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34.女神の像
ぐっすりと眠ったシェリールをしばらく見つめてから、ルイは久しぶりに部屋を出た。侍女のエルミンには発情期が終わったことを伝えてある。
明日には騎士団へ復帰するつもりだから、今日のうちに身体を慣らしておきたい。
最近はミュンジング王国の兵士が国境を越えてラテーヌ州をうろついていると通報があり、国境付近の巡回を増やしているのだ。大きな衝突こそないが、いざというときに動けないようでは意味がない。
いつものように屋敷の周りを走り始めると、通りがかりで出会った領民はみな笑顔でルイに会釈をしてくれる。
(フォセット領ではあり得ない光景だな……)
ここへ来てもう半年だ。周辺の村の民はルイの顔も覚え、ルイが急いでいないときは親しげに「シェリール様はお元気ですか」と声を掛けてくる。
あれはここへ来て一ヶ月ほど経った頃だったか……荷馬車の脱輪を助けたときに、初めて話しかけられたのだ。領主と領民の距離がとても近いことに驚いたが、嫌な気はしなかった。
ルイはただの婿で、ブランディーユ領に自分の居場所などないのだと思っていた。しかし使用人や領民たちから温かく迎えられたり感謝されたりすると、ルイはここにいていいのだと存在意義を感じるようになった。
なぜなのかは分からないが、シェリールは自分に遠慮しているところがあるらしい。ルイに夫という役割だけ与えて何もしてほしくないのだと思っていたけれど、そうではないようだ。
最近些細な頼み事をされるようになってようやく気づいた。
「申し訳ないんだけど……」
「こんなこと頼んでごめんね」
「ありがとう! やっぱりルイは国宝級……んんっ……なんでもない」
もっと遠慮なく自分に頼ればいいのに、と思うもののそのひと言が出てこない。領地経営だって手伝えることがあるならしたい。……まあ、ルイにできることなどないのかもしれないけれど。
いつしかルイは、シェリールに頼られたいと考えるようになっている。発情期のときだけじゃなくて、普段から。
そんなことを考えていると、通りの先で口論している男性二人が見えた。服装からしてどちらも村人だ。
背の高い方が怒っているらしく、もう一方の男の腕を掴む。掴まれた方は小柄で、とても怯えているように見えた。
「おい、どうしたんだ」
「誰だ? 見れば分かるだろ。なんてことない、デートに誘ってただけさ」
背の高い方が悪びれずにそんなことを言う。和やかな雰囲気だったらルイも無視していただろう。
「嫌がっているだろう。諦めの悪い男は嫌われるぞ」
「なんだと!? 若造のくせに偉そうに……ヒッ」
目の前まで近づいて行って、手を掴んでいる男を見下ろす。ルイの顔を知らないようだったが、彼は迫力に押されて一歩後ずさった。
ようやく手が離れると、小柄な方は自分を守るように胸の前で腕を絡めた。顔色が悪い。
「大丈夫か? 目的地まで送ろう」
「あっ、ありがとうございます……ルイ様」
ルイが男を無視して小柄な方に話しかけると、無視された方は走ってどこかへ行ってしまった。あとで執事辺りに報告しておくか。
小柄な彼は薄い空色の髪をしていて、よく見れば顔立ちも整っていた。だから言い寄られたのだろう。
ルイは記憶になかったが、ソラと名乗った彼には素性を知られているようだ。
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