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12 いやがらせ。
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はっくちゅんっ。
くしゃみをすると、後ろの席のやつにガツンと椅子を蹴られた。俺は周囲に小声で「すみません」と謝った。それでも「お前出ていけよっ」と誰かに言われ、肩には消しゴムが飛んできた。悔しくて悲しかったけど、俺は絶対泣くもんかと唇をぎゅっと噛んで耐えた。
それに実際に俺が悪い。
いまこの教室では受験のための小論文対策の補講が行われていた。みんなはこれからまだ、センター試験や面接が残っている。きっと毎日勉強だけじゃなくて体調管理にも気をつかって生活しているはずだ。
そこに風邪を引いている人間がやってきてくしゃみなんてしていたら、腹も立つだろう。しかもそいつがすでに大学が決まっていて、ここにいる必要はないっていうなら憎む気持ちだって倍増だ。
そこまでわかっていても、それでも俺は二日前に申し込んでいたこの補講は受けておきたかったのだ。俺はマスクの上からさらにハンカチを当てて、くしゃみが出ないように呼吸をできるだけちいさくした。あと十分もすればこの授業はおわる。それまでなんとかくしゃみがでないようにしなければ。
授業が終わったら、哲也くんのところにいって、さっそくふたりでこの補講のおさらいだ。
おばさんはもう哲也に受験は要らないと言っていたけども、そんなのわかんないじゃないか。彼が目が覚めたとき気持ちが変わっていて、公立大学に行きたいって言いだすかもしれない。
行かないのなら行かないでいいんだけど、でもいざというときのために、俺は眠っている彼との勉強をつづけるつもりでいた。
哲也くんは一年の頃から成績が優秀で、なにをやってもピカイチだった。きっとどこに行ってもきらきら光った素敵な人生を送れるんだろうけど、その選択枝はたくさんあればいいと思うし、そこがすこしでも彼にとっていい環境であればいいなと思うのだ。
彼が目覚めたら俺はきっともう彼の顔を見ることなんてできないんだろうけど、でも俺はどこかで彼がきらきらしているところを想像していられると思う。そしてそんな彼の人生のなかの一瞬に俺が関わることができたのならば、うれしいじゃないか。たとえ哲也くんの記憶のなかにこれっぽっちも俺のことが残っていなかったとしても。
へへへへ。
俺はマスクのなかでこっそり笑った。授業はあと五分。あと少しで今日も彼に会いに行くことができる。
チャイムから遅れて三分後、担当してくれた教師が教室を出ていく。待ちきれずにとっくに荷物を鞄にしまい終えていた俺は、彼のあとにつづいた。
「ホモ守くーん!」
ゲラゲラ笑うおなじクラスの連中を無視してドアをくぐろうとしたとき、誰かにコートの襟首をぐいと掴まれた。
「おい、お前呼ばれてんぞ!」
「やっ、なにするんだよ。はなせっ」
そいつの腕をはらうと、また違うヤツが俺の腕を掴んでひっぱりあげた。
「手ぇ離せよ! 俺急いでるんだからっ」
ツカツカと教室の後ろのほうから歩いてきた竹中が、バシッと俺の頭を叩いた。
「呼んでんだろ? 返事しろやっ」
「呼ばれていない!」
「呼んだわ! ちゃんとホモ守くんって」
「俺はそんな名前じゃない」
言い返したとたんに、今度は頬を殴られる。
身体が傾いだタイミングで俺の鞄をとりあげた猶本が、中のものを取りだしていく。
「なんでお前学校来てんの? 受験おわってんだろ? 嫌味かよ?」
なにを言っても納得しないこいつらのことなんて、極力無視だ。俺はつんと顎を反らした。
「勉強する意味あんの? ないでしょ? 教科書いらないでしょ? 筆箱も、ノートも」
言いながら、猶本はつぎつぎにそれらを教室のゴミ箱のなかに放り込んでいった。
「あっ、だめだ! やめろっ!」
今受けた授業の内容をまとめたノートがビリビリに破かれて、それもゴミ箱に捨てられる。
ふたりの男にそれぞれの腕を掴まれていた俺は、なんの抵抗もできずにそれを見ているしかできなかった。
猶本が乱暴に俺のマスクを引きはがすと、すぐに竹中が「はーい。ホモ守くんの泣きべそショット」と言って、構えていたスマホのシャッターを押した。そのままいくつかの操作をした彼は「ほい、みんなに送っておいたよ」とゲラゲラ笑う。
俺の周りのやつらから、いくつかの電子音がする。みんながそれに気を反らした隙をついて、俺は鞄を取り返すと走りだした。
(もーっ、こいつら最低だっ、みんな消えろっ、どっかに飛んでいけっ。警察に捕まってしまえっ、刑務所に入って一生出てくんなっ!)
廊下を歩いている生徒をかきわけて、どんどん走っていく。
「おいっ、廊下を走るなっ!」
階段を下りきったところで俺の腕を掴んで止めたのは、クッソ、またお前かっ 美濃のバカっ!
「おい、藤守、お前を呼びに行こうと思っていたんだ。ちょっと話を――」
「話なんてない! 役立たず! どけよっ!」
腹の底から叫んで、美濃を思いきり睨みつける。するとこいつはまたおんなじ手にひっかかった。美濃は俺がちょっと涙声だしたらすぐに怯むんだ。そんな先生を突きとばすと、俺は一瞥もしないで学校の外に駆けだした。
はっくちゅんっ。
くしゃみをすると、後ろの席のやつにガツンと椅子を蹴られた。俺は周囲に小声で「すみません」と謝った。それでも「お前出ていけよっ」と誰かに言われ、肩には消しゴムが飛んできた。悔しくて悲しかったけど、俺は絶対泣くもんかと唇をぎゅっと噛んで耐えた。
それに実際に俺が悪い。
いまこの教室では受験のための小論文対策の補講が行われていた。みんなはこれからまだ、センター試験や面接が残っている。きっと毎日勉強だけじゃなくて体調管理にも気をつかって生活しているはずだ。
そこに風邪を引いている人間がやってきてくしゃみなんてしていたら、腹も立つだろう。しかもそいつがすでに大学が決まっていて、ここにいる必要はないっていうなら憎む気持ちだって倍増だ。
そこまでわかっていても、それでも俺は二日前に申し込んでいたこの補講は受けておきたかったのだ。俺はマスクの上からさらにハンカチを当てて、くしゃみが出ないように呼吸をできるだけちいさくした。あと十分もすればこの授業はおわる。それまでなんとかくしゃみがでないようにしなければ。
授業が終わったら、哲也くんのところにいって、さっそくふたりでこの補講のおさらいだ。
おばさんはもう哲也に受験は要らないと言っていたけども、そんなのわかんないじゃないか。彼が目が覚めたとき気持ちが変わっていて、公立大学に行きたいって言いだすかもしれない。
行かないのなら行かないでいいんだけど、でもいざというときのために、俺は眠っている彼との勉強をつづけるつもりでいた。
哲也くんは一年の頃から成績が優秀で、なにをやってもピカイチだった。きっとどこに行ってもきらきら光った素敵な人生を送れるんだろうけど、その選択枝はたくさんあればいいと思うし、そこがすこしでも彼にとっていい環境であればいいなと思うのだ。
彼が目覚めたら俺はきっともう彼の顔を見ることなんてできないんだろうけど、でも俺はどこかで彼がきらきらしているところを想像していられると思う。そしてそんな彼の人生のなかの一瞬に俺が関わることができたのならば、うれしいじゃないか。たとえ哲也くんの記憶のなかにこれっぽっちも俺のことが残っていなかったとしても。
へへへへ。
俺はマスクのなかでこっそり笑った。授業はあと五分。あと少しで今日も彼に会いに行くことができる。
チャイムから遅れて三分後、担当してくれた教師が教室を出ていく。待ちきれずにとっくに荷物を鞄にしまい終えていた俺は、彼のあとにつづいた。
「ホモ守くーん!」
ゲラゲラ笑うおなじクラスの連中を無視してドアをくぐろうとしたとき、誰かにコートの襟首をぐいと掴まれた。
「おい、お前呼ばれてんぞ!」
「やっ、なにするんだよ。はなせっ」
そいつの腕をはらうと、また違うヤツが俺の腕を掴んでひっぱりあげた。
「手ぇ離せよ! 俺急いでるんだからっ」
ツカツカと教室の後ろのほうから歩いてきた竹中が、バシッと俺の頭を叩いた。
「呼んでんだろ? 返事しろやっ」
「呼ばれていない!」
「呼んだわ! ちゃんとホモ守くんって」
「俺はそんな名前じゃない」
言い返したとたんに、今度は頬を殴られる。
身体が傾いだタイミングで俺の鞄をとりあげた猶本が、中のものを取りだしていく。
「なんでお前学校来てんの? 受験おわってんだろ? 嫌味かよ?」
なにを言っても納得しないこいつらのことなんて、極力無視だ。俺はつんと顎を反らした。
「勉強する意味あんの? ないでしょ? 教科書いらないでしょ? 筆箱も、ノートも」
言いながら、猶本はつぎつぎにそれらを教室のゴミ箱のなかに放り込んでいった。
「あっ、だめだ! やめろっ!」
今受けた授業の内容をまとめたノートがビリビリに破かれて、それもゴミ箱に捨てられる。
ふたりの男にそれぞれの腕を掴まれていた俺は、なんの抵抗もできずにそれを見ているしかできなかった。
猶本が乱暴に俺のマスクを引きはがすと、すぐに竹中が「はーい。ホモ守くんの泣きべそショット」と言って、構えていたスマホのシャッターを押した。そのままいくつかの操作をした彼は「ほい、みんなに送っておいたよ」とゲラゲラ笑う。
俺の周りのやつらから、いくつかの電子音がする。みんながそれに気を反らした隙をついて、俺は鞄を取り返すと走りだした。
(もーっ、こいつら最低だっ、みんな消えろっ、どっかに飛んでいけっ。警察に捕まってしまえっ、刑務所に入って一生出てくんなっ!)
廊下を歩いている生徒をかきわけて、どんどん走っていく。
「おいっ、廊下を走るなっ!」
階段を下りきったところで俺の腕を掴んで止めたのは、クッソ、またお前かっ 美濃のバカっ!
「おい、藤守、お前を呼びに行こうと思っていたんだ。ちょっと話を――」
「話なんてない! 役立たず! どけよっ!」
腹の底から叫んで、美濃を思いきり睨みつける。するとこいつはまたおんなじ手にひっかかった。美濃は俺がちょっと涙声だしたらすぐに怯むんだ。そんな先生を突きとばすと、俺は一瞥もしないで学校の外に駆けだした。
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