かる。
そちら側が表通りになる。
向かいの家が彼女の家だった。
まだ両親が健在のお里の家にお邪魔させてもらっている。
食べ損ねた夕飯を分けてくれるといい、一応断るも強引に引き入れられて。
粗末なものしかないがお里の母が振る舞ってくれた。
近所づきあいも、相当な仲なのだと思えた。
その裏道から抜けた場所に寺子屋があって盤次郎はそこに居候の身となっていた。
「この時代は生活保護がないのだな……」
おっと、失言。
「……でね、寺子屋の先生が見るに見かねて下宿兼お手伝いとしてくれたの」
両親が早くに他界した盤次郎はこれまでなんとか近隣の助けで暮らしていたが、借家に新たな入居者が来て、そこを立ち退かなくてはならなかった。
もともと寺子屋に通いたくて働きながら、足しげく通っていた。
通っていたといっても正式通学ではなく、覗き見だった。
働くといっても近所の川や海から魚を釣り上げてきて自給自足をしていた。
自給自足も不完全でご飯を近隣からお裾分けしてもらいながら、なんとか生きて来た。
近隣の者たちはたまにお裾分けできる程度。日替わりでそれそれ飯の差し入れをする程度だった。つまり毎日ちがうお宅から順番に施しを受けていた。それを受けられない日もある。
だれも家族として受け容れることはできなかった。
次第に付き合いはうちとお里の家だけになった。
うちは父親が居ない分、稼ぎがない。
お里の家は両親がいるといっても父親が時折、博打場へ出かけるのでその父親が反対でとても受け入れられなかった。
おお、父親の賭博が原因で将来、娘が売られて行くと言うのに。
「ご、ごちそうさま」
冷や飯と沢庵とお茶。
飯は冷えてしまうとどんどん固まっていく。
贅沢を言うようだがあまり美味しくない。
父親はもう寝る所だった。
寝るための部屋と台所部屋の二間しかない。
盤次郎を引き取れないことを悪く思っていたのか、俺は何も言われずに済んだ。
お里の母親は優しかった。
「もう盤ちゃんの心配はせず、しっかり食べなきゃだめよ」
「藤吉郎先生の所なら、食事もしっかりしているはずだから。駒ちゃんがいつまでも差し入れなんかしてたら先生の顔に泥を塗ることになるんだからね」
そんなことになっていたのか。
盤次郎は将来、宿屋に住み込みで働いていたが寺子屋の方はどうなるのだろ。
「盤ちゃんが引き取られて行ってから3日になるけど、お里が寂しそうにしているの。駒ちゃんまでどこかに行っちゃうんじゃないかと不安がってね」
え、まあ。
外れじゃないけどね……。
「駒ちゃんも落ち着かないのはわかるけど、夜に一人で家を飛び出したら駄目よ。お里もよ。またいつでも遊びにきてちょうだい。今夜は遅いからこれで…」
すぐ向かいの家だから、なんか大げさに聴こえるのだが。
それでお里はあんなに抱き着いて来たのか。
たしかに駒次郎の姿まで見えなくなればお里は不安を抱えざるを得ないか。
今夜はこれで引き揚げて、家に帰ったら寝るだけだな。
明日になったら盤次郎のいる寺子屋を訪ねてい行こうと思う。
お里に案内を頼む…というより。
次の日は昼間に一緒に、盤次郎の働きぶりを見学に行こうと誘った。
「ええ、もちろん一緒に行くよ」
お里の不安もその表情から薄れた。
屈託のない笑顔のまま、さよならをした。
母娘にお礼を言って、向かいの自宅玄関へと向かった。
うちの母は働いているのですでに就寝しているようだ。
そっと音を立てないように寝室のふすまを開けると、母親が死んだように眠っていた。
すぐ隣には布団が敷いてあった。
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