『サイコー新聞部』シリーズ

Aoi

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Ⅲ. 光の方へ

episode9 御祭前夜

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 水曜日と木曜日は光の速さで過ぎて去っていった。チヒロ黒幕説が否定され、残るは、可能性の低い遠藤さん襲撃説と、宮田先輩告白説の二択に狭められた。もっとも、ただのいたずらという可能性もある。俺たちは比較的安心しながらこの二日間を過ごした。
 ところが金曜日、藤原先輩から最悪の連絡が来た。遠藤さんが今週末に帰ってくる予定だという情報が流れてきたのだ。第2多目的室は一気に緊張感に包まれた。
「これで、遠藤さん襲撃説の可能性が高まった。まさに、天国か地獄か、ね」
 天国か地獄か。宮田先輩が現れれば天国、遠藤さんが現れれば地獄だ。
「やっぱり、先生に相談すべきですよ。何かあってからじゃ遅いんですよ」
 語気を強めて迫る俺をヒマリさんがなだめる。
「心配し過ぎだって。ただのいたずらかもしれないでしょ? それに襲撃って言ったって、ちょっと文句を言いに来るだけかもしれないし」
 まだ納得のいかない俺を見て、安全志向のコーセーさんが珍しくヒマリさんの肩をもつ。
「それに、僕やアカネが見張ってるし、シオンだって側にいるだろう? なんとかなるさ」
「うーん、そうですかね……」
 コーセーさんにそう言われたらしかたがない。俺は釈然しゃくぜんとしまいまま、同調せざるを得なかった。

 放課後、生徒会は体育館に集まり、最後のリハーサルを行った。開会式と閉会式、そして劇の流れを確認する。文化祭がいよいよ始まるのだという緊迫感が肌を刺す。劇のラストシーンでいつも狼狽していた俺だったが、最後の練習の緊張感がヒマリさんへの意識を削いでくれたお陰で滞りなくリハーサルを終えることが出来た。これなら本番もうまくいきそうだ。
 ヒマリさんは満足そうな顔で帰りみち闊歩かっぽする。
「なんとか滞りなく出来そうでよかったよ。去年は藤原先輩たちがいたから、なんとかなったんだけど、今年は最上級生が私だけだし、ちょっと心配だったんだよね。ここまでうまくいってるのも、シオンたちのお陰だよ」
「いえいえ。僕たちがうまく動けているのは、ヒマリさんの主導のお陰ですよ。ヒマリさんが会長でよかったです」
 実際ヒマリさんの仕事ぶりは凄まじい。文化祭の規則の見直し、会場設営、スケジュール作成、物品注文、本番には会長挨拶や来賓らいひん対応までやる予定だ。こんだけ働いても疲れを微塵みじんも感じさせないのだから、まさにバイタリティーの塊のような人だ。それにしても、この小さな体の一体どこにそんな力があるのだろうか。
「そういえば、もう一つの手紙って結局なんだったんだろうね」
「『湯と夏至と』でしたっけ。俺、謎解きはからっきしダメで」
「私も頭でっかちだから無理。コーセーくんが対応するって言ってたけど、ただのいたずらだったのかな?」
 そんなことを話しながら歩いていると、突然ヒマリさんが足を止めた。俺も足を止め、振り向く。
「ねえ、シオン。この後って空いてる? ちょっと付き合ってほしいんだけど」
「いいですけど、何しに行くんですか?」
 ヒマリさんは俺を軽快に追い越して振り返った。
「お墓参り」

 白幡墓地はしんと静まり返っていた。前日の雨でぬかるんだ道を進み、「島崎真白」と書かれた墓の前にやってくる。花屋で買った白い百合の花を花瓶に刺し、線香を上げると、ヒマリさんは手を合わせ、静かに目を閉じた。俺も一緒に手を合わせる。
「ずいぶんと長かったね。なにかお願いしてたの?」
「うまくいきますように、ってお祈りしました」
 そう。文化祭も、告白も。ヒマリさんが無事に文化祭を乗り切り、そして彼女に告白する。これが今の俺が一番願うことだ。
「ヒマリさんはどんなことを考えてたんですか?」
「私はただの報告。お姉ちゃんが暇しないように、定期的に話題を持ってくるの」
 そう言って、ヒマリさんは今まで報告してきたあれこれを振り返った。
「サイコー新聞部に入ってから、色んなことがあったなぁ。私が入部した時はまだ二人は付き合ってなくて、アカネちゃんにコーセーくんの話題を持ちかけると、いつも顔を真っ赤にしてた。かわいかったなぁ。今じゃ熟年夫婦みたいな二人だけどね」
 あのアカネさんにも恋する乙女の時期があったのか。普段の軽薄そうな感じからはまるで想像が出来ない。
「二人が付き合った後、みんなで大阪にも行ったなぁ。あの旅行では、特にコーセーくんとの距離が縮まった気がする。アカネちゃんが恋する乙女なら、コーセーくんも恋する青年だったんだよね。それを知って、一気に親近感が湧いて。部活の先輩から、仲のいいお兄ちゃんに格上げされた感じ」
「たしかに、お二人って本当の兄妹みたいですよね。一緒にお風呂に入ってても驚きませんよ」
「実際、事故で一緒に入っちゃったしね」
「え!?」
「まあ、原因は私なんだけど……」
 もしかして、ヒマリさんの貞操観念ていそうかんねんが妙に緩いのはそのせいなのか。前に、ヒマリさんとコーセーくんは平気でペットボトルを回し飲みしているのを見たときは唖然あぜんとしたが、たしかに混浴に比べたらかわいいものだ。
「夏休みが明けたら、私はいつの間にか生徒会長になっていた。それから無我夢中で業務をこなしているうちに、あっという間に2年生になっちゃって。そして、シオンたちが生徒会に入ってきた」
 ヒマリさんは自販機で買ったオレンジジュースを飲んだ。ぷは、と一つ息を吐くと、話を再開させる。
「実はね、シオンたちに初めて会った時、めちゃくちゃ緊張してたの」
「え!? そうなんですか!? 全然そんな風には見えませんでしたけど」
「見栄を張るのだけは昔からうまいの。だから、生徒会長らしく振る舞うのはそんなに苦じゃなかった。だけど、素を出すのは下手っぴで。だから、シオンがサイコー新聞部に入部するって言った時、内心パニックになってたの。『化けの皮が剥がれちゃう』って」
「たしかに、化けの皮は剥がれましたね」
 俺は思わず苦笑いする。初めて第2多目的室に来たとき、ヒマリさんはトランプ片手に不貞腐ふてくされていた。それを見てアカネさんがケラケラと笑い、コーセーさんが子どもをあやすみたいにヒマリさんの頭をでている。普段の凛とした姿はそこにはなく、お兄さんお姉さんに囲まれた甘えたな末っ子の姿があった。
「でも、だらしないヒマリさんのほうが俺は好きですよ」
 俺が少しギザなことを言ってみると、ヒマリさんはニコッと笑って応える。
「そう言ってくれるから、シオンの前でも自由気ままに振る舞えるんだよ。最初の頃は、まだシオンに嫌われるのが怖くって、ああいう姿を見せるのは裸を見せるより恥ずかしかったの」
 そういえば、いつかの頃、アカネさんの膝の上に座っているところを俺に発見されて、顔を真っ赤にして言い訳してたっけ。昔の思い出を振り返っているち、ヒマリさんが満面の笑みでペットボトルを差し出す。
「シオンがサイコー新聞部に来てくれて、本当によかった。お陰で毎日が楽しい。そして、きっと明日も楽しいはず。ね?」
 俺は微笑ほほえうなずいた。劇は文化祭二日目。明日は俺たちにとってはねやすめの日だ。俺はペットボトルを受け取ると、出来るだけ間接キスを意識しないようにしながら、勢いよく残りのオレンジジュースを喉に流し込む。夜空には満天の星が輝き、満月に近い月が暖かく俺たちを照らしていた。





 
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