うちの部員が多いワケ

氷室ゆうり

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うちの部員が多いワケ

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さざ波中学校の陸上部は、弱いわりに人数だけは学年最大を誇るという、相も変わらず奇特な組織である。
まあ、致し方ないだろう。と、部長の谷本はケラケラと笑う。
さざ波中学自体は100名程度の小規模校。このような学校だと一学年が40人をきるようなことも珍しくない。そのような中学校は基本的に田舎にあるのでほぼ全員が小学校以前からの付き合い、転校生が来ようものなら皆で歓迎するようなところだ。
しかしこのようなところの部活事情というのは、やはりというか難しい。さざ波中学にもやはり部活に関する問題は非常に多くあった。
一つ目、人数が必要な部活が作りづらい。野球、もしサッカーなら最低11人必要だ。100人のうち半分を女子とすると50人の男子のうち、11人を持ってこなくてはならなくなる。他の部活だって同様だ。バスケ部やバレー部を含め、男女別チームスポーツの人員獲得は戦争だ。
2つ目、文化部が少ない。なんと我が中学の文化部は美術部しか存在しない。新しい部活を作ろうにも運動部の都合上、先生たちが止めるのだ。これは帰宅部に対しても同じことが言える。
そんな状況にもかかわらずわが校の部活所属率は9割近い。帰宅部には積極的に先生が、内申に有利だからなどと言って様々な手段を用いて入学させようとしてくる。
だが、それだけの理由で部活所属率を維持できているはずもない。たいていどこかにからくりは存在するのだ。





さて、そんな分かり切った状況を前に陸上部部長に就任した谷本(たにもと)雄(ゆう)介(すけ)は歴代の部長と同じことを思った。
文化部は美術部だけで、あとは運動部。運動と美術が苦手な奴らはどうすりゃいいのか?と。


そして、その答えが部活発表会で説明した陸上部の伝統ある活動方針である。



『新一年生の皆さん!ついでに2年も3年も!我が陸上部は、運動が嫌いな子、美術が苦手な子を思いっきり引き取ります!どうせわが校の陸上部は大して強くありません!それでもわれら陸上部は学年の最大派閥です!なぜか?それは我らがすべての部活の背骨であるからです!実際にも我ら陸上部は、ほかの部活に多数の助っ人を派遣しております!
運動得意だけど体育会系のノリが苦手なあなた!うちの陸上に所属だけしてその時の気分でサッカーや野球の部活に助っ人に行けばいいのです!うちにそのような体育会系としての雰囲気は一切ありません!見てください皆さん!うちの陸上部の西尾君を!なんてだらしない体でしょう!それでも彼は、我らが陸上部の最高幹部です!運動嫌い、無駄に時間を拘束されたくないあなた!陸上部ではフレックスタイム制を採用しており、いつでも自由な時に参加できます!男子も女子もそれ以外もまとめて歓迎!私たち陸上部はもっと一人一人のニーズに合った陸上部を目指しております!』
あほらしい話だが、これが陸上部が最大人数を誇っている理由でもあった。
弱小部活以前に、全員を強制的に部活に振り分けたところで物理的(・・・)に人数が足りない。陸上部の役割は彼らの救済でもある。運動神経のいいさぼり魔は、とりあえず陸上部に籍だけおいておき、依頼に応じて助っ人参加をする、これも陸上部の伝統であった。
こんなことをして先生が怒らないのか。そういう疑問を持つ方もいるだろう。
しかし、忘れるなかれ。陸上部は学校最大規模の部活なのだ。その所属人数は40人ほど、彼らが幽霊部員であろうが、真剣にやっていなかろうが、彼らのおかげで部活所属割合を数少ない自慢として学校通信に載せられていることも事実である。
そんなわけで、運動音痴はもちろん、意外にも運動神経豊富な連中がそろって陸上部に所属するという奇妙な状況は、されど極めて機能的に作用しているのであった。




あれから3か月が経ち、現在は2020年の夏真っ盛りである。
「おい、谷本君、谷本!」
陸上部は現在もその伝統を何一つ欠かすことなく、今日も平和的に活動していた。
「谷本!起きろ!」
だが、すべてがうまく行くなんてそんなことはあり得ない。
イヤイヤながらに日向ぼっこを中止して顔をあげると烏田(からすだ)先生が怒っている。
この先生、ほかの中学から新しくやってきた理科の教師だ。どうやら変にまじめなところがあるらしくうちの部員たちにちゃんと走り込みをするように指示を出すなど、我らが陸上部に対して様々な改革をしようと企んでいる。
先生は珍しい時期にこちらへやってきたので、谷本とは出会って日が浅い。
「君はこの状況を見てなんとも思わないのか。」
このように部長としての責任を強く追及している。だが、谷本だって生半可な覚悟で部長を引き受けたわけではない。毅然として先生に反論をする。
「思わないわけがないでしょう。ちゃんと次の野球部への助っ人とバレー部への助っ人はしっかり考えてますよ。」
「そういうことじゃない!いや、それも確かに大事だが!…いったいこの学校の部活はどうなっているんだ。」
「うちの陸上部は毎年最大手ですからね。小規模校の部活はまず人集めからです。」
「いや、分からない話でもないが…君らももう少し陸上部として頑張ろうという気はないのか!ちゃんと自覚を持て!せっかくの陸上部だぞ!ほら!全員集合!」
先生がパンパンと手を叩き集合命令を出す。するとグラウンドで鬼ごっこをしていた面々や、宿題をしていた面々が集まりだした。いい加減な部活ながらも物分かりはいい面々である。
「やれやれ、お前たちは本当に全くもって・・・ん?」
だがこの烏田先生は赴任してからまだ日が浅い。何か違和感を感じる烏田先生。
(ん?なんだか遠くの野球部やテニス部も集まってきているような…?)
困惑する先生。谷本は、まだこの現象に慣れていない先生に説明する。
「ああ、先生、うちの部活で陸上部に集合命令をかけるってことは、運動部すべてに集合命令をかけるようなもんなので」
「どんな部活だあぁっ!」
先生が怒るが仕方がない。
「陸上部に集合命令なんてまず来ないので、何か特別なことがあったんだとみんな思ってると思いますよ、ほら、あそこ、野球部の顧問の先生もこっちに向かってますし。」
「川上先生まで…」
そんなやり取りをしている間にも、どんどん人は集まってくる。陸上部は男子も女子も併せて陸上部であるので、女子テニス部だろうが男子野球部だろうが構わず集まってきて気づけば先生の周りには人だかりができていた。

真面目な烏田先生なら、明らかに来ていない生徒には退部勧告でもと考えていたのかもしれない。だがこの中学の陸上部がなければこの中学の部活は活動できない。そして、この中学の陸上部は並の教師以上に生徒の扱いに慣れている。
その事実を、改めて烏田先生は思い知った。


「…まったく、とんでもないところに来たな。」
「え、ああ、女子部員へのセクハラで追い出された筒本先生の話ですか?」
「違うわ!」
相も変わらず今日も暑い。夏休み前なので授業は早く終わる。絶好の部活日和と言えるかもしれない。
だが、だるまさんが転んだが部活内容になっている光景を受け入れたくないのか、先生は頭を抱える。これでも普段よりよほど真剣な目をしているのだから余計にたちが悪い。
烏田先生としても、陸上部の重要性は理解している。水増しには違いないが、おかげで部活所属率が8割となっていることも、ほかの運動部が何とか存続できているということも言葉では理解していた。
「だが、もう少し陸上部員であるということに誇りをもってだなー」
そう、近くで監督していた先生のお小言が聞こえる。すると谷本は、なるほどといった顔をして、
「よーしみんな!せっかくの夏だ!外走りに行くぞ!水着は持ったな!」
『はーい』
「ちょっと待った!泳ぎに行くつもりだろう!」
だが、さすがにつっこみを入れる烏田先生。
「そうですが、なにか?」
「何かじゃない!海で泳いでしまったらもうそれは陸上部じゃないだろう!谷本!お前私に初めて会った時、『陸上部は陸上で生活する運動部です』とか言ったな!もうこの際それはいい!海に入ってみろ!もう水上部になるだろうが!というかなんで全員水着を持ってきてるんだ!」
全員の手には水着セットが握られていた。
だが、先生に言われて考える谷本、先生の言葉にはなかなか響くものがあったのか、一緒になってほかの陸上部員もそれぞれ考え始める。だが、たった一つの事実がくしくもほぼ全員を同じ結論に向かわせた。
代表して谷本が告げる。
「それでもいつもの陸上部よりは体動かしてると思います。」
ああ、確かにと、納得してしまう先生は、陸上部の改名を真剣に考え始めた。


本日も、夕方に差し掛かる。
「あっ、校内放送いってきまーす」
「あっ私も風紀委員の下校チェック行きまーす。」

「…なんだかやけに委員会所属率高いな。」
「そりゃそうでしょう。なんたって生徒会長も毎年うちの部活から出てるんですから。今度生徒総会がありますけど、重要な役職はほとんどが陸上部から出てますよ?選挙演説だって陸上部のみんなで考えるんですから。」
「…そりゃこの部活も続くわけだ。」
つっこむ気も起きず、はぁーっとため息をつく先生。
「別にいいじゃないですか。真面目に部活やってる人の邪魔とかしないでしょう。その子たちのサポートを積極的に手伝ってくれてる子もいる。陸上部という存在が交友関係の起点になってる子もいるんです。」
「…まあな。」
先生としても、それに関しては認めざるを得ない。こんな部活でも存在することに意味はある。陸上競技こそあまりやっているところは見かけないが、それでも何も考えず帰宅部をやるよりは、積極的にみんなで活動するこちらの方が、団結力など得るものも大きいのかもしれない。
「…いや、どうだろう」
烏田先生は未だ納得していないようだが、まあ、そういうことにしておこう。

部活のあり方など、いくらあってもいいのである。
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