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1 ある日起きたら虎だった
しおりを挟む私、クラーク公爵家の令嬢シエナ。
ある日、気が付いたら、虎の姿で競りにかけられていたの。
「ガオ~(なんてことですの)! ガウ、ガオォ~(一体、どういう状況ですの)⁉」
薄暗い会場の様子を、夜目の利く虎の私は、つぶさに観察する。
熱気に満ちた広いオークション会場には、仮面をつけた紳士淑女が集っており、番号札(ナンバーパドル)を上げては、思い思いに金額を提示している。
会場のステージの中央、檻の中に囚われている虎の私に、会場中の視線が集まっている。
虎の私の耳がぴくぴく動く。
「あの美しさは見世物にもってこいだな」
「あれほどの虎をペットにできれば、皆に自慢できるわ」
「惚れ惚れする虎柄だ。あれは応接室に合うぞ」
些細な声音まで拾ってしまうわ。
このままでは訳のわからない人間に買われてしまう。もしかしたら、剥製とか毛皮とか絨毯とかにされてしまうかもしれないわ。高位貴族の嗜みってどこかで聞いたことあるもの!
「ガオォ~(こわい)‼」
雄叫びを上げた私に、近くにいた係員が恐れ慄く。
なによ! 私の方が万倍、怖がってるんだからね!
……一体、なんでこんなことになってしまったのかしら?
私は、今朝の出来事を思い出していた。
********************
あれは今朝のこと、自室で目を覚ますと、なぜか虎になっていたの。
「ガオー(なんてこと)! ガウガウ……(どうしましょう……)」
姿見に映る私の姿は、紛うことなき気高き虎。黄褐色の体に黒い横縞、黄色の瞳。狩りに適した、しなやかな肢体と長い爪を持った、美しい猫科の猛獣だ。
茫然自失となり、天蓋付きのベッドの上で固まっていると、専属侍女のミラが部屋に入ってきた。
「ぎゃ~~~~!!お、お、お嬢様の部屋に、虎が~~~!!」
絶叫を上げるミラが、躓きながらも必死で床を這って、部屋から逃げ出す。
「ガウゥゥ……(困ったことになったわね……)」
ここで逃げても、すぐに捕まるに違いない。
間もなく公爵家専属の騎士団が動員されるだろうし、最高級住宅エリアを警護する王宮警備隊も応援に現れるだろう。
私はといえば、まだ虎の体の扱いに慣れていないし、そもそも、人へ下手に危害を加えたくもない。
それならば、無駄に逃げるよりは、なんとか実情を訴えた方が、助かる見込みがあるのではないか。
私は、大きな前肢を口元にあてて思案する。
それにしても、いきなり虎に姿が変わっているだなんて――
――思い当たることとしたら一つしかないわ。
絶対、あの馬鹿王子の仕業だわ!
というのも昨日、卒業式の場で、婚約者でもある第一王子から、婚約破棄の上、王都追放を言い渡されてしまったのだ。
理由としては、とある平民の女生徒を苛めていたからだと言っていたが、証拠もないので、物の見事に論破してやれば、王子ったら悔しそうに唇を噛んで、震えていたわね。自分が浮気していただけのくせに。陛下にも叱責されたようだし。
……そのことで、きっと逆恨みされたのだわ。
卒業式終了後、事情聴取のために王城へ呼ばれた際、通りすがりに、王宮の裏庭で、第一王子と、黒いローブを羽織った魔術師らしき者が、こそこそ話しているのを見かけた。
その時、私と目が合った第一王子がニヤリと厭らしく笑っていたのだけど、きっとこの事態のことを示唆していたのだわ。
私の野生動物としての勘が告げているわ。
別に野生ではないけど。
犯人は王子で、間違いない!
そもそも、私と第一王子は婚約関係にありながらも、出会った当初から仲が良くなかった。
元々不出来な王子のために、しっかりした嫁と婿入り先をつけてあげたいという、陛下の親心から組まれた縁組だった。
しかし昨今では、王家ですら自由恋愛が認められるご時世だったので、第一王子は、押し付けられた婚約がそれはもう気に食わない様子だった。
何より、生真面目な私と、軽佻≪けいちょう≫な第一王子では、相性が悪かった。
互いに歩み寄る努力をすれば別だったのだろう。
しかし、私側の歩み寄りは逆効果だったようで、昨日など言うに事欠いて「小言ばかりでお前は全く可愛げがない! そんなだから、お前は学内の男子に、結婚するのはちょっと遠慮したい肉食系令嬢と言われてしまうんだ!」なんて仰られたの!
何よ、肉食系令嬢って! 怖いってこと⁉
私が好きで小言を言ってると思ってるの!
そもそも小言を言われるような真似をしなければいいのよ! 授業の課題を人にやらせないで自分でやれ! しかも次期公爵家領主としての勉強を全部私に任せるな! 公爵家に入っても、何もしない気満々でしょう⁉
あら、口調が悪くなってきてしまったわね、おほほほほ。
とにかく、短絡的に公爵令嬢である私に危害を及ぼそうとするやつなんて、第一王子くらいだと思うの。
犯人としてとっ捕まえたら、自慢の爪で切り裂いてやるんだから!
そういう経緯で、王都の最高級住宅街の一等地にある公爵邸では、突如、虎になった私の大捕り物がはじまり、ボディランゲージで現状を訴える間もなく、魔法銃で麻酔薬を打たれ、今に至るというわけだ。
昨日あんなことがあったばかりなのに、今朝は虎に姿を変えられて、オークションにかけられているだなんて、私の人生踏んだり蹴ったりだわね。
世界広しといえど、虎に変えられた公爵令嬢なんて私くらいでしょうね。いえ、もしかしたら探せば一人か二人はいるかもしれないわ。
尻尾をぺしぺし檻にうちつけて、中を練り歩きながら、オークションの進行を眺める。
私の競りは順調に進んでいるようだった。
オークショニアが声を張り上げる。
「8万ゴールドが出ました! これより上の方はいらっしゃいませんか?」
8万ゴールドですって⁉
番号札を上げたヒキガエルのような図体をした男が、ニヤニヤと私を眺めまわしている。
「ガウ~~~~~(あいつ、愛人に虎の毛皮とか贈るタイプでしょ)‼」
「1000万ゴールドだ」
会場がシーンと静まり返った。
静かな会場に、もう一度、凛とした男の声が響く。
「聞こえなかったのか。1000万ゴールドだ。俺に無駄な時間を使わせるな」
カーンカーンカーンと、ガベルが勢いよく打ち付けられる。
オークショニアの声を遠くに聞きながら、私は唖然と、自分を落札した男性を見つめた。
会場の最上階にある豪奢な専用空間に、腕を組んで泰然と座る、金の仮面をつけた男。
声音からして若い。人を従わせるのに慣れた人間特有の、傲慢で高貴な雰囲気。
虎である私を囲った檻が舞台袖へと下がる。
「ガオォ~~~~~(私、人間なんですけど~)!」
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