ネクサスと天井の星

うなぎ

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1章

ランドマーク

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北門の兵舎で事務的な処理を済ませた3人は、通行許可証を受け取りカペーナと別れた。
検閲の際に馬を没収されたポーターの足に合わせて、近くの街まで歩いて向かっていると、ポーターが急にソワソワし始めた。
「あれ、プリムス領の中も意外と暗いんですね。てっきり昼間みたいに明るい場所なのだと思ってました。」
「それだと眩しくて、寝れなくなりそうだ。」
「確かに、そうですが・・・・・・。それならどうやって魔物の発生を防いでいるのですか?今にも魔物が湧くんじゃないかと、僕は内心ヒヤヒヤしていますよ。」
「魔物が湧いても俺がいるから大丈夫だ。・・・・・・お前の質問の答えはあれだな。」
グラディウスが指差した方角にポーターが視線を向けると、空中にフワフワと光の玉が泳いでいるのが見えた。
「わー、綺麗ですね。何なんです?あの光の玉わ。アピトの子が使う樹術の類ですかね。」
「蛍だ。」
「へー、蛍って言うんですか。」
「・・・・・・。」
「あのー、もう少し詳細な説明をお願いできますか。」
「道端に綺麗な蝶がいたとしよう。蝶を知らないお前は、それが何なのか尋ねた。だから俺は蝶だと答えた。それなのに、お前はもう少し説明しろと言う。・・・・・・あと俺が言えるのは、アレが虫の仲間だってことくらいだぞ?」
「蝶が何かと聞かれたら、僕も答えに困りますね。なんとなくおっしゃりたいことは理解しました。ともかく、あの光る虫がいるからプリムス領は夜でも魔物が生まれないと。あの虫を売れば、稼げそうですね。」
「そういやあの虫、未開にもいたな。」
「えっ!?未開に、ですか?」
「ああ、俺たちはあれをランドマークって呼んでいた。あれが近くにいるってことは、汚染されていない神聖な場所が近くにあるってことだからな。一種の目印みてえなもんなのさ。」
「神聖な場所じゃないと生息できないなら、個人じゃ買えないのかもしれませんね。ううむ、調べてみないと。」
「お前さん、何か忘れてねぇか。」
「ああっ、もちろん!ネクサスさんのご依頼をこなした後に調べますからね!」
話をしながら歩き続けると、1時間ほどでキウィタスという大きな街に辿り着いた。
真っ先に3人が向かったのは宿だった。
旅の疲れはそれぞれだったが、3人とも腹は同じくらいに空いていた。
エポナを馬屋に預け、宿の中に入ると、3人は別々の部屋をとった。
そして、いったん部屋に荷物を置き、それから食堂で夕飯を一緒に食べることにした。
「流石、騎士様御用達のお店ですね。店の女の子がみんな可愛い!」
「確かに可愛い子は多いな。でも女の子目当てで選んだわけじゃないぞ?俺が楽しみにしてたはこの飯だ。口に合うか?ネクサス。」
「美味い!肉がやわらけ~。」
パクパクとステーキ肉を頬張るネクサスに、グラディウスはそうだろうと嬉しそうにほほ笑んだ。
「ドライブの子は性欲が強いという話ですが、グラディウスさんは随分と落ちつかれてますね。」
宿屋の食堂で女の子の尻を触る兵士を見ながら、ポーターが疑問を投げかけた。
ネクサスも横目でちらりと確認すると、女の子は嫌がっている振りをしているだけで、全く嫌がっていないことがわかった。
あんなこと、ドライブの子以外の男がやろうものなら、出禁になるに違いない。
「俺も昔はあんな感じだったぞ?精神を安定させる凪の恩寵を授かってから、ある程度性欲をコントロールできるようになったんだ。この恩寵、馬神クサントスの二人乗りの恩寵みたいに優先度が低い恩寵なんだよな。俺も未開に行かなければとってなかったよ。」
「ドライブの子は酒も好きだよな?それも凪の恩寵とやらで我慢してるのか?」
「それは、仕事中だから我慢してる。」
「ハハ、なら俺がお酌してやろう。無理やり飲まされたってことにすれば、誰かに咎められた時に言い訳にもできるだろう。」
「よし、その手でいこう!」
グラスを一つ給仕に持って来てもらうと、ボトルに入った酒をネクサスは注いだ。
ネクサスがチビチビやっていた度数の高い酒を、グラディウスは一気に飲み干していく。
「あー、美味い!やっぱコレがないと物足りないよな。」
「そうだな。それには俺も同感だ。ただ、なんだ・・・・・・仕事が終わるまで、乾杯はできねぇかな?」
「もしやるとするなら、10年ぶりの再会にって感じだな。」
グラディウスのグラスに再びネクサスが酒を注ぐと、グラディウスはネクサスのグラスに一方的に押し当てた。
「あのー、席を外しましょうか。積もる話もあるでしょうしー。」
2人の様子を見ていたポーターが居心地が悪そうにそんなことを言った。
顔が赤くなっているのは、酔いが回っているからであって、今のやり取りを恥ずかしく思ったわけではない。
「変な気はまわさんでいい。・・・・・・そういや、エピトの加護ってよ。金を対価に願いを叶えるんだよな?」
「なんだ、そりゃ。最強か?」
「そんな凄いもんじゃないれすよー。自分ができないことを頼もうとするとー、とんでもないことになっちゃいますからねー。」
「魔物を追い払うのに金を使ったと言ってたよな。実際どのくらい払ったんだ?」
「場所や倒す魔物の質にもよるんですが、狼の魔物を1匹倒すのにー、銀貨1枚もかかっちゃいました。傭兵さんの時給は安くても銀貨1枚なのれ、それに合わせてるんでしょうねー。」
「それで命が買えんなら良心的だな。」
「まぁ、そうですよね。」
「仮にの話なんだが、空の亀裂の原因を教えてもらうなら、いくら金がかかるんだ?」
「聞いてみますねー。・・・・・・金と商いの神エイドよ。汝の子が、祈り、奉る。」
「どうだ?」
「返事がありませんでした。きっと、いくら金を積んでも僕じゃどうしようもない事だったのかも。」
「そう簡単にはいかねえか。」
「ここで何かもわかったら面白かったのにな。エイドの子が4番目の次代国王候補者になれた可能性もあるんじゃないか。」
「ぐーぐー。」
「ポーターの奴、酔いが回ったみたいだな。俺らもお開きにするか。」
「そうだな。明日は何時に出発する?」
「日が登ったらすぐにでも。ポーターには置き手紙を置いておく。酒で依頼の内容を忘れてもらっても困るからな。」
食事を切り上げたグラディウスは、ひょいっとポーターを担ぐと、部屋まで運んで行った。
ネクサスは自室で手紙を書き、それをポーターの部屋の中の机に置いておいた。
再び自室に戻ったネクサスは、窓を開けて夜空を見上げた。
真っ暗で見上げがいのなかった空には、ガラスのように透明で光沢のある亀裂が走っていた。
しかしその亀裂の大きさには変化が無く、最初に見た時と変わっていないように感じた。

翌朝、グラディウスに起こされたネクサスは、すぐさま支度をして宿を出ることにした。
プリムス領を馬で南下し、昼食までに南門へ到着すると、2人は近くの飯屋で昼飯食べ、その足で更に海底神殿を管理するトラディティオ領を目指した。
2日目はトラディティオ領とプリムス領の中間にあるオルド領の宿に泊まることになった。
「騎士様、申し訳ありません。食材の購入がままならず、お食事はお出しすることができません。」
「問題ない。一部屋貸してくれ。」
「かしこまりました。」
何故一部屋しか取らないのかと、ネクサスはグラディウスに尋ねたりはしなかった。
プリムス領のような治安の良い場所ならまだしも、他の領土がそれほど安全ではないことは、身を持って知っていたからだ。
「すまない、お前の身を守るために1部屋にさせてもらった。なんだかこの町は、ピリピリしている気がする。」
「お前さんがいなかったら、俺は野宿していただろうな。」
「外の方が安全ってのも妙な話だ。」
「ハハ、違いない。」
ネクサスは自分の荷物を解くと、中からグランの実と果実酒を取り出し、グラディウスに手渡した。
「グランの実か。味もいいし栄養価も高いんだが、少量で腹が膨れるのが残念だ。食った気がしない。」
「何言ってんだ。少量ですむから長旅の保存食なんだろ。にしてもウェスタだけじゃなく、食料も品薄のようだな。悠長に商人に裏づけを取らせる必要もなかったか。ここの惨状を見れば対策を講じてくれるだろう。」
「なら、俺から陛下に連絡を入れておこう。美味いもんが食えないってのはつらいからな。王都の方角はあっちか。よっと!」
宿屋の窓から建物の屋根の上まで軽々と跳躍ジしたグラディウスは、拳ほどの大きさの石に言葉を吹き込み、王都に向かって全力で投げた。
「すげえな、ほんとに王都まで飛んでいきやがる。どんだけ馬鹿力なんだ。」
「あの石は俺の膂力を代償にして、目的地まで安全に運んでくれる樹具だ。俺の力だけじゃ、あんなことはできない。」
「お、おう。アピトの加護も大概だな。伝言の録音、目的地までの石の誘導、目的地前での減速機などなど。複数の機能を一つの物体で引き起こせるんだもんな。まるで魔法みたいだ。」
「魔法?」
「いや、なんでもない。こっちの話だ。」
「そうか?なら、明日も早いことだし、寝るとするか。」
そう言うやいなや、グラディウスはネクサスの前で服を脱ぎ始め、パンツ一枚の格好になってしまった。
予想していなかった不意打ちに、目を逸らすことができなかったネクサスは、気まずい雰囲気になるその前に、肉づきの良い男の体を凝視してしまった言い訳を考え始めた。
「おお、いい体してんな。ごちそうさん。」
ゲイだとばれている相手に言い訳なんてできるはずがない。
そう考え直したネクサスは、男らしく自分の行いを認めることにした。
「がっつり鍛えてるからな。気になるなら、ちょっと触ってみるか?」
「誰が触るか!さっさと寝ろ。」
「冗談だって、そんな怒るなよ。・・・・・・おやすみ、ネクサス。」
「ああ、おやすみ。」
2人が挨拶を交わすとすぐに、グラディウスから寝息が聞こえた。
大男にしては可愛いイビキだなと、グラディウスが呼吸をする音を聞いて思った。
恐らく明日にはペリプルスという港町に着くだろう。
そこにいるコンスル・トラディティオに海底神殿の状況を尋ねる。
明日が一つ目の山場だな。
そこまで考えたところで、ネクサスは深い眠りに包まれた。
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