朔の向こう側へ

星のお米のおたんこなす

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アイウス編

八本目『悪童と呼ばれる者』

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スープデクスターく~ん!! どこだ~い!? 野菜スープデクスターく~ん!!」

 セオドシアは私欲ダダ漏れの大声を、人の気配の消えた砦の中に響き渡らせる。

「う~ん、さっきの兵士で全部だったのか……さっきみたいに面倒なのはごめんだが、これじゃあつまんないなぁ~……」

 溜息を吐きながら不機嫌そうに砦の中を歩いていると、一つの扉を見つける。

「おやおや? クンクン、この匂いはぁ~? 愛しの野菜スープはここかなぁ~!?」

 セオドシアは己の直感に従い、その扉を蹴破って中へと入る。
 しかし、そこには囚われのデクスターは居らず、代わりに只々殺風景な部屋だけがあった。

「ウエ~ッ……何だい? このサイコロの中に退屈を押し込んだ様な部屋はぁ~? ……いや、ほんとに何だここ? 兵士の部屋にしちゃ狭すぎるし……」

 部屋には、ベッドや衣服を入れる為のタンス等、生活の為に必要最低限のものだけしか無く、この部屋の利用者の人柄がまるで読み取れない──
 特徴が無い──と言えてしまうこの部屋が、この砦の中に於いては異質極まりなかった。

「考えられる予想としちゃ、あのそばかすの為だけの子供部屋って所かねぇ? しかし何でまたそんな特別待遇を受けられるんだ? 子供の癖に生意気だな、やっぱ残って大人の力を……ん?」

 その時、セオドシアはテーブルの上に置かれた写真立てが目に入る。
 そこに写っていたのはまだ産まれて間もないといった年齢での赤子と、それを抱いて立つ母親らしき女性とのツーショット写真だった。

「さっきの子供か───成程ねぇ? 見つけた時の楽しみが増えたな」

 そんな楽しい予感に期待を寄せ、セオドシアはその部屋を後にするのだった。

 ◆◆◆

 その頃、一人リゲルの相手をする為残ったパジェットは、憤怒のままリゲルに向かって拳を飛ばし続け、当たらぬ現状に苛立ちを更に募らせていた。

「チィッ……ボクの相手はこんな軽業師ばかりだな……!!」
「アハハッ!! イライラしてどうしたぁ~? あっ、そっか、カルシウム不足だろ? だから背も低いんだろう? なぁ?」

 挑発してくるリゲルに対し、パジェットは血管が千切れんばかりの怒りに任せて怒鳴りつける。

「うるさい!! カルシウムが身長や苛立ちに関係すると言うのは俗説だ!! ボクはそんなものに振り回されない!! 第一、ボクはそんなの!! 全然気にしてないッ!!」

 どう考えたって気にしてないと出ない声量で叫びながら、パジェットは拳を振るう。が、その一撃は空を切り、リゲルは逆にパジェットの背中を小馬鹿にしてやる様に蹴飛ばした。

「ぐっ!?」
「おいおい、全然当たんねぇなぁ、しかもアンタ、段々とバテて来てやしないかい?」

 リゲルの言う通り、パジェットの息は上がり始め、嫌な汗をかき、動きには段々と精彩さを欠き初めていた。

(駄目だ、冷静になるんだパジェット……このままでは相手の思うツボだぞ……)

 第三級の聖骸布で出来た修道服によって目に見えた怪我こそは無いが、その衝撃自体は確実にパジェットに伝わり、真綿で首を絞める様に、じわりじわりとその体力を奪っていた。

(このままではジリ貧だ……霊力を使うが、茨で短期決戦に持ち込むしか……ない!!)

 パジェットは右手のひらから第一級聖遺物である赤黒い茨を出現させ、リゲルに向かって伸ばすと、その首に巻き付き、捕縛する事に成功する。

「これはッ!? 俺達と似た様な能力だったのか……!!」
「やっと捕まえたぞ……子供にやるのは少し気が引けるが、このまま茨で首を絞めあげ、再起不能になって貰う!!」

 そう言って、茨を引っ張ろうと力を込めた時だった、リゲルの口角がしてやったりと言う様にニヤリと上がる。

「だから言ったろ? 甘ぇってさ」

 瞬間、力を込めようとしたパジェットの右手に向かって蜘蛛糸が絡みつき、パジェットの動きを止める。

「しまっ!? だがこの程度簡単に引き千切って───」

 そう思って拳に力を込めようとするが、その意思とは真逆に、波が引くように力が抜け、だらんと腕が垂れ下がり上げる事も叶わなくなる。

「なん──だ、これは──」
「『巣』の中だ、知らねぇか? 蜘蛛は網にかかった獲物を弱らせてから食うんだよ」

 リゲルはそう言いながら首に巻き付いた茨に手を掛けると、触れた所からグズグズと音を立てて腐り落ちていく。

(糸を伝ってボクの霊力を奪っているのか……!? 茨を維持出来ない……!!)

 蜘蛛糸は右腕以外の可動できる全てに飛び付き、遂には立てなくなるまでその精力を奪い去る。

「二人目確保~。なんだか聞いてたよりも簡単だなぁ~」
「ぐっ!? デクスターも……お前が……?」
「ん? まぁな~。しかし、母さんもアンタ達も、何で必死になってアイツを奪い合ってんのかねぇ?」

 そう言って、リゲルはデクスターの父の形見である金貨を取り出し、舌の上に乗せ、侮蔑を込めた笑いを爆発させる。

「俺から言わせりゃ、ただの世間知らずの無知なガキだなありゃあ!! 月住人一匹倒したと聞いたが、かなりお膳立てされてたんだろぉ? みっともねぇったらありゃあしな───「黙れ」」

 勝ち誇り、心身共に優位に立っていた筈のリゲルは、その一言によって笑みを奪われ、裸の肌に藪蚊が群がる様なプレッシャーに襲われる。

「それ以上───彼を馬鹿にする事は、このボクが許さん───しかし、感謝もしよう。驚きだが……怒りで頭が冷える事もあるんだな」
「──へへっ、アンタ退魔師って聞いてたんだが……その目、そりゃ退治される側の目だぜ……」

 そんな軽口を叩いてみせるが、リゲルの本能による警告音は依然止む事無く鳴り続けていた。弱り果て、死を待つしか無い獲物に喰らいつこうと近付いた所で突然動き出し、脚でも掴まれた様な感覚。そんな恐怖と嫌悪の感覚を、リゲルは早急に振り払いたくて堪らなかった。

「───クソッ!! まだだ、もっと吸い取れお前達!! 口の聞けなくなるまでそいつを弱らせるんだ!!」
「フッ……そうまでしなければボクに近付けもしないか、臆病者め……いいだろう、そんなに喰らいたければ喰らうがいい……ただし……『腹痛』を起こしても知らんがなっ!!」

 次の瞬間、小蜘蛛達が次々に踠き苦しみ始めると、身体を突き破りながら茨が生え、糸も蜘蛛の絶命と共に断ち切られていく。

「なっ!? 俺の兄弟達が……!? 貴様ッ……何をしたッ!?」
「ボクの茨は霊力によって作られた『種』に、込められただけのエネルギーの規模で茨を生み、操る能力でな。お前の兄弟の糸をパイプ代わりに種を流し、体内で発芽させた……初めてやったんだが、やれやれ……上手くいって良かった良かったと言う所か……」

 そう言いながら、自由の身になったパジェットは立ち上がり、朔の空に向かって思い切り背伸びをする。

「なっ……え? 立てない筈じゃ……」
「フンッ、あんなもの、精神力を消費しない様にする為に倒れたに決まっているだろう? ───『甘ぇよ』」

 リゲルの言葉を借りてそう言うと、セオドシアはふう、と息を吐きながら、動作確認の様に指の関節をゴキゴキといった厳つい音を鳴らす。
 その音に合わせ、リゲルの瞳は明らかな恐怖の色で染められていく。
 最早パジェットにとって彼は、巣を無くし、地を這うだけの虫ケラ程の存在でしかなかった。

「おいおい、そんな目で見るなよ。安心しろ、ボクはセオドシアと違って必要以上に君を痛め付けたりはしない……君みたいなのを、ボクの住んでた所じゃ、バラガキなんて呼ぶのだが、そう言う時の懲らしめ方はいつだって──」

 パジェットは手の甲に筋が浮き出る程強く握り締め、拳骨を作ると、気合を込める様に息を吹きかけ、自身の首の横にまでその拳骨を持ってくる。

「や、やめ───!!」
「───喝ッ!!」

 リゲルの頭頂部目掛けて放たれたソレは、着弾地点の毛髪を消し飛ばし、直径三センチに及ぶ内出血を引き起こすと、漫画的表現でしか見ない様なたんこぶを作り出す。そして、リゲルはビリビリと全身が揺れる程の衝撃を受けると、ぐわりと景色が暗転し、その意識を手放した。

「優しく拳骨一発で許してやるもんさ。さぁ、これに懲りたらもう悪さなんて……あれ? おい、何で倒れて……あっ」

 ───やり過ぎた。そう心の中で一人反省するパジェットなのだった。
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