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馬車に乗り込みルシアーノとふたりきりになると、互いに言葉を探すように無言の時間が続いた。ミルファはユノに会う前のことを思い出し、一時的に上向いていた気分もすっかりと地に落ちてしまう。
自分の膝を見つめて俯く。くるんと毛先の跳ねた髪が纏めていた後ろ髪から一筋垂れてきて、視界に影を落とした。
「……ごめん、ルシアーノ。嫌な気分にさせちゃったね」
「いや、大丈夫だ。ミルファこそ大丈夫か? いつもあんな……感じなのか」
兄の登場がなければ、ルシアーノのデビューとしては上々の首尾で夜会を終えられるはずだった。ただでさえ慣れない場で疲れさせてしまっていたのに。
「うん。僕はまぁ、慣れてるから……。本当にごめん。僕のせいでルシアーノまであんな風に言われるなんて……最悪だ……」
「俺はいいさ。むしろ兄君に無礼な言葉を掛けてしまって申し訳なかった。……いや、あんなのが義兄だなんて思いたくないというか……同次元にいることさえ信じられないんだが」
あんなのが兄で申し訳ない。それでもミルファにとっては圧倒的上位の人間で、逆らえない存在だ。だからルシアーノの行動には正直びっくりしている。
けれど、鬱屈した気持ちを強い風で吹き飛ばされたみたいに先ほどはスカッとした。
手を握ってくれて、まるでミルファを守るみたいに。こんなにも情けない、不甲斐ない男を。
「ごめん。ルシアーノもこれから会うたびに嫌がらせされると思う。もう無理して夜会に出なくても大丈夫だよ。しかも引いたでしょ? 僕が家族から嫌われてて、見放されてること。アルファになりたかったって話も……本当のことなんだ。馬鹿みたいだよね。こんな平凡以下の僕がベータ以外になれるはずなんてないのに」
「ミルファ」
「婚姻の解消もすぐにはできないと思うけど受け入れるよ。僕なんかと伴侶なんて恥ずかしいよね……ごめん」
「ミルファ!! もう謝るな!」
向かいから身を乗り出してきたルシアーノが、両肩を掴んで揺さぶってくる。ずっと下を向いていたミルファはようやく視線を上げた。
短い紺色の髪を夜会用に撫でつけた彼は初めて見る表情をしていた。瞳の紅を色濃くし、眦も赤い。……怒っている。
ミルファはもう一度謝りかけて、謝るなと言われたことを思い出し開いた口をそのまま閉じた。ルシアーノが口を開く。
「俺はミルファのせいだとか馬鹿みたいだとか恥ずかしいだなんて、これっぽっちも思ってない! むしろ口の悪い連中と比べ物にならないほどミルファは清廉で、一緒にいられるのが誇らしいよ。見た目だって綺麗じゃないか。俺は好ましいと思ってる」
「ルシアーノ……」
「自分を卑下しないでくれ。ベータがなんだ。あんなアルファよりミルファのほうが人間性も高いじゃないか。自信を持っていい。俺だって悪意を払いのけるほどの力はないが、一緒に受け止めるくらいの覚悟はあるよ。夫婦だろう?」
引いたと思っていた涙がまた浮かんできて視界を覆う。瞬きでそれを散らしながら、ミルファは胸に満ちるものを確かめた。
これまで友人や使用人に似たような言葉を貰った記憶はあるものの、ここまで響く言葉はない。たった数週間しか一緒に過ごしていないルシアーノが、ここまでミルファに寄り添ってくれるとは思いもしなかった。
嬉しくて、胸がいっぱいで、息が苦しいくらい。怒られても内容はミルファを想った温かいものだと分かる。心のささくれ立った部分が平らになっていく。
夫婦だと、はっきりと言ってもらえることがここまで幸せに感じるだなんて、ミルファは知らなかった。
上半身から力を抜き、頭をルシアーノの胸に預けた。ちょっとだけ、その広い胸を貸してほしい。
「……ありがとう」
屋敷に着くころには、ミルファの嬉し涙も止まっているはずだ。
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