後天性オメガは未亡人アルファの光

おもちDX

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 ミルファが顔見知りの貴族と話していると、ルシアーノは別の人に話しかけられていた。

 パラティーノ伯爵家の当主から、もう噂が広がり始めたとみていいだろう。ミルファの伴侶には興味がなくとも、元侯爵夫人を見られるのならと人が集まるのも無理はない。

 会話にひと区切りついて、ミルファはいつの間にか複数の人に囲まれているルシアーノを救出に行こうとした。今ごろあの美麗な顔の下で、心底うんざりしているに違いない。

 彼の本音を想像し、くすっと笑いをこぼしたとき――斜め横から若い女性の声に呼び止められた。

「ミルファ、こんなところにいたのね」
「……モリア」

 振り向くと、妹のモリアと兄のタナトスが並んで立っていた。
 久しぶりに見るモリアは相変わらず可憐で、妖精のようだ。ピンク色のドレスが彼女の可愛らしさを存分に引き出しており、オメガだと言われれば「なるほど」と誰もがわかる雰囲気を持っている。

 しかしその性格は可愛らしいなんてものじゃない。
 ミルファと同じ栗色の髪をふんわりと背中に下ろし、ツンと顎を上げてミルファを嘲るように見下している。濃いピンク色の瞳には兄と同様、嗜虐心が宿って見えた。ミルファの前でだけ、兄妹はこうなるのだ。

「ああ恥ずかしい。こんなみっともないのが兄だなんて」
「……モリア、伯爵家の嫡男と婚約したんだって? おめでとう」

 何を言われても気にしないぞ、とみずからに言い聞かせ、ミルファはモリアに向かって言祝ことほいだ。てっきり一緒に来ているものと思ったが、きょろきょろと左右を見渡してみるも当の婚約者は見当たらない。

 そんなミルファの様子を見て、モリアはニィッと赤く染めた唇の両端を上げる。タナトスが呆れた表情で口を開いた。

「お前は……本当に、馬鹿なんだな。ベータでもそこまで頭の鈍い奴はなかなかいないよ。はぁ……」
「あはは! お兄様、本当にミルファは気づいていないの?」

 馬鹿にされていることは分かるものの、ふたりが何のことを話しているのかわからない。思わず疑問を顔に出すと、モリアは嬉しそうに情報を寄越す。

「わたくし、ルシアーノ様と婚約が決まりそうなの」
「……え?」
「とんだ阿呆面だな。何も聞いてないのか?」
「だって、ルシアーノって……そこの? 彼は僕の伴侶だ」

 モリアの発した予想外の名前に、戸惑いで声が震えた。少し離れた場所で人に囲まれているルシアーノを見遣り、同じ名前の別の人かと思う。

「伴侶になれたと思っている愚か者め。婚姻は受理されていないことも知らなかったのか? 彼はいま、独身だ。お前もな」
「そんな……そんなことあり得ない!」
「あはははは! 自慢げに見せびらかして、実は他人だなんて滑稽すぎるわ!」
「知らされていないなら、あいつはお前を騙す方を選んだってことだ。まだ誰にも言うなよ。彼は手続きに奔走しているらしい。正式に妹と婚約するまでは、余計な噂を立てたくないんだ」
「……うそだ」
「自分で調べてみたら? ミルファが事実に気づくのが早いか、捨てられるのが早いか、見ものね」

 なおも楽しげに兄と妹が話し、ミルファを嗤っている。耳から入ってくる情報に、脳が拒絶反応を示す。
 
(彼らは何を言ってるんだ? 分からないのは、僕が馬鹿で愚かだからなのか?)

 ルシアーノに自分を卑下するなと言われたことも忘れて、家族の評価がミルファの身体に染み込んでくる。ぽつんと突っ立ったまま、ここにいるのが途轍もなく恥ずかしいことのように感じた。

 彼らいわく、ミルファとルシアーノはいまだに他人だという。教会で宣誓書にサインしたのに、婚姻が認められていないなんて考えもしなかった。なにか不備があったのなら、連絡くらい来るはずだ。

 どうして? もし婚姻が結ばれていないなら、ルシアーノは情報を偽ったということ?
 
 モリアはルシアーノと結婚すると言った。幸せなミルファへの嫌がらせ? でも、彼女だって伯爵家と婚約が決まっていたはずだ。

 クィリナーレ子爵家が上位の伯爵家と婚約解消までするのなら、ルシアーノと結婚することにそれだけのメリットがあるからだ。……金か? 侯爵家の財産はたとえ四分の一であっても、莫大なものになるに違いない。
 
 ミルファは何も知らされていない。すべて嘘だと言い返したいのに、ここまで自信ありげに言われてしまうとこちらの気持ちが萎縮する。

 足元が抜けて、暗闇に落ちていく自分が見えた。目の前は暗く、シャンデリアの光もミルファには届かない。
 腹の奥に落とされた氷のような冷たさと、迫り上がってきた苦味を飲み下す。めまいと寒気がして、今すぐ帰って寝込んでしまいたい。
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