後天性オメガは未亡人アルファの光

おもちDX

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「ドブネズミにパーティは眩しすぎたかな? 家族に挨拶にも来ないなんて、知能まで害獣になってしまったのかい、ミルファ」
「……兄さん」

 ミルファの兄、クィリナーレ子爵家嫡男のタナトスが室内へと続く扉を背に立っていた。おおかた遅れて来たのだろう。ミルファはその存在に気づくことはなかったものの、タナトスはミルファを決して見逃さない。

 自慢の金髪と、ミルファと同じ紺碧の瞳。弟より高い背丈に、整った顔がついている。結婚するまで、いや結婚してからも数々の女性と浮名を流しているアルファの兄だ。

 外面はいいが、ミルファの前ではその仮面を外す。幼い頃から何度も繰り返し、もはや呼吸するような自然さでミルファを傷つける言葉を投げつけてきた。
 ひとりだったら黙って耐えるだけだ。言い返したって酷い言葉が倍になって返ってくるだけだともう学んでいる。

 いまは、ひとりじゃない。自分が実の兄から虐げられる存在だと知られたくない、とミルファは咄嗟に思った。ルシアーノには、見られたくない。
 もっとも、いつもどおりろくな言葉が出てこない。血の気が引いて、目の前が真っ暗になっていった。

「ああ恥ずかしい。こんな出来損ないが弟だなんて」
「すみません……。もう帰るので」
「おい、待てよ。――モリアの婚約が決まったんだ。どこにも出せないお前とは違って、引く手数多で選ぶのも大変だったよ。伯爵家だ。父上母上も鼻高々だったなぁ」

 モリアとは八歳下の妹のことだ。十八なら婚約が決まるのには遅いが、それだけ厳選したかったということだろう。オメガで美女となれば、簡単に価値は下がらない。
 ミルファは自分のつま先を見つめた。タナトスの影になって、艶のある革も光を返さない。

 兄の話が自慢だけで終わるはずがなかった。
 これ以上ルシアーノに情けないところを見られたくない。何も聞かれたくないと思っていても目の前の巨大な壁をどうすれば突破できるのか、考えつかないほどミルファの思考は闇に沈んでいる。

「お前もせめてオメガだったら、家の役に立てたのになぁ。あ、アルファになりたかったんだっけ? 二次性判定のあとビービー泣いてたもんな。その木偶みたいな見た目でよく夢を見れたもんだよ。なんか言ったらどうだ? ベータでごめんなさいって、言えよミルファ」
「…………」

 いつも言われる内容はほぼ同じなのに、毎回ミルファの心は抉られる。自分だって幼い頃から何度も自問しているのだ。「どうして」って。
 恥ずかしくて不甲斐なくて、足元から視線を上げられない。

 コツ、と靴の音が聞こえてルシアーノが動くのを感じた。「ああ、ルシアーノは帰るんだな」と気づいて、どこか安心した。
 こうなったタナトスはしばらくミルファを離さない。ねちねちとミルファが聞きたくもない言葉を浴びせて、反応を楽しむのだ。

 先に帰って、いまのことは全部忘れてほしい。……無理だろうな。軽蔑されたよな。
 自分のような平凡ベータがアルファになりたかっただなんて、アルファの男からすれば馬鹿らしくてたまらないだろう。

「ははっ」

 ほら、笑ってる。ミルファは絶望の淵から状況を俯瞰した。

 ルシアーノが自分を笑っている。当然だろう。こんなにも恥ずかしい人間の伴侶になってしまったのだから。
 誇らしかった気持ちが遠い昔のよう。ミルファには背伸びしたって釣り合えない男だった。

 不意打ちで、ぎゅっと手を包まれる。ほら……これも…………なんだ?

 冷えた指先を温めるように、大きく熱い手がミルファと指を交差させ、繋ぐ。そしてもう一度、ぎゅっと強く握った。

「お前……誰だ? 人を笑うなんて失礼な」
「いや、失礼。こんなにも他人を貶める言葉がスルスルと出てくるなんて、大したものだと思いまして。そんな教養、どこで学ぶのですか? 私の伴侶と血が繋がっているとは到底思えませんね」
「はぁっ?」
「申し遅れました。ミルファと婚姻を結びました、ルシアーノといいます」
「おいおい、嘘だろ……」

 影からスッと現われ、敵意から守るようミルファの斜め前に立ったルシアーノは、凍てつくような声音でタナトスに立ち向かった。
 声のトーンだけでいえば朗らかに明るい。しかしそこに内包した冷たさはその場を凍りつかせる威力を持っている。

 ルシアーノ、こんな嫌味が言えたのか。ミルファは顔を上げつい感心すると同時に、彼を兄に認識させるのは危険だとも思う。タナトスはこれまで、ミルファの友人も全員見下してきた。
 自分より高位の貴族、しかも当主じゃない限り、その手を緩めることはしないのだ。ルシアーノが兄に貶されるのだけは、絶対に、嫌だ。

 ミルファは焦燥を滲ませた声でルシアーノの手を引いた。

「ルシアーノ、もう帰ろう……!」
「いつの間にかこんな義弟ができていたとはね。次期当主の私に逆らうとは……頭も悪そうだ。見目だけ上等だが、所詮ドブネズミの仲間か……」
「っ違う! 兄さん、彼を貶めないでくれ!」

 ルシアーノを貶された瞬間、情けなくもポロ、と涙がこぼれた。喉の奥が狭まって痛い。
 繊細で優しい彼が、こんな風に言われる筋合いなどない。自分といるせいでルシアーノが罵詈雑言を浴びせられてしまった事実が、ミルファを絶望の底に突き落とした。

 タナトスは無遠慮にルシアーノを見つめ、ミルファに視線を戻すとニヤニヤ嗤う。

「お前が選んだものだろう? こいつ……アルファに見えるな。どうやって籠絡したんだ。オメガの真似事でもしてケツを振ったのか?」
「……黙れ」

 口を挟んだのはルシアーノだった。
 
「男が好きなのにベータで、どうしようもなかったんだな……哀れな弟だ」
「黙れ!!!」
 
 ――ビリビリ!
 ルシアーノの強い咆哮は空気を震わせる。驚きにビクッと震え一瞬目を閉じていたミルファは、再び瞼を上げたときに見えた光景が信じられなかった。

 タナトスが腰を抜かしている。真っ青になった顔。少しでもルシアーノから離れようとするみたいに、ずりずりと地面に着けた尻を後方へ動かしていた。

「……ヒッ……」
「もうミルファに関わるな」

 ルシアーノはそれだけ言い残し、放心しているミルファを半分抱きかかえるようにしてテラスをあとにした。

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