ある喫茶店にて

くらげ。

文字の大きさ
3 / 7

3

しおりを挟む
仕事が終わった時には夜の10時を少し回っていた。パソコンを閉じて会社を後にする。
帰り道にコンビニで軽く夜ご飯を購入し、ビニール袋を持って帰路に着く。
十字路を曲がった所で花澤里穂は足を止めた。
自分の住むマンションの下でスーツ姿の男女が立っていた。服装からすぐに警察だと理解できた。
ー落ち着いて。大丈夫。
心の中で自分を落ち着かせて何事も無かったように再び歩き出す。
数メートル進んだ所で花澤は呼び止められた。

「花澤里穂さんですね?」

スーツ姿の男が胸ポケットから警察手帳を取り出して自分は原彰良だと名乗る。隣の女も同じく前田綾と名乗った。

「加藤洋介さんについて少しお伺いしたい事があるんですが」
「はあ……」

「2ヶ月程前に加藤洋介さんのマンションに来てますよね?」

心臓が跳ねる。あの時は監視カメラに顔が見えないように帽子を被っていた筈。警察がそこまで調べている事に驚きながら、花澤は眉を寄せて怪訝な表情を作る。

「えぇ、行きましたけど……」
「どのような用件で家に?」

「あの時は…同窓会の後に奥様を交えて食事をしようと誘われたので行っただけですけど……それが何か?」

刑事と目が合う。真正面からじっと見つめられ思わず体が固まる。すぐに深呼吸をして悟られないように肩をすくめた。

「失礼ですが、加藤洋介さんとはどういうご関係でしょうか?」
「加藤さんは大学の先輩です。さっきから何です?加藤先輩に何かあったんですか?」

「あ、もしかして、まだニュースご覧になってないんですか?」
「え……?」

何かを言おうとした前田を原が手を出して制止する。二人の刑事はお互い目を合わせてこちらを向いた。

「夜遅くに伺ってしまい申し訳ございませんでした。また日を改めて来ます」
「お仕事帰りでしたね。遅くまでご苦労さまでした」

頭を下げて踵を返し二人の刑事は歩いて去って行く。あまりに呆気ない終わり方にぽかんと立ち尽くしてしまった。

はっとして携帯を取り出し加藤麻耶に電話を掛けた。少し待って電話口から力のない声が聞こえてきた。

「あ、麻耶さん。里穂です。夜遅くにごめんなさい」
「あぁ、里穂さん。どうしたの?」

先ほど警察官が加藤について尋ねて来た事を伝えた。麻耶はしばらく黙っていたが次に聞こえてきたのはすすり泣く声だった。

待っている間、心の何処かで何時かの朝に見たニュースが微かに嘘であって欲しいと願っている自分が居たが、麻耶のすすり泣く声で全て確信に変わってしまった。

「一昨日の夜、仕事から帰って来たら……あの人ベッドの上で死んでたのよ」

「え……?」

それからどうやって家に戻って来たのか良く覚えていない。いつの間にか通話も終わっているようだった。

せっかく買ったコンビニのご飯も食べる気が湧かなくなった。
ソファーに鞄を放り投げて力なく座る。
頭の中でぐるぐるとあの時の記憶が思い起こされた。

ーそれがあんたの願い?叶えてあげるよ

「あの時の……あの人が言ってた事って、冗談かと思ってた……」

あの時、雨に打たれるのもどうでも良くなってアテもなく歩いていた時。傘を差し出してくれた人に案内され、入った喫茶店。

雨宿りしながら話した内容にその人は嫌な顔せず最後まで聞いてくれた。それが嬉しくで泣きながら言ってしまった。

言ってはいけない事をー

「あんな奴……死んでしまえばいいのに」

捨て台詞のように吐き出してしまった。だがカウンターの向こうに立つ人はにこりと微笑んで、静かにコーヒーを里穂の目の前に置いた。

「その願い、叶いますよ」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

私の優しいお父さん

有箱
ミステリー
昔、何かがあって、目の見えなくなった私。そんな私を、お父さんは守ってくれる。 少し過保護だと思うこともあるけれど、全部、私の為なんだって。 昔、私に何があったんだろう。 お母さんは、どうしちゃったんだろう。 お父さんは教えてくれない。でも、それも私の為だって言う。 いつか、思い出す日が来るのかな。 思い出したら、私はどうなっちゃうのかな。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...