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44 哲也くんが起きた。

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「いいもん。俺はホモの行ける天国で充分だもん」
「そんなところあるかっ!」
「あるよ、きっと!」
「……まぁ、いまはいい。とりあえず俺のもとで修行をはじめれば、そのうち考え方が変わるだろう。男色どころか色恋なんてもんはどうでもよくなる。情欲なんてものは仏の道を進んでいると不要になってくるもんだ」

「あのねぇ、おじさん! 俺は二年間ほどちょこっと不幸だったりしているけども、でも目指しているのはハッピーキャンパスライフなんだよ? そのためにいま、すっごく頑張ってるんだからっ! そんなおじさんのあやしげなお金儲けにつきあうわけないじゃん」
「失敬なっ! 金儲けじゃないわ。でもな、たしかに儲かる。だから俺と組もうじゃないか?」
「組まないってば! 俺は春になったら大学に行って彼氏を作るんだ。哲也くんぐらいかっこよくてやさしい彼氏を! そしてラブラブするのっ。エンジョイラブラブハッピーキャンパスライフだよ?」
 
 男の俺が彼氏をつくるのはきっとたいへんなことだろう。それに彼氏ができたらできたらできっと忙しくなるんだ。おじさんの相手なんてしていられない。

 ……彼氏、できるよな? それとも夢に終わっちゃうのかな? いや、夢をみることは大切だ。念ずれば叶うとか云うし。
 それともやっぱり俺がこんなことを口にするのはあつかましいのかな?
(いいや、そんなことない、そんなことない)
 俺は気持ちを奮い立たせた。

「だいたいおじさん自体がその性格で、そうそう悟りなんて開けるわけないじゃん。そんなんでどうやって俺を導くんだよ? あきれちゃうよ」
「だから、藤守、そんなハッキリ云うんじゃない」

「お前は俺をみくびりすぎだっ! これだから最近の若いのは! 年上を敬うということを知らんのか⁉ 親の躾けはどうなっているんだ? お前もその哲也というのも、ふたり揃って甘やかされすぎだ!」
「斉藤さん、もっと声を小さくっ」

「哲也くんも俺もぜんぜん甘やかされてなんかないよ! むしろ哲也くんのおかあさんは厳しいくらいなんだから!」
「よし、藤守そろそろ、メシを食いに出よう? なっ? なっ?」

「ほら、また教師にまで甘やかされて。それにその哲也という子も、一日中ぐうたら寝ているだけで! どういうつもりなんだ⁉」
「だからこの子は意識がないんですって。斉藤さんも、そろそろ食事をなさってください。ねっ? ねっ?」
「よぉし、俺が起こしてやるわっ」
 突如とつじょ、布団をはぐったおじさんに美濃が、「ヒッ」と息を呑む。

 おじさんはベッドのうえに仁王立ちになると、腕にかけていた長い数珠を手にとって数珠玉をジャリジャリッと擦りあわせた。そして数珠音とともにうなるような声でお経を唱えはじめたのだ。

❝オンコロコロ センダリマトウギ ソワカ!!❞
❝オンコロコロ センダリマトウギ ソワカ!!❞

「コ、コワイよ~ッ! 先生っ、先生っ」
「あっ、こらっ、俺だって怖いわっ」
 とっさに美濃の背後にまわって盾にした俺はすでに涙目だ。
 おじさんが数珠を振り回し、声がますます轟く。

❝オンコロコロ センダリマトウギ ソワカ!!❞
❝オンコロコロ センダリマトウギ ソワカ!!❞
❝オンコロコロ センダリマトウギ ソワカーッ!!!!!!❞

 哲也くんに向けて数珠を投げつけたときには、あまりの迫力に俺と先生は抱き合ったまま飛びあがり「ぎゃあっ!」って叫んだ。
 部屋のまえに集まっていた幽霊たちも一目散に逃げていく。かわりに飛び込んできたのは――、
「いったいなにごとですかっ! 大声出して! さっきからずっとクレームがきてますよっ!!」
 鬼の形相をした看護師だった。

「「ぎゃぁっ!」」
「毎度毎度毎度、あなたたちは~~~~~~っ!!」 
 ぐるっと部屋を見渡し俺たちを個々に睨みつけていった看護師の視線が最後に哲也くんの顔に留まる。ハッとした彼女は哲也くんのベッドへ駆け寄った。

「氏家さん、氏家さん、聞こえますか?」
 さすがプロだ。あれだけのテンションを一気に下げて、哲也くんに声をかける看護師は穏やかだ。
(なに? 哲也くんどうしたの?)
 不安心に駆られて、胸に手をあてる。すると、一同哲也くんを見守るなか……、

「ン… ん?」
 ちいさな吐息とともに、そっと、ゆっくりと、――哲也くんの瞼が開いていったのだ。

「氏家さん?」
 呼びかける看護師に続いて、 
「氏家!!」
 美濃も哲也くんの枕元に飛びついた。

 


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