美しき、患者

小豆あずきーコマメアズキー

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美しき、患者

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膣に射精された精子が駆け抜け、子宮へと到達する。そして、卵管を通り卵子を待つ。卵巣から排卵が起こる。精子と排卵をした卵子が、卵管膨大部で出会い、受精をする。受精卵は細胞分裂を繰り返しながら卵管を通り、子宮内へ移動する。子宮に到達した受精卵は、子宮内膜に着床し、妊娠が成立する。互いに子を作るのは初めてだ。

『はぁはぁはぁはぁはぁ2人で、愛を注いでいけば大丈夫』

暗がりのベッドの上で、乱れる呼吸。

『はぁはぁうん』

不安はいっぱいだが、濃厚な口付けを交わし、愛し合う。

『うぅっ!ぐ、ああぁ!』

分娩室で仰向けになり、力むので棒のようなものを持たせられていた。

『頑張れ!もう少しだ!鈴!』

立ち会ってくれた夫は、妻の手を握っていた。

『うううぅあああああぁ!』

唾液を垂れ流し、ギリッと歯を食い縛って、激痛の中、力を緩めないように奮闘する。

『ぎゃああぁん!ぎゃあぁ!』

どのくらい経ったか分からない。けど、元気な男の子を無事出産出来た。幸せで幸せで、こんな幸せな事は二度と起きないかもしれない。愛し合う夫婦から産まれた子供は、絶対に幸せになる。産まれた直ぐに、子供よりも先に泣いたのは夫だ。初めての子供に、初めての妻の出棺の立ち会い。ベッドの上で、鈴は頬を染め、笑みを浮かべた。

俺は。

この人たちの愛によって出来た子供。

白鳥京牙。

本当に幸せ何だ。

パパとママで良かった。

出会えさせてくれてありがとう。

けど、その幸せが、突然に無くなった。

「京牙。これをパパに運んで行ってくれる?」

「うん」

キッチンに立つ、ブロンドの短い髪の一度見たら頭に残る蠱惑的な美貌の女、母親の鈴が、切ったリンゴを皿に乗せて黒いお盆の上に置き、差し出した。彼女は妊娠していた。8ヶ月の子が、お腹の中で必死に生き延びようと頑張っている。性別は女の子のようだ。7歳になった彼は、キッチンから出て、部屋へ運びに行く。平屋なので階段は無く、玄関開けたら直ぐ近くの部屋がパパの部屋だ。

「父ちゃん!りんご!」

ガチャッとドアを開けると、ベッドの上で仰向けになっているパパの姿が。緑色が掛かった黒髪の高身長で、性的魅力に溢れた男。青いシャツを身に付けており、下半身は薄い毛布を掛けているのでズボンの色が分からない。

「父ちゃん?父ちゃん!」

床に置き、走って駆け寄り揺さぶる。

「父ちゃん!父ちゃあん!」

「わぁ!」

「ああああぁ!!」

突然目を開けて大きな声を出されたものだから、彼は驚愕のあまり倒れてしまう。

「ぷはははははは!」

「父ちゃんふざけるなよ!」

立ち上がり、その肩を叩く。

「死んじゃったかと思っただろう!?」

「ごめんごめん。退屈だったからさ。京牙と遊ぼうかなって思って」

去年の春。ナガレの体に突如異変が起きた。先ずは、片方の目が薄れて来た。疲れ目だと思い放置していたら、見えなくなった。片方の目だけが失明したのだ。そこから、脳に異常が起きた。脳が痺れ、体に流れる電流のような激痛。彼は、左手と、右脚が硬直して動けなくなってしまった。そして今、寝たきりの状態に。脚が起動しなくなった。ベッドの近くには車椅子が畳まれている。

「それに、俺は死なねえよ。まだ子供も産まれるんだから」

「そうだよ!父ちゃんは死なない!絶対に!でも俺、父ちゃんのこんな姿、見たくない」

絶えず涙で瞳が潤い、拳を握り締めて涙を流すのを必死になって堪える。

「父ちゃんはいつでも、元気で、俺が泣くと直ぐに駆け付けて来て。『強くなれよ』って言って、いきなり押して来たり、川に落としたり、壁に放り投げたり」

「そこまではしてねえ!川までは事実だけどな!?」

「そうやって俺に本気でぶつかって来たくせに!何で今父ちゃんが弱くなったんだよ!今の俺なら父ちゃんを倒せる!」

ぼろぼろと大きい雨粒のような涙を流して泣く息子を見て、父はこう言った。

「京牙。来い」

「グスッ!うぅ!」

更に近付くと、動けないはずの方の腕に、力を入れ、ギリッと歯を食い縛り、頭に手を、置いたのだ。

「父ちゃん…!」

「痛えよ。むっちゃ痛え。痺れてるけどさぁ」

腕を動かすだけで、脳が痺れ、片方の目の視界が悪くなる。まるで妨害された電波のように。

「俺、強いだろう?俺のどこが弱いって?病気が何だってんだ俺は病気何かに負けねえ!良いか?京牙。お前が、今度はママを守る番だ。泣くな!ママを守れ。女を守れねえのは、男じゃねえぞ?京牙」

ニヤッとして言い、スルッと腕がずれ落ちた。

「父ちゃん…」

手の甲で涙を拭い、更に喋り続けた。

「父ちゃん死なないで!死んだらやだよ!父ちゃん!俺強くなるからさ!母ちゃん守るからさ!だからお願い!父ちゃん死なないで!死なないで父ちゃん!死なないで!」

「バ~カ!俺は死なねえよ!図太く生きてやるぜ!」

部屋の前に立つ鈴は、天井に顔を向けて瞳を揺らし、綺麗な涙を、流していた。

「………………………………………」

私も泣いたらダメ。

子供の前でも、夫の前でも。

私も強くならなきゃ。

ナガレ…。

やがて、リビングのソファーで仰向けになって眠る京牙が、一筋の涙を流していた。

「………………………………………」

鈴は、リビングから出て、夫の部屋へ行った。

「ナガレ」

「おぉ鈴!鈴…!早く顔が見たい」

目で見てる視界の範囲は、狭まれて行っていた。彼女は近付くと、夫の頬に触れれば、鈴の顔がしっかりと視界に入って来た。

「居た~」

笑みを浮かべ、嬉しそうにそう口にした。

「ナガレ。痛む?」

「あぁ。ちょっとな?体が痛い」

「ナガレ。痛むと思うけど、我慢して…」

その手首を掴んで優しく持ち上げれば、徐々に負担になっていく腕から来る痛み。

「ぐ、うぅ!」

彼女は、妊娠したお腹に触れさせた。

「あぁ~。大きくなったなぁ~。ママの腹の中で、生きてんだなスクスク育って」

彼女は、泣きそうになるのを堪えて、ぐっと、下唇を噛み締める。

「見てえな。どんな子が産まれるのか。抱きてえなあ」

そんな、弱い発言を聞いたものだから、ぼろぼろぼろぼろ、大粒の雨のような涙を流した。

「バカ…。そんな弱気な事、言わないでよ」

「………………………………………」

「抱けるから。大丈夫。生き続けるの。生き続ける事だけを考えて!ナガレ…!」

すると彼は、笑みを浮かべた。生きる理由がある。死ぬ理由など無い。誰だって生きたいと願っている。彼はまだ34歳。子供達と共にまだまだこれから長いのに、何故ナガレが、こんな思いをしなくてはならないのだろうか。

泣いててもお前は。

綺麗だよなぁ?

「鈴。来いよ」

すると彼女は上体を倒し、ムチュッと、唇に唇を、押し当てた。

変わって上げられるなら。

変わって上げたい。

ナガレ。

生きて…。

その夜。

彼の頭の中で響くのは『生きたい』と、願う声。

俺、アイツら置いて死ねるのか?

違う。

生きろ。

生きるんだ!

妻と子の為に、生きるんだ!

病気が何だ!

絶対えに負けねえ!

生き続けろ俺!

産まれてくる子供の為にも!

生きろ!

生きて!

生き抜け!

まだくたばるなよ!

白鳥ナガレええええぇ!!

ドクン!心臓が大きく鼓動した時、彼は目を見張って瞳を揺らす。

俺は生きる。

生き続ける。

くたばる訳には、いかねえ!

翌日。

鈴は、夫の部屋のカーテンを開けに中に入るなり

「!!!!!!!!!!?」

ベッドの上に上体を起こして座っているナガレの姿が。彼女は目を見張り、口を塞ぐ。

「おはよー!」

「ナガレ…!」

駆け付ける脚が重たい。こんな事あり得るのだろうか。

「体、痛く無いの?」

「何だか。軽いんだよ。体が」

「ナガレ」

瞳を揺らし、その頬に触れた。車椅子に座って、海の近くまで散歩しに来た。

「父ちゃん!貝殻持ってくる!」

「おう!気を付けろ!」

砂浜に走って向かう彼ははしゃぎ、その後ろから押していた彼女は立ち止まる。

「ナガレ。一緒に生きて行こう。産まれてくる子の為にも、家族4人で、生き続けよう」

「あぁ」

生きて、生きて、生き続ける。生が勝つか、死が勝つか。彼は生涯、妻と子を愛しながら、闘い続ける。
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