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「あー! ついにこの日が来ちゃったかぁ!」
王宮を離れ、乗合馬車で貴族街を通り抜けて平民街で降りる。夕方のざわざわとした喧騒が、荒んだ気持ちには心地よかった。
今日はまっすぐ家に帰りたくない。一人暮らしの部屋にいたら、ずんっと落ち込んでしまうのは目に見えている。
だからあてもなく歩いて、まだ人の少ない酒場に足を踏み入れた。
あんまり強くないから、カルディア様には「私の前以外で飲まないように」と言われていたけど、もう関係ない。
失恋には酒……って、誰かが言ってたような気がするし。アロだっけ?
カウンターで座っている人から離れた端に座り、蜂蜜酒の水割りを注文する。苦いのと濃いのは苦手なのだ。
グイッとひと口目から勢いよく飲むと、冷たさが喉を通り抜けていく。歩き回って火照っていた身体に心地好い。
ふう、とひと息つくとまた実感が込み上げてくる。カルディア様にもう会えない。自分で告げたことだけど、想像するだけでつらくて涙が込み上げてきそうになった。
――カルディア様に出会ったのは、今から五年前、僕が十六歳のときだった。
僕は十五歳まで、男爵家で母と共に使用人をしていた。
母が病に倒れ、どうにかお金を工面できないか執事に頼んでみたが駄目だった。僕たちは給金を貰わずに住み込みで働いていたから、全く手持ちがなかったのだ。むしろ働けないなら屋敷を追い出すと言われ、やけくそになった僕は当主夫妻の元へ直接嘆願しに行った。
「なんて図々しいの。さすが主人の前で股を開く売女の息子ね」
「感染る病気だったら困る。すぐに出ていってくれ」
夫人は嫌悪もあらわに悪態をつき、主人は青白い顔で僕から目を逸らした。
そのとき初めて自分が当主の息子だと知った。節操のない主人だと知っていたから、不思議と驚かなかった。
母はいくつになっても少女のような美人で、控えめな性格だったから、当主が無理やり迫っただろうことは容易に想像がつく。
当主の子どもたちのうち、僕の年齢は上から二番目だ。おそらく当時は嫡男のスペアとして置いておこうとなったに違いない。
もう要らないことに、ようやく気づいたという感じだった。存在さえ忘れていたのだと思う。いや、当主からは何度か僕も迫られていたから、知っていたけど母の息子だとようやく気づいたということか。
こんな人たちに頭を下げたことさえも恥だと思った。僕は母を連れて屋敷を出て、犯罪以外の儲かる仕事ならなんでもやった。
しかし一年も経たずに母は亡くなり、途方に暮れてしまった。
そんなときだ。路地裏に座り込んでいた僕の前でカルディア様がつまずいて転んだのは。
強い風の吹く日だった。
「へぶっ」
(大人って転ぶんだ……しかも顔から)
純粋に驚き、次に男の身なりの良さが気になった。持っていた鞄から書類らしき紙が散らばり、財布まで転がっている。
どうせ金持ちだ。僕はいっそ財布を盗んでやろうかと思いついた。
母の前で胸を張れる息子であるため犯罪にだけは手を染めなかったのに、母が亡くなった直後でかなり心が荒んでいたのだ。
だけど男が呻き声と共に顔を上げたとき、その美しい容貌と目の下の真っ黒な隈に釘付けになってしまった。
散らばる書類と疲れ切った顔。僕の知る男爵とは違って、ちゃんと働いて稼いでいる人なのだとひと目で分かる。
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