28 / 95
13-2
しおりを挟む
晩餐には柔らかそうに煮込まれた牛肉のシチューが出てきた。これが妥協点ということか。
これ以上抑圧するとミルファが爆発するとわかったのだろう。今朝だって、休ませようとするルシアーノから逃げるように仕事へ向かったわけだし。
歯応えが欲しかったのになぁ、と思いつつ肉をスプーンに掬い口へと運ぶと、想像以上に柔らかくトロと舌の上で溶けていく。ふむ、これはこれで……
「おいし……」
「だろう? 料理人に調理法を伝えた甲斐があった」
「このトロトロのやつ? ルシアーノも作れるの?」
「まさか。昔勉強して、覚えておいたんだ」
「博識ですごいなぁ。ありがとう!」
ルシアーノがまだミルファのために考えて行動してくれている事実に、胸の中が温まり喜びが広がっていく。こんな風に一喜一憂するなんて、恋は人を馬鹿にしてしまうらしい。
ミルファは彼に外出の理由を聞くのが怖かった。外に恋人がいたらどうしよう。いや、彼はまだセリオ侯爵への愛を引きずっているはずだ。たぶん。
わからないことだらけだ。一歩彼に近づいたと思っても、そのたび疑問が増えていく。しかし、ミステリアスな部分もルシアーノの魅力といえる。
自分にそんな部分はひとつもないな、とミルファは思う。隠していることといえば、この無謀な恋心くらい。これまでどおり思いを告げることなく、彼が去っていくのを待つだけだ。
「ルシアーノ、あとで僕の部屋に来てくれる? 話したいことがあるんだ」
「わかった。一緒に風呂は入らなくていいのか?」
「あはは、今日はひとりで入ることにするよ。じゃあ、あとでね」
ルシアーノの様子はいつもどおりだ。不快な話が彼の耳に届いていないとわかって胸を撫で下ろす。あんな酷い内容、彼にだけは聞かせたくない。
ミルファは湯浴みを終え、自室のソファに腰掛けている。自分で呼んだくせにルシアーノがこれからこの部屋に訪れるのだと思うと、ちょっと心臓の動きが忙しない。
緊張と喜びが混じり合って、なんだか胸が苦しい。身体までじんわりと熱くなってきて、一度羽織ったガウンを脱いだ。
コンコンと扉がノックされて、「はぁい」と返事をしつつ立ち上がる。すぐに扉を開けて入ってくるかと思ったのに、ルシアーノは姿を見せない。
疑問に思ったミルファが扉の前までたどり着いたとき、部屋の外で騒ぐ声が聞こえた。若い女性……あ、侍女のセルピナの声だ。
「これ以上、ミルファ様に近寄らないで! あなたのせいでミルファ様が体調を崩したってこと、分かってるんだから! その手に持ってるものはなに? また毒でも飲ませるつもり!?」
「は……どういうことだ? これは、ただの滋養に良い茶だ」
「嘘つき! 私……聞いたんですからね! あなたが、前の夫を……殺したってこと」
「セルピナ、やめろ!!!」
ミルファが慌てて扉を開けたときには、すでに遅かった。
扉の前に立っていたルシアーノは背中しか見えないが、向かい合わせに立っているセルピナは黒いワンピースのスカートをぎゅっと握り、激情で真っ赤な顔をしていた。
ディードーの説明は間に合わなかったに違いない。
セルピナはまだ二十代前半だ。ずっと看病していた病気の弟を二年前に亡くし、廃人のようになっていたところをミルファが拾ったのだ。仕事こそ問題なくできるが、一年以上笑えず能面のような無表情で過ごしてきた。
近ごろはようやく笑顔を見せてくれるようになってきて、みんなでそっと見守っていたところだった。セルピナはミルファを弟に重ねたのだろうか?
ミルファは彼女の目の前まで歩いていき、腰を曲げて視線を合わせた。焦りで動悸が激しいのを押し隠し、柔らかい表情を心がける。
「セルピナ、大丈夫だから。ルシアーノが前の旦那さんを献身的に支えてたってこと、僕は知ってるんだ。弟を大事にしていた君と一緒でしょう? 彼の気持ちを分かってあげてほしい……。それに僕はただの風邪で、もうピンピンしてる。あまり大袈裟に言われちゃうと恥ずかしいよ」
「ミルファ様……」
「セルピナが僕のために行動してくれたのは、嬉しく思うよ。でも、得体の知れない男の言葉なんて信用しないで。ルシアーノも君の主人なんだよ」
「も……申し訳ありません」
正直なところセルピナの発言に「わー! 待って! やめてー!」と内心叫んでいたけど、強く叱りたくはなかった。彼女もまだ心の静養中なのだ。
彼女はまだ若いし、賢い。自分が先走ってしまったことにすぐ気づき、ルシアーノにも謝罪してくれた。
「さぁ、もう君も休む時間だ。ポモナ、任せたよ」
「かしこまりました。さ、セルピナ。今日は一緒に寝ましょうか?」
「それはいいです」
「…………」
――――――――――
(余談)セルピナはミルファに恋をして感情を取り戻しました。彼女がミルファの前でだけ笑うことを、使用人一同は微笑ましく思っています。
いつもお読みいただきありがとうございます!
物語はようやく三分の一ほどまで進んだ感じです。
連載中でもご感想をいただけますと励みになります!
これ以上抑圧するとミルファが爆発するとわかったのだろう。今朝だって、休ませようとするルシアーノから逃げるように仕事へ向かったわけだし。
歯応えが欲しかったのになぁ、と思いつつ肉をスプーンに掬い口へと運ぶと、想像以上に柔らかくトロと舌の上で溶けていく。ふむ、これはこれで……
「おいし……」
「だろう? 料理人に調理法を伝えた甲斐があった」
「このトロトロのやつ? ルシアーノも作れるの?」
「まさか。昔勉強して、覚えておいたんだ」
「博識ですごいなぁ。ありがとう!」
ルシアーノがまだミルファのために考えて行動してくれている事実に、胸の中が温まり喜びが広がっていく。こんな風に一喜一憂するなんて、恋は人を馬鹿にしてしまうらしい。
ミルファは彼に外出の理由を聞くのが怖かった。外に恋人がいたらどうしよう。いや、彼はまだセリオ侯爵への愛を引きずっているはずだ。たぶん。
わからないことだらけだ。一歩彼に近づいたと思っても、そのたび疑問が増えていく。しかし、ミステリアスな部分もルシアーノの魅力といえる。
自分にそんな部分はひとつもないな、とミルファは思う。隠していることといえば、この無謀な恋心くらい。これまでどおり思いを告げることなく、彼が去っていくのを待つだけだ。
「ルシアーノ、あとで僕の部屋に来てくれる? 話したいことがあるんだ」
「わかった。一緒に風呂は入らなくていいのか?」
「あはは、今日はひとりで入ることにするよ。じゃあ、あとでね」
ルシアーノの様子はいつもどおりだ。不快な話が彼の耳に届いていないとわかって胸を撫で下ろす。あんな酷い内容、彼にだけは聞かせたくない。
ミルファは湯浴みを終え、自室のソファに腰掛けている。自分で呼んだくせにルシアーノがこれからこの部屋に訪れるのだと思うと、ちょっと心臓の動きが忙しない。
緊張と喜びが混じり合って、なんだか胸が苦しい。身体までじんわりと熱くなってきて、一度羽織ったガウンを脱いだ。
コンコンと扉がノックされて、「はぁい」と返事をしつつ立ち上がる。すぐに扉を開けて入ってくるかと思ったのに、ルシアーノは姿を見せない。
疑問に思ったミルファが扉の前までたどり着いたとき、部屋の外で騒ぐ声が聞こえた。若い女性……あ、侍女のセルピナの声だ。
「これ以上、ミルファ様に近寄らないで! あなたのせいでミルファ様が体調を崩したってこと、分かってるんだから! その手に持ってるものはなに? また毒でも飲ませるつもり!?」
「は……どういうことだ? これは、ただの滋養に良い茶だ」
「嘘つき! 私……聞いたんですからね! あなたが、前の夫を……殺したってこと」
「セルピナ、やめろ!!!」
ミルファが慌てて扉を開けたときには、すでに遅かった。
扉の前に立っていたルシアーノは背中しか見えないが、向かい合わせに立っているセルピナは黒いワンピースのスカートをぎゅっと握り、激情で真っ赤な顔をしていた。
ディードーの説明は間に合わなかったに違いない。
セルピナはまだ二十代前半だ。ずっと看病していた病気の弟を二年前に亡くし、廃人のようになっていたところをミルファが拾ったのだ。仕事こそ問題なくできるが、一年以上笑えず能面のような無表情で過ごしてきた。
近ごろはようやく笑顔を見せてくれるようになってきて、みんなでそっと見守っていたところだった。セルピナはミルファを弟に重ねたのだろうか?
ミルファは彼女の目の前まで歩いていき、腰を曲げて視線を合わせた。焦りで動悸が激しいのを押し隠し、柔らかい表情を心がける。
「セルピナ、大丈夫だから。ルシアーノが前の旦那さんを献身的に支えてたってこと、僕は知ってるんだ。弟を大事にしていた君と一緒でしょう? 彼の気持ちを分かってあげてほしい……。それに僕はただの風邪で、もうピンピンしてる。あまり大袈裟に言われちゃうと恥ずかしいよ」
「ミルファ様……」
「セルピナが僕のために行動してくれたのは、嬉しく思うよ。でも、得体の知れない男の言葉なんて信用しないで。ルシアーノも君の主人なんだよ」
「も……申し訳ありません」
正直なところセルピナの発言に「わー! 待って! やめてー!」と内心叫んでいたけど、強く叱りたくはなかった。彼女もまだ心の静養中なのだ。
彼女はまだ若いし、賢い。自分が先走ってしまったことにすぐ気づき、ルシアーノにも謝罪してくれた。
「さぁ、もう君も休む時間だ。ポモナ、任せたよ」
「かしこまりました。さ、セルピナ。今日は一緒に寝ましょうか?」
「それはいいです」
「…………」
――――――――――
(余談)セルピナはミルファに恋をして感情を取り戻しました。彼女がミルファの前でだけ笑うことを、使用人一同は微笑ましく思っています。
いつもお読みいただきありがとうございます!
物語はようやく三分の一ほどまで進んだ感じです。
連載中でもご感想をいただけますと励みになります!
300
あなたにおすすめの小説
愛しい番の囲い方。 半端者の僕は最強の竜に愛されているようです
飛鷹
BL
獣人の国にあって、神から見放された存在とされている『後天性獣人』のティア。
獣人の特徴を全く持たずに生まれた故に獣人とは認められず、獣人と認められないから獣神を奉る神殿には入れない。神殿に入れないから婚姻も結べない『半端者』のティアだが、孤児院で共に過ごした幼馴染のアデルに大切に守られて成長していった。
しかし長く共にあったアデルは、『半端者』のティアではなく、別の人を伴侶に選んでしまう。
傷付きながらも「当然の結果」と全てを受け入れ、アデルと別れて獣人の国から出ていく事にしたティア。
蔑まれ冷遇される環境で生きるしかなかったティアが、番いと出会い獣人の姿を取り戻し幸せになるお話です。
顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!
小池 月
BL
男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。
それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。
ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。
ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。
★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★
性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪
11月27日完結しました✨✨
ありがとうございました☆
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
うそつきΩのとりかえ話譚
沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。
舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。
幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。
叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。
幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。
大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。
幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
アルファ王子に嫌われるための十の方法
小池 月
BL
攻め:アローラ国王太子アルファ「カロール」
受け:田舎伯爵家次男オメガ「リン・ジャルル」
アローラ国の田舎伯爵家次男リン・ジャルルは二十歳の男性オメガ。リンは幼馴染の恋人セレスがいる。セレスは隣領地の田舎子爵家次男で男性オメガ。恋人と言ってもオメガ同士でありデートするだけのプラトニックな関係。それでも互いに大切に思える関係であり、将来は二人で結婚するつもりでいた。
田舎だけれど何不自由なく幸せな生活を送っていたリンだが、突然、アローラ国王太子からの求婚状が届く。貴族の立場上、リンから断ることが出来ずに顔も知らないアルファ王子に嫁がなくてはならなくなる。リンは『アルファ王子に嫌われて王子側から婚約解消してもらえば、伯爵家に出戻ってセレスと幸せな結婚ができる!』と考え、セレスと共にアルファに嫌われるための作戦を必死で練り上げる。
セレスと涙の別れをし、王城で「アルファ王子に嫌われる作戦」を実行すべく奮闘するリンだがーー。
王太子α×伯爵家ΩのオメガバースBL
☆すれ違い・両想い・権力争いからの冤罪・絶望と愛・オメガの友情を描いたファンタジーBL☆
性描写の入る話には※をつけます。
11月23日に完結いたしました!!
完結後のショート「セレスの結婚式」を載せていきたいと思っております。また、その後のお話として「番となる」と「リンが妃殿下になる」ストーリーを考えています。ぜひぜひ気長にお待ちいただけると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる