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涙さえ出てこない絶望に包まれる。変態国王に触られることを想像しただけで、吐き気を伴う嫌悪感が押し寄せてきた。
あの人の手が好きだった。あの人以外に触れられるのは無理だって、分かってたはずなのに……
「さぁさぁ! この国のトップといえる御方に、命を懸けて競う勇者は? ……一度、二度……三」
「三千万ゴルト」
「!?」
司会者が最後のコールをしていたときだった。さらに価格を吊り上げる声が会場に響く。
なぜか聞き覚えのある声に、僕の視線は客席の上方に吸い寄せられた。目が慣れてきたからか、舞台上からでもその姿は驚くほどよく見えた。
薄暗い中で、より硬質に見えるシルバーの髪。ロイヤルブルーの瞳は深海のように仄暗く、こちらをまっすぐと見つめている。
「ひっ……」
ひくっ、と喉が震えた。ここにいるはずのない、他国の宰相閣下の姿が見えるのは気のせいでしょうか……?
「さ、三千五百万ゴルド」
「五千万ゴルト」
国王の従者が価格をコールするたび、間髪容れずにそれを大きく上回る価格がコールされる。ざわざわ……と会場中が動揺している。奴隷に対しあり得ない金額が動いているからだ。
僕は冷や汗が止まらなかった。周囲は気づいていないようだが、ゴルトはインサニア王国の通貨単位だ。
(ねぇっ、どうしてカルディア様がここに!?!?)
「十億ゴルト」
「……国家予算並みじゃん……」
「一度、二度……三度。らっ、落札です。史上最高額が出ました!」
僕の小さな呟きは檻の中でかき消えた。司会者が声を震わせながらも最終確認し、落札を高らかに告げると会場中がわっと湧く。
その瞬間もカルディア様は微動だにしなかった。ただまっすぐと僕の方を見つめている。
なぜだかわからないが、めちゃくちゃ怒っているのがわかる。僕は肉食獣にロックオンされた小動物のようにピッ……と檻の中で固まり、背中に幾筋もの冷や汗を垂らしていた。
変態国王に買われそうになったときよりも、脳内で警告の鐘が鳴り響いている。僕がカルディア様と見つめ合ってびくびくと怯えているあいだに、あちこちから重い金属音と悲鳴が聞こえ、周囲は様変わりしていた。
いつの間にか会場はインサニア王国とトリスティス王国の合同軍によって包囲され、メルギトゥルの国王は拘束された。司会者も髭面の奴隷商も兵士に捕まって、どこかへ連れて行かれてしまった。
舞台の上でポツンと残された檻。簡易的な檻なので鍵は必要ないが、自力では出られない。
カルディア様が目の前までやってきた。出会ったときみたいなどす黒い隈を目の下にこしらえて、シンとした目つきで僕を見下ろしている。冷艶な美貌は無表情だと死ぬほど怖い。
「フェレス……。君はこうなりたくて私から離れていったのか?」
「誤解です!」
くそう、誰だよこんな変態衣装を用意させたのは! 僕だよ!
仕事を辞めたと思ったら隣国で性奴隷として闇オークションに出品されていたのは、決して僕が望んだことではない。僕が「酒を飲んでたら攫われて……」と説明すると、はぁっと大きなため息が降ってきた。
「私の前以外で飲まないようにと、言ったはずだけど?」
「でも別れた直後だっ……ナンデモナイデス」
「……君には生涯をかけてしっかりと償ってもらおう。なにせ私が落札したんだからね」
濃い青に見つめられると、言い訳無用だと言われなくても分かってしまう。けれど瞳の奥で揺らめく仄暗い独占欲に気づいたとき、僕は内心喜んでしまった。
だって、顔を見てしまったらやっぱり好きでたまらないと思うのだ。この人が女性と結婚して家庭を持っても、奴隷としてでもそばにいられるならそれでいいと、酷くどろりとした独占欲に気づいてしまった。
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