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51 キノシタセイジから先生へ。
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「まだ若かったのに。余命宣告されるってだけでも辛いんだぞ? それなのに、追い打ちをかけるようにして、無理やり過去と向かいあわされて」
「先生なんどもお見舞い行ってたんだね。だからあの病院の周りのお店にもくわしかったんだ?」
「あいつには親がいないようなもんだからな。俺が最期まで世話したんだよ」
「へぇ」
「ちゃんと葬儀もだして、墓もつくって、墓参りも欠かしてないってのに……。病院で藤守に征士のことを云われたときは、そりゃ驚いたけど、あとでがっかりした。なんで成仏してないんだって……」
(そうなんだ? そうなふうには見えなかったけど、先生ずっと気にしてたんだ?)
「いくら楽しそうにしてたってあんなところでうろついているってことは、未練があるんだろ? できるんならちゃんと成仏してほしいんだ。あいつなにか云ってなかったか? 恨みつらみや、云い残したことがあるだとか」
「そんな重い話はされたことないよ? 美濃に会いた~い、美濃に会いた~い! ってのはよく聞いたけど」
「えぇっ!? 俺『こんなにしょっちゅう見舞いにくるなよ』って文句云われてたけど?」
「あとは、愚痴ばっかり」
「……あいつ、やっぱり遠慮してたのか?」
ぼそっと呟いて、そして足を止めた美濃が悲痛な面持ちでこちらを見下ろしてきた。
――じゃあね、美濃。今度は俺が話す番だ。
俺がそのままゆっくり歩きつづけたので、今度は美濃がすこし俺の後ろを歩くことになった。
俺は車道に飛びだしたあとに体験した、あの子とのことを美濃に話した。
迷わずにあそこまで引き寄せられるようにして行ったこと。
胸が張り裂けそうな想いがぶり返してきたこと。ちゃんと計画立ててひとりで生きていくんだ! って、俺、あれだけ前向きになっていたのにだよ?
死にたいぐらいに『大っ嫌いだ、みんな消えてしまえ』って、呪って。
死ぬほどに『助けて、誰か』って、願った。
助けて、助けて、助けてっ、
――って。
「自分のことなんて誰も気にかけてないんだ。いなくてもいい。本当にゴミみたいになくなったらいい存在だったんだ、そう最期にもやっぱり思ったんだよ。……絶望してたはずなのに、それでもぎりぎりまで期待してるもんなんだね、人間って。……先生? ちょっと、泣かないでよ⁉」
俺たち、なんかちびっこがオジサンにリンチするために公園に向かってる最中って感じの構図になっちゃってるじゃん。通りすがるひとたちの目が痛いよ。
「辛かっただろうし、苦しかっただろうな」
「うん。でもね。助けてもらえたんだ」
指先が触れたとき、逞しい腕に抱えられたときに、安堵感を凌いで俺の胸に広がったのは『満たされた』という多幸感だった。それはきっと俺自身のものではなくて、俺のなかにいたあの男の子のもの。
「なぁ、先生。先生はなんであのとき、俺を追いかけてきてくれたの?」
これが俺が聞きたかったこと。
「……気のせいだと思うけど。実は征士に呼ばれた気がしたんだ」
そしてその答えに俺は納得する。
(そっか。やっぱりね)
「先生。先生には想像がつかないぐらいに、先生の胸の中にぎゅってされたとき嬉しかったんだ。俺のなかにいたあの子は」
(俺もだけどね)
「それにその先生を連れてきたのがお兄ちゃんだったんだから、もう大満足だよ?」
「そうなのか? ――……っ」
「先生、そんなに泣かないでよ~。俺が泣かしてるみたいじゃんっ。それにもう泣く必要なんかないんだよっ⁉」
お父さんとか、お母さんとか、それに美濃まで。これまでは見たことなんてなかったのに、最近身近なおとなが泣くところばっかり見てるよな。
ポケットからハンカチを取り出した美濃からそれをひったくって、俺が代わりに美濃の顔をガシガシ拭いてやる。
「あっ、こらっやめろよっ。お前乱暴だなっ」
「いいんだよ! もうっ! だって――」
ハンカチを先生につき返して教えてあげる。
「あのね、先生。あの子はあそこでひとりで悲しく死んでいったんじゃなくなったんだよ。自分には誰も愛してくれるひとはいないってことはなかったんだ。自分を想ってくれるひとがすぐに助けてくれて、お父さんもちゃんと謝ってくれた。みんなに囲まれて、抱きしめてもらった。それがあの子の最期になったんだから」
あの子は俺のなかに居たんだから、俺にはわかる。
「ひどかった人生が、最後にちゃ~んとすべて上書きされたんだ。自分のピンチに大好きなお兄ちゃんが現れたんだから、超ハッピーエンドにな!」
「それとね、キノシタくんだって、弟くんを救うことができたし、先生にもまた病院に来てもらえたんだから、もう大丈夫なんだよ。――先生が云ってた『懐かしい』って言葉、キノシタくん喜んでた」
「ほんとか?」
「うん。ホントだよ。だからキノシタくんも昇っていったんだ。弟くんが天に還るときにいっしょにね、ふたりぴったりくっついて」
俺があの夜みた、あの子に寄り添っていたもうひとつの影は、キノシタくんだったんだ。
俺が無事に救出されたあと、淡い光を放つふたつの霊体はすぅっと空へ昇っていった。
先生が俺の横でぐったりと伸びていたときに、俺の胸に届いたのは、確かにキノシタくんの声だった。それが俺が美濃に伝えないといけなかった、キノシタくんからの言葉。
「キノシタくん、ありがとうっだって。先生に」
そこでまた美濃はどばーって涙を溢れさせたんだ。
「先生なんどもお見舞い行ってたんだね。だからあの病院の周りのお店にもくわしかったんだ?」
「あいつには親がいないようなもんだからな。俺が最期まで世話したんだよ」
「へぇ」
「ちゃんと葬儀もだして、墓もつくって、墓参りも欠かしてないってのに……。病院で藤守に征士のことを云われたときは、そりゃ驚いたけど、あとでがっかりした。なんで成仏してないんだって……」
(そうなんだ? そうなふうには見えなかったけど、先生ずっと気にしてたんだ?)
「いくら楽しそうにしてたってあんなところでうろついているってことは、未練があるんだろ? できるんならちゃんと成仏してほしいんだ。あいつなにか云ってなかったか? 恨みつらみや、云い残したことがあるだとか」
「そんな重い話はされたことないよ? 美濃に会いた~い、美濃に会いた~い! ってのはよく聞いたけど」
「えぇっ!? 俺『こんなにしょっちゅう見舞いにくるなよ』って文句云われてたけど?」
「あとは、愚痴ばっかり」
「……あいつ、やっぱり遠慮してたのか?」
ぼそっと呟いて、そして足を止めた美濃が悲痛な面持ちでこちらを見下ろしてきた。
――じゃあね、美濃。今度は俺が話す番だ。
俺がそのままゆっくり歩きつづけたので、今度は美濃がすこし俺の後ろを歩くことになった。
俺は車道に飛びだしたあとに体験した、あの子とのことを美濃に話した。
迷わずにあそこまで引き寄せられるようにして行ったこと。
胸が張り裂けそうな想いがぶり返してきたこと。ちゃんと計画立ててひとりで生きていくんだ! って、俺、あれだけ前向きになっていたのにだよ?
死にたいぐらいに『大っ嫌いだ、みんな消えてしまえ』って、呪って。
死ぬほどに『助けて、誰か』って、願った。
助けて、助けて、助けてっ、
――って。
「自分のことなんて誰も気にかけてないんだ。いなくてもいい。本当にゴミみたいになくなったらいい存在だったんだ、そう最期にもやっぱり思ったんだよ。……絶望してたはずなのに、それでもぎりぎりまで期待してるもんなんだね、人間って。……先生? ちょっと、泣かないでよ⁉」
俺たち、なんかちびっこがオジサンにリンチするために公園に向かってる最中って感じの構図になっちゃってるじゃん。通りすがるひとたちの目が痛いよ。
「辛かっただろうし、苦しかっただろうな」
「うん。でもね。助けてもらえたんだ」
指先が触れたとき、逞しい腕に抱えられたときに、安堵感を凌いで俺の胸に広がったのは『満たされた』という多幸感だった。それはきっと俺自身のものではなくて、俺のなかにいたあの男の子のもの。
「なぁ、先生。先生はなんであのとき、俺を追いかけてきてくれたの?」
これが俺が聞きたかったこと。
「……気のせいだと思うけど。実は征士に呼ばれた気がしたんだ」
そしてその答えに俺は納得する。
(そっか。やっぱりね)
「先生。先生には想像がつかないぐらいに、先生の胸の中にぎゅってされたとき嬉しかったんだ。俺のなかにいたあの子は」
(俺もだけどね)
「それにその先生を連れてきたのがお兄ちゃんだったんだから、もう大満足だよ?」
「そうなのか? ――……っ」
「先生、そんなに泣かないでよ~。俺が泣かしてるみたいじゃんっ。それにもう泣く必要なんかないんだよっ⁉」
お父さんとか、お母さんとか、それに美濃まで。これまでは見たことなんてなかったのに、最近身近なおとなが泣くところばっかり見てるよな。
ポケットからハンカチを取り出した美濃からそれをひったくって、俺が代わりに美濃の顔をガシガシ拭いてやる。
「あっ、こらっやめろよっ。お前乱暴だなっ」
「いいんだよ! もうっ! だって――」
ハンカチを先生につき返して教えてあげる。
「あのね、先生。あの子はあそこでひとりで悲しく死んでいったんじゃなくなったんだよ。自分には誰も愛してくれるひとはいないってことはなかったんだ。自分を想ってくれるひとがすぐに助けてくれて、お父さんもちゃんと謝ってくれた。みんなに囲まれて、抱きしめてもらった。それがあの子の最期になったんだから」
あの子は俺のなかに居たんだから、俺にはわかる。
「ひどかった人生が、最後にちゃ~んとすべて上書きされたんだ。自分のピンチに大好きなお兄ちゃんが現れたんだから、超ハッピーエンドにな!」
「それとね、キノシタくんだって、弟くんを救うことができたし、先生にもまた病院に来てもらえたんだから、もう大丈夫なんだよ。――先生が云ってた『懐かしい』って言葉、キノシタくん喜んでた」
「ほんとか?」
「うん。ホントだよ。だからキノシタくんも昇っていったんだ。弟くんが天に還るときにいっしょにね、ふたりぴったりくっついて」
俺があの夜みた、あの子に寄り添っていたもうひとつの影は、キノシタくんだったんだ。
俺が無事に救出されたあと、淡い光を放つふたつの霊体はすぅっと空へ昇っていった。
先生が俺の横でぐったりと伸びていたときに、俺の胸に届いたのは、確かにキノシタくんの声だった。それが俺が美濃に伝えないといけなかった、キノシタくんからの言葉。
「キノシタくん、ありがとうっだって。先生に」
そこでまた美濃はどばーって涙を溢れさせたんだ。
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