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9-1.ユノの後悔
「あっミルファ! さっき話しかけようとしたらいなくなっちゃって、探してたんだよ~!」
「……ユノ」
ミルファがルシアーノに腰を抱かれながら会場内を横切っていたとき、同僚のユノに話しかけられた。いまは見つかりたくなかったなぁ、と思いつつも友人である彼を無視することなんてできない。
タキシードだと余計に目立つ橙色の髪を靡かせ、ミルファたちを追いかけて一緒に玄関の外までやってきた。そこでやっとルシアーノも足を止める。
「もう帰るのかよ? なぁ、ミル……ぅわ! 痛ぁっ!?」
さっきまで泣いていた顔を見られたくなくてユノの顔を見られずにいたら、ユノの素っ頓狂な声が聞こえた。
思わず振り向くと、ミルファの方へと伸ばしたユノの腕を、ルシアーノが横から掴んでいる。その手にギリギリと力が込められているように見えて、慌てて止めに入った。
「ちょっとルシアーノ! 手を離して!」
「……誰なんだ」
「大事な友人だから!」
「むふふ、嬉しいね大事と言われると」
解放された腕を自ら撫でながら、ユノはへらへら笑う。それほどダメージはなかったようで、ミルファはほっと息をついた。
「ごめんねユノ。さっき兄と会ってたから……気が立ってたんだ」
「失礼した。ミルファの伴侶の、ルシアーノだ」
「ああ、なるほどね。それはタイミングが悪いなぁ。そして……君が噂の元侯爵夫人か! へぇ~~~っ。これはこれは…………意外すぎない!?!?」
「あはは」
ルシアーノを深緑の目で見つめたユノが間をためてためて、驚いて叫ぶ。やはりオメガだと思っていたらしいリアクションに「だよねぇ」と笑ってしまった。
「格好いいでしょ?」
「いや、うん。確かにそう、だけど……」
気分が上向いてきて、ルシアーノの腕に抱きついてニコニコする。
「ミルファ、そっちだったんだ……」というユノの呟きは、ルシアーノが話しかけてきた言葉に隠れて耳に届かなかった。
「彼は同じ職場の?」
「うん。チェリオ伯爵家のユノだよ。よく家にも遊びに行くし、一番仲が良いんだ」
「……へぇ。ミルファがいつも世話になっている。これからもよろしく頼む」
「は、はぁい。よろしく……い゙っ」
ルシアーノが差し出した反対側の手を、ユノが握って握手する。二人が仲良くしてくれると嬉しいなぁとミルファは考えつつ、繋がれた手を見るとなんだかもやもやした。さほど時間を置かず離れたから、淡い感情もすぐに忘れてしまう。
ゆっくり話すのはまた今度にさせてもらって、今度こそミルファたちは自分の馬車に乗り込んだ。
◆
「握力、つよ……」
友人夫婦を見送ったユノが呟く。ユノは自分がアルファだからなのか、ルシアーノもアルファであるとすぐに分かった。それも上位の、だ。
はっきりとした威嚇こそされなかったが、触れた手から敵意がありありと伝わってきたのだ。まるで自分の番を守ろうとするような……
「ミルファはベータなのにな」
意味がわからない。ミルファだって彼がアルファの男だと知らずに迎え入れただろうに、どうしてあんなに仲が良さそうなんだろう。
愛し合う者独特の甘い雰囲気こそなかったが、ミルファはかなり気を許しているように感じられた。
どんなに仲睦まじくても彼らは番にはなれない。番契約はアルファとオメガだけが結べる、強固で特別なものだ。
これまで見てきた中でミルファに浮いた話はなかったものの、まさか男もいけるとは思わなかった。いや、ユノがその一面を見ないようにしていただけかもしれない。
ベータのミルファとアルファ男性では、結婚できても子はできないから。
――だから、ユノは諦めていたのに。
「あー、くそ……」
温かみのあるブラウンの髪に、真夏の青空みたいな深いブルーの瞳。優しくて、いつも抜けた話し方をするミルファは癒やしの存在だ。
華やかな容姿ではないが、顔のパーツをひとつひとつ見ていくと綺麗で目が離せなくなる。あどけない表情ばかりするくせに、口元にあるホクロが色っぽい。
一緒に働くうち、ふたりで遊ぶうちに、惹かれずにはいられなかった。夜のひとりの時間にいつも想像してしまうのは、なぜか発情期を迎えた妖艶なミルファで……、あいつはオメガじゃない、と自分に言い聞かせるたび虚しくなる。
ユノは三男だから、親にはかなり好きにさせてもらっている。二十七の歳まで結婚もせず、仕事に打ち込めるのは家族の理解があるからだ。
それでもいつかは女性か、オメガの誰かと結婚し子をもうけなければならないという思いが常にある。見合いの話もずっと無下にはできない。
片思いも一歩踏み出せず、見合いもせず。どっち付かずのままここまできて、見知らぬ男にかっさらわれるのか……。
どこの家出身かは知らないが、ルシアーノは格上のアルファだ。セリオ侯爵ともただの夫婦ではなかったのだろう。只者じゃない。あんなの、太刀打ちできない。
ミルファが人のものになって初めて、やっぱりどうしようもなく好きだと自覚した。
彼の醸し出す柔らかい空気を自分だけのものにしたかった。家に閉じ込めて、自分しか見えないほどに抱きたかった。
「馬鹿だな、おれ……」
そんなに欲しいのなら、性別なんて関係なく行動すればよかったのだ。可能性がゼロではなかったことは目の前で証明されている。
右手を持ち上げ、自らの掌を見つめる。ミルファにほんの少しも触れさせてもらえなかった。
これから彼とどうやって付き合っていけばいいのだろう、とぼんやり考える。じくじくと痛む失恋の傷は、同じ職場にいて簡単に癒えるとは思えない。
気鬱を抱え、手を握りしめる。夜の冷たい空気さえ指の隙間からするりと逃げていった。
◆
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