後天性オメガは未亡人アルファの光

おもちDX

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 晩餐には柔らかそうに煮込まれた牛肉のシチューが出てきた。これが妥協点ということか。
 これ以上抑圧するとミルファが爆発するとわかったのだろう。今朝だって、休ませようとするルシアーノから逃げるように仕事へ向かったわけだし。

 歯応えが欲しかったのになぁ、と思いつつ肉をスプーンに掬い口へと運ぶと、想像以上に柔らかくトロと舌の上で溶けていく。ふむ、これはこれで……

「おいし……」
「だろう? 料理人に調理法を伝えた甲斐があった」
「このトロトロのやつ? ルシアーノも作れるの?」
「まさか。昔勉強して、覚えておいたんだ」
「博識ですごいなぁ。ありがとう!」

 ルシアーノがまだミルファのために考えて行動してくれている事実に、胸の中が温まり喜びが広がっていく。こんな風に一喜一憂するなんて、恋は人を馬鹿にしてしまうらしい。

 ミルファは彼に外出の理由を聞くのが怖かった。外に恋人がいたらどうしよう。いや、彼はまだセリオ侯爵への愛を引きずっているはずだ。たぶん。

 わからないことだらけだ。一歩彼に近づいたと思っても、そのたび疑問が増えていく。しかし、ミステリアスな部分もルシアーノの魅力といえる。
 自分にそんな部分はひとつもないな、とミルファは思う。隠していることといえば、この無謀な恋心くらい。これまでどおり思いを告げることなく、彼が去っていくのを待つだけだ。
 
「ルシアーノ、あとで僕の部屋に来てくれる? 話したいことがあるんだ」
「わかった。一緒に風呂は入らなくていいのか?」
「あはは、今日はひとりで入ることにするよ。じゃあ、あとでね」

 ルシアーノの様子はいつもどおりだ。不快な話が彼の耳に届いていないとわかって胸を撫で下ろす。あんな酷い内容、彼にだけは聞かせたくない。



 ミルファは湯浴みを終え、自室のソファに腰掛けている。自分で呼んだくせにルシアーノがこれからこの部屋に訪れるのだと思うと、ちょっと心臓の動きが忙しない。
 緊張と喜びが混じり合って、なんだか胸が苦しい。身体までじんわりと熱くなってきて、一度羽織ったガウンを脱いだ。

 コンコンと扉がノックされて、「はぁい」と返事をしつつ立ち上がる。すぐに扉を開けて入ってくるかと思ったのに、ルシアーノは姿を見せない。
 疑問に思ったミルファが扉の前までたどり着いたとき、部屋の外で騒ぐ声が聞こえた。若い女性……あ、侍女のセルピナの声だ。

「これ以上、ミルファ様に近寄らないで! あなたのせいでミルファ様が体調を崩したってこと、分かってるんだから! その手に持ってるものはなに? 毒でも飲ませるつもり!?」
「は……どういうことだ? これは、ただの滋養に良い茶だ」
「嘘つき! 私……聞いたんですからね! あなたが、前の夫を……殺したってこと」
「セルピナ、やめろ!!!」

 ミルファが慌てて扉を開けたときには、すでに遅かった。

 扉の前に立っていたルシアーノは背中しか見えないが、向かい合わせに立っているセルピナは黒いワンピースのスカートをぎゅっと握り、激情で真っ赤な顔をしていた。
 ディードーの説明は間に合わなかったに違いない。

 セルピナはまだ二十代前半だ。ずっと看病していた病気の弟を二年前に亡くし、廃人のようになっていたところをミルファが拾ったのだ。仕事こそ問題なくできるが、一年以上笑えず能面のような無表情で過ごしてきた。

 近ごろはようやく笑顔を見せてくれるようになってきて、みんなでそっと見守っていたところだった。セルピナはミルファを弟に重ねたのだろうか?

 ミルファは彼女の目の前まで歩いていき、腰を曲げて視線を合わせた。焦りで動悸が激しいのを押し隠し、柔らかい表情を心がける。

「セルピナ、大丈夫だから。ルシアーノが前の旦那さんを献身的に支えてたってこと、僕は知ってるんだ。弟を大事にしていた君と一緒でしょう? 彼の気持ちを分かってあげてほしい……。それに僕はただの風邪で、もうピンピンしてる。あまり大袈裟に言われちゃうと恥ずかしいよ」
「ミルファ様……」
「セルピナが僕のために行動してくれたのは、嬉しく思うよ。でも、得体の知れない男の言葉なんて信用しないで。ルシアーノも君の主人なんだよ」
「も……申し訳ありません」

 正直なところセルピナの発言に「わー! 待って! やめてー!」と内心叫んでいたけど、強く叱りたくはなかった。彼女もまだ心の静養中なのだ。
 彼女はまだ若いし、賢い。自分が先走ってしまったことにすぐ気づき、ルシアーノにも謝罪してくれた。

「さぁ、もう君も休む時間だ。ポモナ、任せたよ」
「かしこまりました。さ、セルピナ。今日は一緒に寝ましょうか?」
「それはいいです」
「…………」





――――――――――





(余談)セルピナはミルファに恋をして感情を取り戻しました。彼女がミルファの前でだけ笑うことを、使用人一同は微笑ましく思っています。

いつもお読みいただきありがとうございます!
物語はようやく三分の一ほどまで進んだ感じです。
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