59 / 95
25-1.巡る星のように
天文台のこととか領主のこととか、聞きたかったことは全てスポンッと頭から抜け落ちる。ミルファはエトワへ来た一番の目的を、脈絡もなく尋ねてしまった。
「スッマさん、ルシアーノはここにいませんか?」
「っ!?」
部屋の奥にいたらしい女性が、キッチンで淹れた温かいお茶を持ってきてくれたところだった。受け取ったばかりのスッマはガチャン! とカップをひっくり返す。女性は驚いて、布巾を取りにキッチンへ走っていく。
テーブルにお茶が広がっていくのにも構わず、スッマはこちらを凝視していた。
「どうしてルシアーノのことを知っているんですか!?」
「僕は彼の夫……じゃなくて、家族? ……いや、元同居人? ……なんです。それで、ここに彼はいるんですか?」
「……は?? いや、いないが……」
ミルファの説明が下手すぎて申し訳ない。とはいえルシアーノはここにいないという。
がっくりと項垂れていると、女性はお茶が零れたテーブルを拭いてくれていた。驚かせてしまって申し訳ない、と言おうとしてミルファはあることに気づく。
女性はミルファよりも歳上だろうが、小柄で儚げな美人だった。なにより首元にネックガードをつけている。オメガ……だと思う。
オメガの中でも王都の貴族にはネックガードをつける習慣がないものの、平民や住む地域によってもその習慣は異なる。
アルファに項を噛まれると番契約は成立してしまうし、相手が望んでもいない相手だったら最悪の事態になる。だからオメガは、項を守るためにネックガードをつけるのだ。
ミルファの視線に気づいたのか、スッマは「君と同じだ」と呟いた。
「もう気づいていると思いますが、ここエトワの領主はオメガを無理やり拉致して監禁する非人道的な男です。さいきんは領民もオメガの子どもは隠すし、私たちも秘密裏に協力している。そうしてオメガが手に入らなくなったら、余計におかしくなってしまった。ミルファさんのように、外部から来た人にも手を出そうとしてしまう……」
スッマの話はミルファの想像を遥かに超えていた。
――現領主の父親である前領主は、異端だった星読みの一族を迫害した。しかし十年ほど前に代替わりすると、逆に天文台を建てて彼らを歓迎した。
現領主は天文学に理解があったわけではない。天文学が解禁されてから、研究には国から補助金が支給される。彼はそれを目的としていたのだ。
一度エトワに定住したからか、星読みの一族は生まれた地に戻りたい願いがあった。これからは天文台で好きなだけ研究していい、という甘言を信じ大半は戻ってきた。
無念のまま亡くなった家族を偲んでいたのかもしれない。狭い世界で生きているため、貴族の醜い部分など知らない純粋な人が多かったのもある。
だが彼らに与えられる研究費はごく僅かで、そのうちそれさえも貰えなくなってしまった。元々自給自足が身についていたからそれで死ぬことはなかったが、いつしか領主から逆に税金を納めるよう通達があって途方に暮れた。
町に住む人々の様子もよく見れば荒んでいる。彼らも領主が代替わりしてから、徴収される税がどんどん増えて苦しんでいた。オーロラという天然の観光資源があるおかげでぎりぎり生活できているが、豊かさとはほど遠い。
しかも、町にいたオメガが拐かされるという事件がたびたび起きていた。アルファやオメガはだいたい人口の一割ほどいるとされている。分布は貴族に多く、平民だとその半分ほどだろうか。
三百人ほどいる領民のうち六人のオメガが立て続けに姿を消し、彼らは注意深くなった。オメガが守られると、犯人はあからさまに隠れたオメガを探しはじめた。その行動で領主が犯人だと、彼らは知ったのだ。
家族のオメガを奪われた領民は嘆き悲しんだけれど、何もできない。領民にはもちろんアルファもいたが、王都から遠く離れた小さな町で領主の力はあまりにも大きい。
逆らうことはすなわち死を意味する。領民たちは学者たちと密かに協力し、オメガを隠すことだけに全力を尽くした。
天文台は学者の補佐としてオメガを受け入れ、昼間はほとんど外に出ない生活を送っている。幸いにも領主はオーロラに全く興味を示さないため、寒い夜に出てこない。
天文学の研究は夜に本領を発揮する。オメガたちはあえて昼夜逆転の生活を選び、そこそこ平和に暮らすことができた。
オメガ誘拐の被害はなくなったが、年々領主の圧政はひどくなる一方だ。どうにかして現状を誰か権力のある、かつ味方になってくれそうな人に伝えたい。
しかし領民は疑心暗鬼になって、この町に訪れる人たちを観察していてもなかなか行動に移せないのが現状だった。
「今度、国王夫妻が外遊の帰りにおいでになるでしょう。そのとき、王宮の官吏に伝えたいと思っているんです。領主の悪政と、我らの現状を」
「スッマさん、その前に僕が伝えます! こんなでも、一応文官なので……」
「いいんですか!?」
「はい。僕の局は外遊にも関わっているし、必ず上まで声を届けられます。国王様夫妻がいらっしゃるのに、領主の情報はどんなものでも先んじて得ておいた方がいい」
国王夫妻はアルファだし、領主も後ろ暗いところを見せることはないだろう。だが下手したらエトワへの訪問は取りやめになるかもしれない。
そういえば最後に会ったとき、フェブルウス長官もエトワについて何か言いかけていた。下見が行われた際に、すでに何か分かっていた可能性もある。
(くぅ……休んでた期間が長すぎるんだよぉ……っ)
あなたにおすすめの小説
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21)
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
胎児の頃から執着されていたらしい
夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。
◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。
◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。