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しおりを挟むこの離島は、一時間もあれば歩いて一周できるほど小さい。その中に最新設備の屋敷を建て、ブラッドの所有する別荘のひとつとしている。
ブラッドにとっては人と離れてゆっくりしたいときに訪れるプライベートな空間で、遊び相手を連れてきたこともない。アクアとここで一緒に過ごしたいと、自然と思えたことは大きな変化だったといえる。初恋であると同時に、彼はもう伴侶なのだ。
今回も信頼できる部下と使用人しか連れてきておらず、今度こそ肩の荷を下ろすことができた。スピネルは屋敷を点検しているし、引き返す予定だったファミリーには念のため周辺海の警備を指示してある。いま、ここ以上に安全なビーチはないだろう。
「ほら、アクア。綺麗だろう?」
「わぁ……!色が、違う!ねぇ旦那さま、どうしてですか?」
セプテム側の陸からそう離れていないのに、ここの海は綺麗で、砂浜も白い。浅瀬が遠くまで続いているおかげで、透明からエメラルドグリーンへの美しいグラデーションを成していた。
子どものような表情に戻ったアクアが、光を目に含ませキラキラと笑いかけてくる。本人も気付いていないに違いない自然な笑みを向けられ、僅かに目頭が熱くなった。
この子を一生大事にしたい。一生自分のものにしたい。そのとき生まれた感情は相反するようで、複雑に混じり合っている。
自分が必ずそうするつもりであることはブラッド自身理解していた。巷では『貪欲のブラッド』と呼ばれているくらい、欲しいものは必ず手に入れてきたのだ。
靴を脱いで波打ち際で海を感じているアクアを眩しく見つめつつふと、これが『運命』というものなのだろうかと考える。アルファとオメガには運命の番というものがいて、会えば必ず二人は惹かれ合うのだという。
なんともロマンチックな伝説だな、と思いながらブラッドはひとり頭を振った。自分に運命がいるのならそれはアクアだと思うが、そんな都合のいいものに導かれたわけでは決してない。
ここまで互いに楽な道のりだったとは言い難い。けれど、あらゆる分岐点で自ら選択した先の人生を歩いてきたのだ。
アクアと出会ったのも偶然というより、互いが決めて行動した結果だ。結婚も逃亡もあった上で、いま一緒にいることは、すべて互いが自分の力で掴み取ったものといえる。
運命は導かれるものでなく、自分で捕まえに行くもの。そして――アクアの選択も、ブラッドの心を捕まえた。
興味津々で海につけた指を舐めたアクアがしょっぱさに驚き、顔をしかめる。引いては寄せる波を不思議そうに楽しむ彼が、沈みかけた太陽の力強い光に照らされている。
長い黄金の髪が彼を縁取り、その美しさにどうしようもなく心が揺さぶられた。容貌だけじゃない。その心の純真さがアクアを昼も夜も、黄昏も夜明けも、いつだって輝かせている。
ブラッドは靴を脱ぎ、アクアの元へと足を踏み出した。冷たすぎない海の水が足を優しく包み、砂の感触がブラッドを受け止める。アクアが嬉しそうに駆け寄ってきて、パシャ、と水が跳ねた。
慣れない砂浜に足を取られて、最後は抱きつくように倒れ込んできた彼を強く抱きしめる。
「アクア、愛してるよ」
「あっ……」
ポケットから小さな箱を取り出す。急な愛の言葉に戸惑ったアクアはその中身を見て、あんぐりと口を開けた。
黒いビロード張りのケースには、美しくカッティングされたアクアマリンが収まっている。一般的に水色と言われる宝石は、この海のように光を受けさまざまな色を孕んでいる。
「きれい……」
「君の瞳の色だ。アクアの瞳には及ばないが、一番近いと思うものをやっと見つけた」
「こ、こんなに……綺麗じゃ」
「綺麗だ。アクアに出会った瞬間から魔法にかけられたみたいに、この瞳が忘れられなかった。どうか、これは君に身につけていてほしい」
ポタリと宝石の欠片が目元から零れる。ブラッドは渾身の思いで紡いだ言葉が無事届いたことにほっとして、濡れる目元に唇で触れた。
「おれも……あい、してます。ブラッド様」
初めて口にする言葉特有のたどたどしさで耳に届いた声に、心臓がドキンと音を立てた。
「愛してます」
今度ははっきりと告げられて、ブラッドは胸に溢れかえるものに満たされた。抱え切れないこれはなんだろう。愛する者から愛を向けられる歓びを、いま初めて知ったのだ。
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