38 / 95
17-1.熱を秘して
翌朝、ミルファはルシアーノよりも先に目覚めた。
(んー……身体が熱っぽい……)
なんなのだろう。前回は熱が出ても仕方ない理由があったけれど、今回は本当に心当たりがない。
寒いところに数刻いたとしても、対策の厚着はしていたから全身冷えるほどではなかった。毛布一枚で寝たとしても部屋はそれなりに暖かかったから問題なかった。
か弱いオメガじゃないんだから、自分が頻繁に体調を崩したって儚くも美しくもないし迷惑なだけなのに。
(知恵熱かもしれないな……あはは)
昨晩の出来事はミルファにとって完全にキャパオーバーだったのだ。片想いは経験があっても心が近づいた経験や、ましてや身体的接触をもった経験はない。
家族だから、夫婦なんだから普通の接触だと自分に言い聞かせても勝手に喜んでしまうし、親しい友人のような会話をするだけで浮かれてしまう。重症だ。
ルシアーノだって寝ぼけてあんなこと……! よっぽど経験豊富なんだろうな、と思うと気持ちは沈むが、彼に対して怒るのはやっぱり違う気がする。
結局のところ、簡単に触れられるほど近くにいられるのは役得だと思ってしまうんだから自分も大概だ。
短い眠りだったものの、ひと晩経てば冷静な思考が戻ってきて安心した。昨晩の星空やオーロラは素晴らしかったし、全体で見ればとても良い旅だったといえよう。
そう。良い旅で終わらせるためには……
「おはようルシアーノ! 昨日は理不尽に怒っちゃってごめんね」
「ミルファ……悪いのは俺だ。君からすごくいい匂いがして……いや。これは言い訳だな。とにかく、夢と思って好き勝手してしまった。どんな罰も受け入れよう」
「罰なんてないよ。わざとじゃないって分かってるんだから。もう、忘れよう?」
「でも……うん、とりあえず今は……。というか、顔が赤くないか? 体調は?」
「元気だってば。昨日の移動で日焼けしちゃったのかも。――さ、朝ご飯食べよう!」
ミルファは熱があるのをごまかした。以前ほど重症じゃないから、屋敷に帰るまではなんとか動けそうだ。
ばれたらミルファをソファに寝かせたせいだと思い込んでしまいそうだし、もうルシアーノに無意味な責任を感じさせたくない。
そのあとは、なぜかルシアーノの手でビスケットを口に運ばれたりしつつも和やかに食事を終え、昨日転びかけたことを言い訳に手を貸されながら宿の階段を降り、愛馬たちに乗馬してエトワを発った。
しばらく移動を続けているうちに、ようやくミルファは気付いた。
(なんか、距離が近くない!?)
朝の冷えた空気で頭を冷やしてやっと客観的な変化に気付く。看病とは違うものの、ルシアーノはごくごく自然にミルファの世話を焼いている。昨日はあんなにも動揺したのに、自然すぎて違和感なく受け入れてしまうくらい。
いや、これくらい普通かな……? ひとりで考えても答えが出ないのは分かっていた。
ミルファは恋心が自分を過剰反応させているだけなのか、ルシアーノの心境の変化が距離を縮めさせているのか、判断できるほどの経験値を持ち合わせていないのである。
どうしようもなく嬉しく感じてしまう気持ちを陽だまりのように抱えつつ、熱っぽさにしんどい感覚も抱え、ミルファの心情以外は何事もなく帰路についたのだった。
「ちょっと寝不足みたいで……今日は部屋で休むね。二日間ありがとうルシアーノ」
「こちらこそありがとう。ゆっくり休んでくれ」
「……っ!」
午前中のうちに屋敷へ到着し、私室の前で足を止めた。平然を心がけた挨拶で別れを告げたミルファをルシアーノは当たり前のように抱擁し、すぐに解放する。
ミルファはふらりと倒れそうになったのを気付かれないように、そそくさと扉の向こうへと逃げた。
そのまま寝室へと歩みを進め、ぱたんと顔から寝台へとダイブする。もういろいろと限界だった。
「ミルファ様、お疲れですか……?」
「うん、ちょっと……だめかも」
「みっ、ミルファ様!?」
主人のらしくない行動に疑問を感じた家令のディードーが、窺うように声をかけてくる。親代わりともいえる彼の前ではミルファも取り繕えなかった。
駆け寄ってきて熱を測るまでもなく、力ない表情と赤く火照る肌に気づかれてしまう。反対に青褪めるディードーに、どうしてもこれだけは伝えたい。
「お願いだから……ルシアーノにはいわないで……」
「……でも、」
「おねがい……」
「……畏まりました」
言質を取ったことに安心して、意識を手放す。医者を呼ぶほどひどくもないんだ、ただ眠いだけで。そう伝えたかった言葉は、ディードーに届くことはなく。
こそこそと呼ばれた侍女長ポモナとディードーの相談しあう声にはミルファも気付かなかった。
あなたにおすすめの小説
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21)
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
胎児の頃から執着されていたらしい
夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。
◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。
◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。