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本編
17.
しおりを挟む「あれっ、おはようございますハニエル様」
「おはようレーシュ。昨日の休暇は楽しめたかな?」
「はい……」
宰相室の扉を開けると、ハニエルがすでに着席して仕事に取り掛かっていた。レーシュはぽかんと口を開けてしまったが、瞬時に気持ちを切り替える。きっと緊急で面倒な案件が持ち込まれたに違いない。
どんなときも泰然としているハニエルから休暇のことを尋ねられ、とっさに昨日の顛末が頭をよぎった。義父とはいえ、相手は上司だ。今話すことではないだろうと口を噤む。
案の定、補佐室に入る前に「悪いんだけど」と調べ物を頼まれたのでレーシュは気を引き締めた。
「ミンテ、状況は?」
「こっちは一人で大丈夫だから、レーシュは頼まれた仕事をしてて。逆に手伝いが必要なら言ってね。……ハニエル様、昨日も一人で仕事してたみたい」
「はぁ、やっぱり。あの人に休みなんてあるのかな」
「ないかも。休日にベッドの中でだらだらしてるとことか、想像つかないもん」
ミンテもレーシュも、隣国との過去の取引内容を別方向から調査する指示を受け取っていた。近年きな臭いと言われている国だから、ついに何かあったのかもしれない。
理由も告げずに指示だけされたということは、まだ一文官が知っていい内容ではないのだろう。
そのうちテットが出仕してきて、ビナーが来ないねと話していたら家の者から手紙が届けられた。テットが代表して読んでくれる。
「下のお子さんが風邪だって。ビナーもダウンしてるみたい」
「まじか……」
「季節の変わり目だからね」
ミンテが遠い目をして、レーシュは仕方ないと肩をすくめる。むしろ自分の体調も優れないことを知られてはいけない、と思う。忙しさはしばらく続くに違いない。
◇
事態が急変したのはそれから数日後のことだった。
切りのいいところまで仕事をして、そろそろランチにするかと三人で頷き合う。根を詰めすぎても集中力が切れてしまうし、持ってきた食事は食べないと腐ってしまう。
レーシュは王宮のメイドに紅茶を淹れてもらおうと部屋を出ようとした。――その時だった。
扉越しにガタン! と音がして、直後にバサバサバサッと書類の落ちる音が宰相室から聞こえた。慌てて扉を押し開ける。
「ハニエル様!!」
「なに、どうしたの?」
物音はレーシュにしか聞こえていなかったらしく、声に驚いた二人が背後から話しかけてくる。だがそれを聞く前に、レーシュはデスクの横で倒れているハニエルに駆け寄った。
雪崩のように落ちた書類が散らばっている中で、ハニエルは青ざめた顔で横たわっている。
「大丈夫ですか!? どこか痛いですか?」
「だい、じょうぶだ……少し……目眩が」
「おれ、医官を呼んでくる!」
すぐに状況を察したミンテが走って執務室を出ていく。レーシュはテットと協力して物置になっていたソファへハニエルを運んだ。
顔を近づけたときに白粉の匂いを感じてよく見れば、目の下には濃い隈が浮かんでいて、化粧で隠している形跡があった。体も想像より軽い。
よっぽど仕事で追い込まれていたのだ。部下なのに、毎日会っているのに気づかなかったことが不甲斐ない。レーシュは悔しさに唇を噛む。テットも同じような表情をしていた。
ハニエルは大丈夫と何度も言うが、声は弱々しい。医官が来るまでできることはほぼなく、空気を入れ替えるために窓を開けてみるも、湿気を含んだ風は重かった。
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