5 / 56
5. 再会とお食事会
しおりを挟む
「お大事に~……って、あれ……えぇ……!?」
「治療してくれ」
治療院には怪我や病気によって不安を抱えてやってくる人が多い。その不安を少しでも和らげるため、にこやかに受付の仕事をしていた僕は思わぬ来訪者に狼狽え顔を引きつらせた。
それもそのはず、やってきたのはセレス・カシューン……国一番の魔法使い様だ。狙ったわけでは決してないが、僕が筆おろしをしてやった相手でもある。
受付のカウンター越し、目の前に立った彼は久しぶりに見ても美しかった。黒い髪と紫眼のコントラストは、彼の無表情も相まって凍てつくような迫力がある。
「どこか怪我でもされたんでしょうか? というか、あなたほどの人なら自分で治せるんじゃ?」
「治癒は難しい。あと、自分には使えない。ウェスタ、」
「え……きゃ~!! カシューン魔法師長様! どうしたんですか? ――えっ怪我を!? 大変、ささっ! 奥へどうぞ」
怪我をした部位は確認できなかったが、治療スタッフによってカシューン魔法師長はすぐに連れて行かれてしまった。奥の治療室はきゃーきゃー大騒ぎだ。顔色は悪くなかったし、まぁ大丈夫なんだろう。
そもそも王宮には治癒術に特化した専属の魔法師がいるはずだし、わざわざこんなところに来て魔導具を使った治療を受けるなんてかなり不自然だ。というか――
(僕の名前、覚えてたんだ……)
びっくりした。何か言おうとしてた?
あれからもうひと月は経っているし、一晩会っただけの男のことなんてとっくに忘れてしまっていると思っていた。あれが酒の勢いだったとすれば、逆に記憶から抹消しようとしてもおかしくないくらいだ。
治療の順番待ちをしていた人たちも、有名人の登場にざわめいている。順番を抜かされた! という人が出てくるかと思ったが、尊敬すべき魔法使い様相手だとそうはならないらしい。
どっちかというとみんなお喋りに忙しそうだ。あちこちから噂話が聞こえてくる。
ふむふむ。結婚の準備も大詰めだとか、魔法研究局は近々大きな発表をするとか、王様はなぜか胃薬が手放せないらしいとか……ストレスだろうか。国の頂点に立つ人は大変だなぁ。
四半刻ほど経って、カシューン魔法師長は治療室から出てきた。通常ならここから僕が治療費の計算をするのだが、スタッフの方を見たら首を振られた。特に支払いは必要ないようだ。
「また来る」
「いつでも来てくださいね! そんな受付なんて通さなくてもいいですから。どうせ何もできない子なので」
カシューン魔法師長は僕の方を見て言った気がしたけど、スタッフが横から声をかける。貶されてもいつものことだから気にしないけど、彼の眉間にはわずかに皺が寄ったように見えた。
……早く帰ってほしい。僕が職場のみんなから馬鹿にされていることを彼に知られるのは……なぜか恥ずかしかった。
願いが通じたのか、カシューン魔法師長はそれ以上なにも言うことなく去っていった。スタッフには、次に彼が来たら話しかけることなく奥へ通すよう語気を荒げて指示される。ま、そんなものだよな。
驚いたのは、その日の仕事を終えて治療院を出たときだった。
「えっ!?」
見覚えのある黒のローブを着たカシューン魔法師長が立っている。まるで、誰かを待っていたみたいだ。
「どうしたんですか? また怪我を?」
「いや、待っていた。お前を」
何を言っているのかわからない。言葉は耳に届いたが、脳がその意味を理解するのに時間を要している。え、……なんて?
僕は混乱のままカシューン魔法師長に連れられ、小綺麗な食堂へと到着した。どうやら一緒に食事をする流れらしい。
――もしかして、この前のこと口止めとかされるのかなぁ。口止めなんてされなくても誰にも言わないし、言ったところで信じてもらえないのがオチだと思うけど。
僕はだんだんと憶測だけで考えるのが面倒くさくなって、逆に落ち着いてきた。
初めて来たこの食堂は普段来ないエリアにあって、隠れ家みたいな雰囲気だ。意外に家庭的な感じで、僕みたいな庶民でも緊張せず入ることができたから安心する。
笑顔の女将さんに案内された部屋は個室になっていて、人目を気にしなくていいし密談にもぴったりだ。
向かい側に座ったカシューン魔法師長は、目を伏せて真剣にメニューを見ていた。まつ毛までもが漆黒に艶めいている。
好き嫌いがないか尋ねられたけれど、ないと答えてお任せした。一応、目上の相手だし。
カシューン魔法師長が女将さんと小声で会話して注文を終えたあと、僕はこの会合の目的を単刀直入に聞いてみることにした。
「カシューン魔法師長は……」
「セレス、だ。そう呼ぶように言っただろう」
「え゛」
早々に腰を折られてしまった。
確かにあの夜、同じように言われたことを思い出す。
『カシューン魔法師長……ですよね?』
『セレス、だ。そう呼んでくれ』
この人、めちゃくちゃ覚えてんじゃん……!
「治療してくれ」
治療院には怪我や病気によって不安を抱えてやってくる人が多い。その不安を少しでも和らげるため、にこやかに受付の仕事をしていた僕は思わぬ来訪者に狼狽え顔を引きつらせた。
それもそのはず、やってきたのはセレス・カシューン……国一番の魔法使い様だ。狙ったわけでは決してないが、僕が筆おろしをしてやった相手でもある。
受付のカウンター越し、目の前に立った彼は久しぶりに見ても美しかった。黒い髪と紫眼のコントラストは、彼の無表情も相まって凍てつくような迫力がある。
「どこか怪我でもされたんでしょうか? というか、あなたほどの人なら自分で治せるんじゃ?」
「治癒は難しい。あと、自分には使えない。ウェスタ、」
「え……きゃ~!! カシューン魔法師長様! どうしたんですか? ――えっ怪我を!? 大変、ささっ! 奥へどうぞ」
怪我をした部位は確認できなかったが、治療スタッフによってカシューン魔法師長はすぐに連れて行かれてしまった。奥の治療室はきゃーきゃー大騒ぎだ。顔色は悪くなかったし、まぁ大丈夫なんだろう。
そもそも王宮には治癒術に特化した専属の魔法師がいるはずだし、わざわざこんなところに来て魔導具を使った治療を受けるなんてかなり不自然だ。というか――
(僕の名前、覚えてたんだ……)
びっくりした。何か言おうとしてた?
あれからもうひと月は経っているし、一晩会っただけの男のことなんてとっくに忘れてしまっていると思っていた。あれが酒の勢いだったとすれば、逆に記憶から抹消しようとしてもおかしくないくらいだ。
治療の順番待ちをしていた人たちも、有名人の登場にざわめいている。順番を抜かされた! という人が出てくるかと思ったが、尊敬すべき魔法使い様相手だとそうはならないらしい。
どっちかというとみんなお喋りに忙しそうだ。あちこちから噂話が聞こえてくる。
ふむふむ。結婚の準備も大詰めだとか、魔法研究局は近々大きな発表をするとか、王様はなぜか胃薬が手放せないらしいとか……ストレスだろうか。国の頂点に立つ人は大変だなぁ。
四半刻ほど経って、カシューン魔法師長は治療室から出てきた。通常ならここから僕が治療費の計算をするのだが、スタッフの方を見たら首を振られた。特に支払いは必要ないようだ。
「また来る」
「いつでも来てくださいね! そんな受付なんて通さなくてもいいですから。どうせ何もできない子なので」
カシューン魔法師長は僕の方を見て言った気がしたけど、スタッフが横から声をかける。貶されてもいつものことだから気にしないけど、彼の眉間にはわずかに皺が寄ったように見えた。
……早く帰ってほしい。僕が職場のみんなから馬鹿にされていることを彼に知られるのは……なぜか恥ずかしかった。
願いが通じたのか、カシューン魔法師長はそれ以上なにも言うことなく去っていった。スタッフには、次に彼が来たら話しかけることなく奥へ通すよう語気を荒げて指示される。ま、そんなものだよな。
驚いたのは、その日の仕事を終えて治療院を出たときだった。
「えっ!?」
見覚えのある黒のローブを着たカシューン魔法師長が立っている。まるで、誰かを待っていたみたいだ。
「どうしたんですか? また怪我を?」
「いや、待っていた。お前を」
何を言っているのかわからない。言葉は耳に届いたが、脳がその意味を理解するのに時間を要している。え、……なんて?
僕は混乱のままカシューン魔法師長に連れられ、小綺麗な食堂へと到着した。どうやら一緒に食事をする流れらしい。
――もしかして、この前のこと口止めとかされるのかなぁ。口止めなんてされなくても誰にも言わないし、言ったところで信じてもらえないのがオチだと思うけど。
僕はだんだんと憶測だけで考えるのが面倒くさくなって、逆に落ち着いてきた。
初めて来たこの食堂は普段来ないエリアにあって、隠れ家みたいな雰囲気だ。意外に家庭的な感じで、僕みたいな庶民でも緊張せず入ることができたから安心する。
笑顔の女将さんに案内された部屋は個室になっていて、人目を気にしなくていいし密談にもぴったりだ。
向かい側に座ったカシューン魔法師長は、目を伏せて真剣にメニューを見ていた。まつ毛までもが漆黒に艶めいている。
好き嫌いがないか尋ねられたけれど、ないと答えてお任せした。一応、目上の相手だし。
カシューン魔法師長が女将さんと小声で会話して注文を終えたあと、僕はこの会合の目的を単刀直入に聞いてみることにした。
「カシューン魔法師長は……」
「セレス、だ。そう呼ぶように言っただろう」
「え゛」
早々に腰を折られてしまった。
確かにあの夜、同じように言われたことを思い出す。
『カシューン魔法師長……ですよね?』
『セレス、だ。そう呼んでくれ』
この人、めちゃくちゃ覚えてんじゃん……!
166
あなたにおすすめの小説
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜
たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話
騎士団長とのじれったい不器用BL
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました
未希かずは(Miki)
BL
第13回BL大賞 奨励賞 受賞しました。
皆さまありがとうございます。
「ねえ、私だけを見て」
これは受けを愛しすぎて様子のおかしい攻めのフィンと、攻めが気になる受けエリゼオの恋のお話です。
エリゼオは母の再婚により、義妹(いもうと)ができた。彼には前世の記憶があり、その前世の後悔から、エリゼオは今度こそ義妹を守ると誓う。そこに現れた一人の騎士、フィン。彼は何と、義妹と両想いらしい。まだ付き合えていない義妹とフィンの恋を応援しようとするエリゼオ。けれどフィンの優しさに触れ、気付けば自分がフィンを好きになってしまった。
「この恋、早く諦めなくちゃ……」
本人の思いとはうらはらに、フィンはエリゼオを放っておかない。
この恋、どうなる!? じれキュン転生ファンタジー。ハピエンです。
番外編。
リナルド×ガルディア。王族と近衞騎士の恋。
――忠誠を誓った相手を、愛してはいけないと思っていた。切ない身分差、年の差の恋。恋の自覚は、相手が成人してからになります。
【8話完結】勇者の「便利な恋人」を辞めます。~世界を救うより、自分の幸せを守ることにしました~
キノア9g
BL
「君は便利だ」と笑った勇者を捨てたら、彼は全てを失い、私は伝説の魔導師へ。
あらすじ
勇者パーティーの万能魔術師・エリアスには、秘密があった。
それは、勇者ガウルの恋人でありながら、家事・雑用・魔力供給係として「便利な道具」のように扱われていること。
「お前は後ろで魔法撃ってるだけで楽だよな」
「俺のコンディション管理がお前の役目だろ?」
無神経な言葉と、徹夜で装備を直し自らの生命力を削って結界を維持する日々に疲れ果てたエリアスは、ある日ついに愛想を尽かして書き置きを残す。
『辞めます』
エリアスが去った翌日から、勇者パーティーは地獄に落ちた。
不味い飯、腐るアイテム、機能しない防御。
一方、エリアスは隣国の公爵に見初められ、国宝級の魔導師として華麗に転身し、正当な評価と敬意を与えられていた。
これは、自分の価値に気づいた受けが幸せになり、全てを失った攻めがプライドも聖剣も捨てて「狂犬」のような執着を見せるまでの、再構築の物語。
【勇者×魔導師/クズ勇者の転落劇】
※攻めへのざまぁ要素(曇らせ)がメインの作品です。
※糖度低め/精神的充足度高め
※最後の最後に、攻めは受けの忠実な「番犬」になります。
全8話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる