三十歳になったので離縁を提案したら旦那様の様子がおかしい

おもちDX

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本編

2.

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 いつものように連れ立って隣の部屋に向かうと、レーシュは一人掛けのソファにぽすんと腰掛けた。後ろにラツィエルが立つ。

「相変わらずどんな寝相をしてるんだ。つーかまた乾かさずに寝たな? あれだけ止めろと言ってるのに」
「だってさー。疲れてるじゃん。眠いじゃん?」
「……まあいい。それで? さっき言ってたのはどういう意味なんだ。ちゃんと説明してくれ」

 ラツィエルが慣れた手つきで絡まった髪を梳き始めるのを感じ、レーシュは起きてから三十分ほどで考えた正当な理由をすらすらと語った。
 
 伴侶の髪をくしけずるなんて、よっぽどお熱い夫婦しかやらなさそうなことであるが、レーシュとラツィエルはそんな仲ではない。
 外見に全く頓着しないレーシュがぼさぼさ髪のまま出仕しようとするのを、見た目にもきっちりとこだわるタイプのラツィエルが許せないだけだ。

 湯浴み後に髪を乾かすのだって、本来なら使用人の役目である。しかし湯上がりのレーシュを前にして平静を保てる者がいなかったし、慣れればできたのかもしれないがレーシュ自身が自分でやるからいい、と結婚当初に断ったのだ。

 まあ、結局自分では面倒くさくて何もやっていないからこうして毎朝怒られているのだけれど。

 別にレーシュの髪がどうなっていたって誰も気にしないと思うのに、細かい男だ。でも人に頼むのではなく自らやってくれるから、レーシュもなんとなく甘んじてそれを受け入れていた。

 ラツィエルの大きな手が器用に動き、レーシュの髪に艶を取り戻す。ほんのりとフリージアの香りのする香油を少量つけ、ほとんど白に近いプラチナの髪が絹糸のようにさらりとまとまると、葡萄と同じ青紫色をしたシルクのリボンで一つにまとめた。

 今日のリボンはレーシュの瞳の色に合わせたらしい。よし、と自分の腕前に納得したように頷いて、ラツィエルは鏡越しにレーシュと目を合わせる。
 金と緑、白と紫が縦に並んでいる。金色の方が口を開いた。

「レーシュの言い分はわかった。だけどなぁ、お前、本当に自分にはもう価値がないと思ってるのか」
「え、むしろどこにある?」
「…………」
「離縁したくない理由でもあるの?」
「な、ない! ただ、まぁ、ちょっと待ってくれ。急に言われても手続きとか、あるだろ色々」
「はあ」

 ラツィエルがいいなら別にいいのだけど。彼なら急がなくても、歳下の妻くらいさっと見つけてくるだろうし。
 たまに一人で参加している夜会で、もうお相手を見つけている可能性もある。

 そんなことをぼんやり考えながら、レーシュも一応は伝えたので良しとしようと納得して立ち上がった。

「おい、これを忘れてるぞ」
「あ、そうだった」

 手渡された大きな黒縁眼鏡をかけ、朝の身繕いは終了だ。

 並んで立つと、頭ひとつ分はラツィエルのほうが背が高い。堂々とした立ち姿に近衛を示す白い騎士服がよく似合って、眩しいほどだった。

 レーシュは白いブラウスに黒のトラウザーズ。色はいつも同じで、デザイン違いのものがクローゼットに所狭しと並べられている。
 「これ以外は着るな」と旦那様権限で厳命されてから、レーシュ自身はこだわりがないし選ぶ必要もないのが楽で素直に聞いていた。

 二人並んで玄関ホールを出ると、馬車が待機している。御者が扉を開けてくれたので、レーシュは立ち止まることなく馬車へと乗り込んだ。

「じゃ、また明日」
「おう」

 一瞬だけ視線を合わせ、軽い挨拶を交わす。これで、明日の朝まで顔を合わせることはないのだ。

 レーシュは王宮勤めの文官、ラツィエルは王宮で王族を警護する近衛騎士をしている。目的地は同じなのだが、ラツィエルは自分の馬に乗って行くので仲良く通勤することもない。

 春の麗らかな日差しに温められた馬車の中は温かい。ふあ、と小さなあくびをしてから、レーシュは馬車が動き出すのを静かに待った。
 十年続けている、なんら変わりないいつもの朝だ。

 ――レーシュと別れたラツィエルが、やけに険しい表情をしていること以外は。

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