セフレのはずの宰相が国家規模で僕を追いかけてくる

おもちDX

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1.仕事、やめます!

短編です!
楽しんでいただけますように。





――――――――――





 退職届を上司のデスクに置いたとき、宰相執務室は静まり返っていた。
 目の前に座る宰相のカルディア様も、各々のデスクについている秘書仲間たちも黙っている。沈黙がひりひりと痛いほどだ。

「本日をもって退職させていただきます」
「……は、」

 僕は真っ白な封筒から視線を上げ、最後だと思ってカルディア様をじっと見つめた。
 肩上まで長さのある、硬質なシルバーの髪を後ろに撫でつけた美丈夫だ。ロイヤルブルーの瞳は濃く深く、心の中まで見透かされてしまいそうな力を持っている。目が合うだけで後ろ暗いところのある貴族は「ひっ」と逃げていくという。

 この人の髪を乱すのが好きだった。優しく瞳を細められるのが好きだった。真顔では怖いほど整った顔立ちが、微笑むと途端に甘い美貌へ変わるのをもっと見ていたかった。
 でも……もう終わりだ。

「五年間ありがとうございました」
「そっ、そんな急に……どうしてだ?」

 一方的に話すと、カルディア様は聞いたこともないほど狼狽えた声を出した。常に冷静沈着、インサニア王国最年少で宰相位を得た人とは思えない。
 もしかしたら僕は、思っていたよりもこの人にとっての日常の一部になれていたのかもしれないな。

「もう宰相閣下に会うこともないでしょう。お元気で」
「っ……フェレス!」

 訊かれたことにも答えずただ頭を下げて、宰相執務室を出る。
 廊下に出れば、窓の外はもう暗くなりかけている。廊下に灯されたランプで窓ガラスが鏡のようになり、抜け殻のような僕の顔を映していた。

 猫っ毛でふわふわとウェーブする髪は、ビスケットみたいに淡い茶髪だ。カルディア様みたいにピシッとまとまらず、伸ばした髪をいつも紐で束ねている。
 凡庸な顔立ちにターコイズブルーの瞳。二重の幅が広すぎていつも眠たげに見える目は今、どんよりと曇っている。

 職と好きな人を同時に失ったんだから当然だろう。カルディア様にとって僕はただのセフレだったけど、僕はずっと好きだった。
 でも彼のためを思えば、こうするのが正解なのだ。報われない恋をずっとしているよりも、身を引いて好きな人に幸せになってもらう方がよっぽどいい。

「待ってフェレス!」
「……アロ」

 立ち止まっていた僕を追いかけてきたのは同僚のアロだった。赤褐色の短髪を靡かせながら走ってきて、目の前で立ち止まる。僕は小柄なため普通の背丈のアロでも見上げる形になる。

「なぁっ、急すぎるだろ! なんかあったのか? カルディア様と喧嘩でもした?」
「喧嘩って……僕とあの人はただの上司と部下なのに」
「今さらなに言ってんだよ」
「え」

 どうやら僕の恋心は同僚にバレていたらしい。まあ、何年も一緒に働いていればわかってしまうんだろう。ついつい目で追ってしまうことはあったし、仕事を褒められると必要以上に浮かれてしまっていた自覚はある。

 分かっているのならと、取り繕うのはやめた。その途端にツンと唇が尖り、窓ガラスに拗ねた横顔が映る。

「だってさ、婚約するって聞いたんだ」
「えっ! そ、そんなこと……どこで聞いた?」
「メイドが噂してるの聞こえた。高位貴族のご令嬢なんでしょ? 宰相としての地位を確固たるものにするには、これ以上ない縁談だよ」

 カルディア様は三十三歳で、その地位にしてはまだまだ若い。それに生まれが子爵家のため、家の力はほとんどないと言っても過言ではない。高位貴族の相手と結婚すれば、上から目線で政治に文句を言ってくる貴族も減るだろう。

 そんなの、平民の自分には勝てっこない。僕がどれだけ頑張ったって秘書として仕事を裏から支えることしかできず、カルディア様の立場を強くする力なんて全く持たないのだから。
 
「聞かせないはずだったのに……あの人の支配も裏方のメイドまで行き届いてなかったのか」
「は?」
「ひっ。い、いや。とにかく、戻って来いよ。ちゃんとカルディア様と話せば誤解も解けるんじゃないか? なにも仕事までやめなくたって……」

 アロはぶつぶつ呟いたあと、びくっと肩を揺らした。やけに挙動不審だがどうしたんだろう。僕の後ろにある窓に何度か視線を送りながら、引き止めてくる。
 けれどもう心は決まっていた。悩みに悩んで、この結論を出したのだから。

「もうつらいんだ。心を殺してまで一緒に働きたくない」
「…………」

 好きな人と別れて、同じ職場にいられるほど僕は図太くない。なまじ身体の関係を持っていたからこそ、カルディア様が知らない女性の話をするのだって聞きたくない。関係を断つなら徹底的にすべきだ。

 すん、と洟をすすって、アロに背を向けた。
 こっそりと準備してきたから仕事は残していないけど、いきなり秘書が一人減れば迷惑をかけてしまうだろう。申し訳ない思いはあったが、僕じゃないと駄目な仕事なんてひとつもないことは知っている。

「ごめんね。……ばいばい」


感想 2

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