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2:私生活
しおりを挟むその日、神見にがりは機嫌が悪かった。
天気は晴天。
空はびっくりするほど澄んでいる。
太陽は燦々と輝いて、風は涼やかに吹いていた。
バスは驚くほど空いていて、にがりは前方付近に並ぶ。
いつものように少し距離をあけて、他の女子生徒が並んだ。
いつもと違って、にがりの隣に佐東戛哉はいない。
普段は頼んでもいないのに、にがりのマンションまで迎えにくるのだが、今朝は来なかった。。
口にあめ玉をいれながら、にがりは思考する。
(生徒会とかなんとかってやつかなあ)
しかし一人が嫌い、というわけでもなく、むしろ好きな方なので、心配も不安も寂しさもなく――にがりはきわめて楽観的だった。
少しだけ変な感じはするが、しかしそんなことすらもどうでもいいくらいに、あめ玉は美味である。
バスの時間まで、あと五分。
最終の便だ。
それもそのはずで、にがりは佐東が起こしに来なかったおかげで、ギリギリに家を出ているわけである。
「……神見さん」
「?」
不意に、隣から声をかけられた。
聞き覚えのある声である。
そう、いつも佐東に話かけてくる声だ。
「えーと」
にがりの隣に、ツインテールの少女が立っていた。
「あめ玉さん」
「違うわよ」
じろり。
不機嫌な瞳が、にがりを睨み付けた。
仁王立ちして、にがりもツインテールの少女…雨宮を見つめ返す。
「雨宮奈津よ。……アンタ、戛哉くんどうしたの」
「は?」
ぽかんとした顔で、にがり。
その返答で、雨宮はまるで鬼のような形相になった。
ぐっと身体を曲げる。
「戛哉くんどこやったって、きいてんのよ!」
「おおっ」
ひゅん、と雨宮の平手打ちがにがりの頬めがけて放たれた。
が、空を切る。
にがりは少し後ろに下がって避けていた。
この行動に、周囲から悲鳴が上がる。
周囲は女子生徒がほとんどに、数名の男子生徒だ。
それと通勤途中のサラリーマン、OLたちまでもがその悲鳴で、こちらに視線を向けた。
「このっ」
そんな周囲に配慮することのない雨宮の攻撃は止まることなく、凄まじい勢いでひゅんひゅんと、平手打ちは空を切った。
さすがに避けきれなくなって、にがりはその場から跳躍して、反対側の広い踊り場へと着地する。
「いきなりなんだよう、あめ玉さん」
「だから雨宮よ!」
金切り声で叫ぶ雨宮の声は、どこか泣いているようにも聞こえた。
カツカツと、雨宮がにがりに歩み寄る。
わずかにできた人だかりが、輪になりかけていた。
(うーん、これ逃したらバスないんだけど……)
ちらりとみえるバスの電光掲示板。
ついでにバス乗り場にはちょうどバスが到着して、並んでいた生徒は蜘蛛の子を散らすようにバスへと流れ込んだ。
そんな様子をみて「うー」と唸りながら、にがりはひとまず視線を雨宮に移す。
今の今まで、雨宮が直接、にがりに絡んできたことはない。
だからこそ、にがりにはわけがわからなかった。
にがりには、こうなった理由が思い当たらない。
「あのさあ、一体何の用なのかなあ」
口をもごもごしながら、にがり。
こうなってくると、美味なあめ玉もおいしく感じられない。
「戛哉くん! 今朝から行方不明なのよ!? アンタ、いっつも一緒にいるじゃない! なんか、知ってるんでしょ!」
「うー、金切り声うるさいよー」
怒鳴り散らす雨宮の声に、にがりは耳を押さえてうるさいということをアピールした。
確かにその声が、ターミナル全体に響いている。
もう少ししたら警備員だって駆けつけそうだ。
「砂糖くんのことなんて、ボク知らないよー。向こうが勝手にボクの隣にいるだけだしさあ」
「……っ!!」
「あら……」
どうやら火に油を注いだらしい。
雨宮の顔が、一層恐ろしくなった。
(あう、どうしようかなあ……)
悩んでいるうちに、バスは発車時刻になったらしい。
ブルルルル……と低い轟音を立てて、バスはそそくさと姿を消していった。
さて、本当にどうしたものか。
華奢な雨宮の身体にボディブローを打ち込んで気絶させるのは容易なことだが、それはおそらく、この取り巻く野次馬が許さないだろうし、できればにがりだってしたくない。
いくら野次馬が許しても、その背後でこちらの様子をうかがっている、警備員には取り押さえられる可能性があるのだ。
それはそれで、めんどくさい。
「はいそこのお前ら、どけどけ。警察だ」
「!」
「おっ」
実にちょうどいいタイミングで、救世主が登場した。
野次馬の中から、コートを羽織った男が二人、歩いてくる。
一人の手には、警察手帳。
それをみた野次馬たちがそそくさと解散して、バスの中へと消えていく。
遠巻きにいた警備員も、ほっとしたようにどこかへ消えていく。
雨宮は青い顔をしたが、にがりは対照的だった。
顔色がぱああっと明るくなる。
びょんとジャンプして、その男たちのところへ向かう。
「よぉにがり。お前、まあたやりやがったな」
黒髪に、灰色の瞳。無精髭。
まさしく刑事という顔をした男が、にがりに笑いかけた。
雨宮の真横を凄まじい速度で通り過ぎて、にがりは男へ走り寄った。
「大輔ぇーっ!」
ぼすっ。
ちょうどよく屈んだ男の胸に、迷うことなく、にがりは飛び込んだ。
男の厳しそうな顔も、やんわりと緩む。
傍らで警察手帳を掲げていた、刑事にしてはありえない金髪の男は、対照的に顔を歪めた。
葬儀大輔。
にがりの叔父、そのひとである。
「ちょっと、葬儀。どういうことだこれ」
その声で少し表情を戻した男は、やんわりにがりを引きはがして、金髪の男にむき直させた。
にがりも抵抗することなく、金髪の男を見上げる。
「ん? ああ、初めてだったか。紹介する。姪っ子の神見にがりだ。にがり、こいつはスズキだ」
「よろしくう、スズキくん」
自慢げに紹介した男の顔はやはりゆるみ、にがりもシアワセそうにぺこりと頭を下げた。
スズキとよばれた男は怪訝な顔をしながら頭を下げる。
その間、雨宮は警察がきたショックからいまだに抜けられずに呆然と立ち尽くしていた。
顔を上げ、にがりを見下ろすスズキが一言。
「……葬儀、こいつ、小学生じゃないのかよ」
「んふ」
どごっ。
にがりの右ストレートが、スズキの脇腹に真っ直ぐ入った。
本当に唐突な不意打ちで避けられなかったためと、思ったよりも強力なパンチだったためか、スズキの身体が曲がる。
少しの間ふるふると震えていたスズキだったが、やがてギロリと鋭い眼光をにがりへ向けた。
「テメェこのくそがき!!」
ぶんっとスズキの筋肉質な腕が動いた。
くるりと回転したにがりの真横の床に、ヒビが入る。
「スズキくんがボクに対してひどいこと言うからでしょー」
余裕綽々といった表情で、にがりは笑った。
「んだとこら……、喰うぞ小動物め」
「やれるもんならやってみろー」
そんなじゃれあう様子をみて、雨宮はハッと我に返った。
(一体、なにがどうなってんの……?)
確か自分は、にがりに佐東の情報を聞きだそうとしたはず、と記憶を振り返る。
野次馬も乗客もほぼいなくなったターミナルの中、ひとりぼっちになったような錯覚に陥った。
呆然と、立ち尽くす。
にがりはもはや雨宮など気にしておらず、スズキとのとっくみあいを楽しんでいるようだったし、スズキは雨宮の存在自体を気にしていない。
そんな雨宮を見かねて、同じく二人に置き去りにされた男が、雨宮に歩み寄った。
「……何よアンタ」
じろり、と雨宮は男をにらみ付けた。
あのにがりが走っていくのだから、親か、はたまた兄弟か。
何にしろロクなやつではないだろう、と推測する。
「おやおや、これは失敬。そう構えずともいいよ、お嬢さん。俺はただの警視総監で、葬儀大輔ってもんだ」
「け、警視総監……!?」
雨宮は言葉を失った。
警視総監といえば、警察のトップだ。
その男が、そんな男が、今。
普通の女子高生である雨宮の前に、立っている。
そのへんの刑事にもみえる大輔の顔立ちは、警察庁のトップとは思えないほど整っていて、にわかには信じがたいが、鋭い眼光は刑事そのものだ。
「だから構えず、畏まるなって」
「な、なんでこんなとこに……」
雨宮は思わず舌打ちをした。
話を冷静に思い出す限り、にがりの叔父であることは間違いない。
ともなれば、相手が極悪非道の不良であれとも、自分の劣勢は確実だ。
なんてこと……。
ロクなやつではなさそうだが、警視総監に太刀打ちできるほど、雨宮には権力も武力も交渉力もない。
「偶然、っつーのはナシだな。全て必然だ。ちょいとにがりに用があってな、こんなとこまで迎えにきたのさ」
「くっ……」
「ああ、気にすんなお嬢さん。別に傷害事件でお前さんを引っ張ろうってことじゃないから」
「………」
ぽんぽん、と雨宮の肩を叩いて大輔は笑った。
その視線はぶれることなくにがりへと向けられている。
にがりはスズキといまだとっくみあいを続けていた。
端から見れば、一瞬ただのじゃれ合いにもみえるがその実、内容は全く違う。
にがりの一撃は少女の華奢な腕から放たれたものとは思えないほど重いし、スズキも獣じみた表情で襲いかかっていた。
床にはおそらくどちらかが避けたせいで、どちらかの拳が当たったのだろう。
いくつかヒビが入っている。
いわゆる、本気の殺し合い――ともいうべきか。
にがりだけは、楽しんでいるようだったが。
「おいおいお前ら、そのへんにしとけよ。器物損壊で訴えられちゃかなわん」
見かねて、このあたりが潮時だろう、と大輔が二人を引き離した。
「葬儀、俺は今捕食中……!」
「大輔ぇ、今、いいとこだったのにい」
眉をつり上げるスズキに、眉を下げるにがり。
対照的な表情だったが、どこか息がぴったりだった。
「続きはまた今度にしろ」
そんな二人に苦笑いを浮かべながら、大輔は煙草を口にくわえた。
警察のトップであるとはいえ、健康に悪いとはいえ、大輔は昔からのヘビースモーカーである。
ポケットから、お気に入りのライターを取り出す。
「……大輔? ここ、禁煙だよ」
そう忠告するにがりの視線を追っていくと、禁煙のマークが表示されていた。
遠くに喫煙コーナーがみえる。
「え、マジか」
慌てて取り出したばかりのライターをポケットにしまって、くわえた煙草もしまった。
(まさかにがりに注意されるとは……)
苦笑を浮かべる大輔。
そんな大輔を怪訝な顔で、雨宮はみつめている。
「ていうかどうしたの大輔」
大輔の腰あたりに巻き付いて、にがりは顔を見上げた。
そんなにがりの頭を大輔はわしゃわしゃと撫でて、スズキに目で何かを指示をする。
コクリと頷いたスズキは、カツカツと何処かへ歩いていった。
そんなスズキを小首を傾げながら、にがりはとりあえず目で追う。
「それは、あとで説明してやっから。とりあえずアイツのあと、続いていってくれ。車があるはずだから、乗ってろ。俺もすぐいく」
「うん、わかった」
びっくりするほど素直に頷いたにがりは、大輔から離れ、てこてことスズキの後を追いかけていった。
後ろ姿を見送ってから、大輔は一人立ち尽くす雨宮に向き直った。
「そうだお嬢さん。アンタも乗ってくか? バスはもうねえだろ」
「え? ……あっ」
大輔にいわれて、ようやく気がついたらしい。
雨宮は今更ながらにバス乗り場を振り返った。
しかし当然ながら、そこにバスはない。
「安心しな。警察車両で動いてないんだ。ただのリムジンだからよ」
リムジンにただのリムジンもくそもねえよ。
「ねえ、スズキくん。スズキくんってば」
「…………」
足早に歩くスズキの後ろを、にがりが追いかけていた。
背丈も歩幅もまるで違うわけで、にがりの方は早歩きを通り越し、軽いジョギングになっている。
「ねーええ、スズキくんってば」
「……なんだよ」
ぐい、とのぞき込んでくるにがりに耐えかねて、スズキはため息をついて口を開いた。
ギロリとにがりを睨み付ける。
どうやら先程のとっくみあいで、本当に腹が立っていたようだった。
ちなみににがりの方は、言うまでもなくお遊びの一環である。
「スズキくんて大輔の部下なのかな? っていうか、どうみたって警察にはみえないんだけど」
首を傾げながら、にがり。
どうやら彼女には佐東を心配する気持ちはないようだ。
スズキに興味津々である。
「あー……。まあとりあえずな。とりあえずだ。俺の上司が、アイツの下で動けっていうから」
「ふうん。でも警察にみえないー。チンピラって感じがする」
口に入っていたあめ玉を舐め終わったらしく、にがりはポケットから再びあめ玉を取り出した。
放り込んでから、ころころと転がす。
「お前も小学生って感じがするな。中学生にはみえねーよ」
けっ、と吐き捨てるようにスズキが呟いた。
「! あのね! ボク、高校生! 来宮高校一年! 十六歳!」
「はあ!?」
真面目に怒るにがりに、スズキは目を丸くした。
にわかには信じがたい、というような表情である。
しかし、その見解はきわめて一般的だ。
にがりはひどく怒っているようだったが。
めずらしく、頬をふくらませている。
「お前……マジで?」
「なんだよ! なんか、文句でもあるの!」
ふくれっ面を浮かべるにがりは、ますます子供っぽくみえてスズキはぶっと吹き出した。
「な、なんだよ! なんだよなんだよ!」
「いや、知り合いにもお前みたいなヤツいるから……ぷ、くくく……思い出し笑い」
「むー……」
他愛のないやりとりをしている間に、二人は地下鉄の改札があるところまで下りてきていた。
スズキは迷うことなく、『関係者以外立ち入り禁止』と書かれた扉を開けて入る。
にがりもそのまま続いた。
「……ねえ。いいの?」
「おう。車はちと特殊な場所に駐めてあるんだよ」
「ふうん」
その扉の後が、異様に複雑だった。
いくつもある曲がり角を右往左往。ついでに階段を上がったり下がったり。
とどめにいくつか鍵の掛かっている扉も開けたりして。
尋常ならざるセキュリティーに、にがりはなんとなく懐かしい気分になった。
ずっと昔、うんと小さい頃。
きたことが、みたことが、あるような。
「わあ……」
最後の扉を開けると、そこはしんと静まったコンクリートの駐車場につながっていた。
車は数えるほどしか駐まっていない。
リムジンは、一台である。
ついでにそこの前では、同じくコートを着た男が煙草をくわえていた。
まるでハリウッド映画のようだ。
スズキは迷うことなくその男へ歩いていく。
にがりも、それに続いた。
「……お。スズキはん、お帰りぃ」
歩いてくるスズキをみつけた男が、こちらに手をあげる。
頭にタオルのようなものを巻いた、爽やかな兄ちゃん雰囲気を醸し出していたが、何故かコートを羽織っていた。
なんだかちぐはぐである。
「ソフィア。すぐ出るぞ、乗れ」
「へいへい」
スズキは全く取り合うことなく、男、ソフィアを中へと促した。
ついでに後部座席のドアを開ける。
「お前も乗れ」
「はーい」
言われるまま、にがりはリムジンへと乗り込んだ。
ついた手が座席のシートに触れる。
ふかふかとしたいい弾力の手応えが伝わってきて、にがりは「んふふ」と笑った。
思いっきり座り込む。
「やっぱりいい車は違うねえ」
「ガキに何がわかんだよ」
けっ、とやはり吐き捨てるように呟いて、スズキはドアを閉めた。
その身体は先程にがりたちが出てきた扉へと向けられる。
どうやら大輔を待っているようだ。
「なあ、なあ。おじょーさん。お名前は?」
「!」
じっとスズキをみつめていたにがりに、運転席から声が掛かった。
その手はハンドルにかけられているものの、身体はにがりの方を向いている。
よくはみえないが、助手席にも誰か座っているようだった。
「神見にがり。……高校一年生だよ」
また小学生、または中学生にみられてはたまらない、とにがりは付け加えるように呟いた。
少し、頬がふくれている。
「へえ。んじゃ葬儀はんの姪っ子ちゃんか」
「そうだよぉ。キミはだあれ?」
身を前に乗り出しながら、にがりは運転席の男を見つめる。
スズキと同じく、警察には全くみえない。
髪はクリーム色で天然パーマだし、何よりも目は琥珀色だった。
それとも最近の警察は、緩いのだろうか。
「わいはソフィア。キミのおじさんの、部下みたいなもんや」
ニシシ、と愉快そうに笑う男…ソフィア。
名前からして、外人のようだが顔立ちは整った日本人の顔立ちである。
にがりは首を傾げた。
よくわからないのだ。
「ソフィアは、外人さんなのかな?」
「いーやあ。外人さんちゃうねん。っていうか、人間じゃないねんなあ」
困ったように、ソフィアは笑った。
「?」
ますますにがりは首を傾げる。
人間ではないとすれば、一体なんだというのだろう。
しかしそんな疑問も、ふと目に入った備え付けてあるお菓子のおかげで消え去った。
迷うことなく、尋ねることなく、にがりの手はごく自然にお菓子の集まりへと伸びる。
そして何気なくとったチョコ菓子の包装紙を開けた。
「ああ、それなあ。葬儀はんが絶対必要やいうから、シュトはんが買いにいったんよ。なあ」
「……そうだ」
不意にきこえた助手席からの声に、にがりはぐいっと身を乗り出した。
「うわっ、なんやねん、びっくりするなあもう」
ソフィアの文句には一切とりあわず、にがりは助手席に腰掛ける男をみつめた。
灰色の髪に、赤い瞳。白い肌。
口元はマフラーのようなもので隠れていて、羽織っているのはコートというよりは着流しに近いものだった。
特注だろうか。
そんな容姿を確認してから、にがりはニッコリと笑う。
「シュトだーっ! シュト、シュト!」
「……久しぶりだな、にがり。だが拙者の名前はシュトルツだぞ」
男…シュトルツの赤い目が、にがりに向けられた。
「なんやねん、知り合いなんか」
おもしろくなさそうに、ソフィアが呟く。
にがりはソフィアの方に振り返り、お菓子をもしゃもしゃしながら説明を始めた。
「ボクがうんと小さい頃、遊んでもらったことがあるんだよう。うわあ、また角だして、角ーっ」
にがりの両親はにがりが小さい時に亡くなっているため、物心つく少し前くらいから、ずっと大輔が面倒をみてきたが、その大輔がどうしてもいられない時、シュトルツが家でこもりをしていたことがあるというわけだった。
ただしそれも、小学校低学年の話である。
「……ここではダメだ」
「ぶー」
あっさり断られて、頬をふくらませるにがり。
「……ぶーていうかな、にがりちゃん。そこでお菓子食べるのはお行儀悪いわぁ。ちゃんと座って食べ」
「はーい」
ソフィアに促されて、にがりは元の位置に戻った。
続けてお菓子に手を伸ばす。
「それでボクの好きなものばっかりだったんだねえ」
うんうんと、にがりは頷いた。
そんなにがりを苦笑しながらみつめていたソフィアが、口を開く。
「でもホンマなあ、にがりちゃん迎えにいくならお菓子は絶対必要やあーって、大変だったんよ? そんなにお菓子好きなん?」
「うん。うん、うん! ボク、お菓子だあーいすき!」
「へ、へえ……」
びっくりするくらいシアワセそうな笑顔に、ソフィアは思わず息を呑んだ。
それまでほぼ無表情だったというのに……心臓に悪い。
よくみれば顔立ちは整っているのだと、笑顔をみて知る。
(一瞬ドキってしてしもうたわ……この子天然、やり手やで)
ついでにソフィアは、にがりの恐ろしさも知った。
「何じゃれてんだてめーらは」
にがりが四袋目に手をかけたところで、リムジン後部座席の扉が開いた。
大輔と、雨宮、スズキが乗り込む。
お菓子まみれになっているにがりをみて大輔は一瞬微笑んでから、ソフィアに振り返った。
「出せ」
「へい、りょーかい」
ニッと笑って、ソフィアは前に向き直った。
リムジンが静かに動き始める。
コンクリートの壁を窓越しに見つめていたにがりに「ごめんな」と断ってから、大輔はカーテンを閉めた。
ついでに運転席とこちらを仕切る形のカーテンも閉める。
これで後部座席からは全く景色がみえない形となった。
不安そうな顔をする雨宮に、大輔は口を開く。
「何も誘拐しようってわけじゃないから、安心してくれな」
「……そうなるなら、私は迷わず携帯で通報するだけよ」
強気な口調で、じろりと大輔を睨む。
「くっぷあははははっ! おじょーさん、知らへんの? そこのオッサンが警察のトップやで? 通報するだけ無駄やと思うけどなあ!」
運転席からソフィアの爆笑する声が聞こえた。
雨宮の瞳は、カーテンで閉ざされた運転席へと向けられる。
「おいソフィア! オッサンだけはねえだろ、オッサンは! ちゃんと葬儀って呼べ! つうか俺、まだオッサンじゃないし!」
「くはは! すんません、葬儀はん」
ひとしきり笑い声は続いたが、大輔がソフィアを睨み付けて、笑い声が止んだ。
(……そこじゃないでしょ、ツッコミどころは)
なんなのよ、と雨宮は迎えに座っているにがりに視線を向けた。
にがりはこんなやりとりなどまるで気にすることなく、備え付けてあったお菓子の半分を食べ終わっていた。
チョコ菓子が多めだったおかげか、にがりは手についたチョコをぺろぺろと舐めっている。
まるで会話をきいていないようだ。
「それじゃ説明を始めよう。……俺がわざわざにがりを探しにきたのはな、別に寂しかったからじゃねえ」
「もしそんなだったらボクが怒るよ」
「………」
ぴしゃりとにがりが言い放って、大輔は少しだけシュンとした。
「え、えーと……ここにきたのはだな……、来宮高校でまた行方不明者が出たって通報があってだな……」
「! 戛哉くん! 佐東戛哉くんのこと、でしょ!?」
今度は少し食い気味に雨宮が反応した。
そんな雨宮に若干ひきながら、大輔は頷く。
「お、おお、まあそうなんだが……、その佐東はよ、にがりのダチだろ。何かしらねーかと思ってな」
雨宮と大輔の視線が、にがりに集中した。
にがりの隣に座るスズキはずっと会話をきいているのかきいていないのか、カーテンを見つめている。
だが、当のにがり本人の視線は残り半分以下となったお菓子に注がれていた。
「おーい、にがり?」
「ん?」
大輔に声をかけられて、にがりは視線を大輔へと移す。
「なにかな」
それからすぐに視線を落して、口へとお菓子を運んだ。
むしゃむしゃと口周りにはお菓子の食べ屑がついている。
「いやだからな……、佐東について。なんかしらねーの?」
「うーん……」
「…………」
悩むにがりに、視線は集中する。
「……あー、そういえばねえ」
少しの沈黙後、にがりが斜め上を見上げながら口を開いた。
雨宮の視線がいっそう強くなる。
どこか祈るような、すがるような視線だった。
「生徒会に入るっていってたんだよう、砂糖くんが。それで昨日はボク、一人で帰ったから……砂糖くんも昨日は一人で帰ったんじゃないかなあ」
「一人で……か」
大輔は刑事特有の黒い小さな手帳に、何かを書き込み始めた。
うーん、と悩みながら、にがりが再び口を開く。
「あとはねえ。お昼休みの時にきいたんだけど、放課後一人で歩いているとピエロに連れてかれるって怪談を砂糖くんからきいたかなあ」
「! ……アンタ、それ、きいておいて戛哉くんを一人にしたのっ!?」
「だってボクはボク。砂糖くんは砂糖くんだよ」
「アンタって子は……!」
雨宮は今にも殴りかかりそうだったが、にがりはやはり気にもとめていないようだった。
そうしている間にも、口にお菓子を放り込んでいる。
「戛哉くんは、アンタを頼ってんのよ! 必要としてんのよ! 少しは……少しは、大事にしてあげなさいよ!」
「えー、なんでボクが」
「なんでじゃないわ! 幼なじみでしょ! あ、あたしと、違って!」
「そういわれてもなあ……」
にがりがめずらしく、押し黙った。
雨宮は微妙に涙目である。
そんな二人のやりとりを、うっとうしいというふうにみつめて、スズキはため息をついた。
その後の車内はしばらく無言で、大輔は何か考え込んでいるようだった。
ぶー、といいながらも、にがりだけはお菓子を食べていたが。
無言状態から数分後。不意に、車が停まる。
「ついたでー」
気の抜けたふわっとした声が、運転席から聞こえた。
「よし。お嬢さん、下りていいよ。……にがりはもう少し付き合って貰うけどな」
大輔はにがりへ視線を送る。
にがりもとくに反論がないようで、頷いた。
「いいよお。どうせ大輔が先生に怒られるだけだし」
「……ちゃんと連絡するって……」
親子のようなやりとりをしている二人を横目で見つめながら、雨宮は一人車から降りた。
カーテンがわずかに開いて、にがりが顔を出す。
口ではポッキーがもぐもぐされていた。
「あめ玉さんは勘違いしてるみたいだけどさあ、ボク、砂糖くんのことなんてなんとも思ってないからさあ自信もったらあ?」
「なっ……!」
「じゃあばいばあーい」
「ちょ、ちょっと!」
とんだ爆弾発言を残して、にがりは颯爽とリムジンで去っていった。
しばらくこちらに手を振っていたにがりだったが、大輔に押し込められたようで、車内へ引っ込んだ。そうしてリムジンが見えなくなる。
残された雨宮は、呆然とリムジンが消えた方向を見つめる。
何とも思ってない。
そんなことは、なんとなく、知っていた。
だが佐東がそうではないことを、雨宮は知っている。
ぐっと拳を握ってから、雨宮は校門へと向かった。
「……それで? ボクを探していた本当の理由は一体なんなのかな、大輔」
先程とは打って変わって少し真剣な顔をしたにがりが、大輔を見つめていた。
雰囲気の変わったにがりに、スズキは目を見開く。
目はわずかに鋭くなり、さすが警視総監の姪っ子、といえるまで顔つきも大輔にどことなく近くなった。
大輔は無言で黒いロングコートを手渡す。
それを数秒見つめたにがりもまた、無言でコートを受け取った。
受け取って、うなずく。
「なるほどねぇ……なんかやたら生徒が騒いでいるからさ、どーなってんのかなって思ったけど」
黒いロングコートに、にがりはすっと袖を通す。
胸には『UNU』の文字。
「……葬儀、一体、どういう……」
たまらず、スズキが声を上げた。
その文字は、スズキが羽織っているコートにも記されているし、ソフィアの羽織っているものにも刺繍されている。
ついでにいうなら、大輔のにも、だ。
それはスズキたちの活動する『チーム名』のようなもので、にがりがその一員だとは、きいていない。
「にがりは過去、このチーム創設時に一度だけメンバーになっている。臨時メンバーみたいなもんなんだよ」
「そうなんだよー。まあ、すっごく小さい時だったけどねえ」
んふふ、とどこか自慢げに笑うにがり。
しみじみと過去を振り返るように、にがりはコートを撫でた。
「でもこのコートは、大輔がくれたものだよね。昔はこれ着て歩くとみんな喧嘩ふっかけてきてさ……、今じゃこれ着て歩くとみんな泣いて逃げるけど」
「とんでもねえなお前!! 何したんだよ!!」
スズキが眉をつり上げた。
外見はチンピラとか、不良っぽいが、どうやらそれほど悪いやつでもないらしい。にがりはきょとんとした表情を浮かべる。
「え? ちょっと賞金を……」
「犯罪じゃねえか!!」
しれっといってのけるにがりに、スズキはため息をついた。
アニュジュアル。
英語表記で、UNUSUAL。
通称はUNUと呼ばれる組織は、警視総監自らが率いる直属の課である。
操作するのはきわめて特殊な事件のみ。
およそ人間の仕業とは思えない事件のみを、担当する。
メディアにも一般人にも、警察内部にすら一部でしか知られていない秘密組織だ。
「UNUもな、にがり。昔は人間だけだったろう?」
「うん、そうだね」
再びお菓子を口にいれ、頷くにがり。
実際、にがりが三歳程度の時に立ち上げられたUNUは、腕利きの特殊警察として期待が高かった。
にがりの両親も参加はしていたものの、すぐに他界。
そこで三歳にして驚異の戦闘能力を誇り、その身を持て余していた鬼子、にがりを知っていた大輔が、臨時の穴埋めとしてメンバー採用したわけである。
にがりの活躍は他のどの大人よりも凄まじいもので、相手は大半が人外であったにも関わらず、ほぼ無敵だった。
それにもまあ、少し理由はあるのだが。
しかしまあ、そんな活動をしていれば自ずと学校生活はおろそかになっていくばかりだったので、中学卒業と共に脱退している。
いずれにしろ、佐東には秘密のことである。
「あれから特殊事件を捜査するたび、死傷者が出るようになってなあ……俺も困り果てて、ちと相談してみたんだ」
結局のところ、人間が人外に勝つには戦力も経験も、足りなかったというわけで、復帰できないほどの大けがを負ったものや、精神的におかしくなったもの、永久に眠ったものも、出てきた。
つまるところ、メンバーがいなくなった、というのが結果だった。
にがりの脱退とともに、スズキたちが入れ替わりで入ったと、そういうところだろう。
「? 相談? なになに、内閣総理大臣にでも相談したの?」
そんな事情を知っているにがりは、首を傾げながら呟いた。
ポッキーを口にくわえる。
「いやあんなのに相談したって無駄ってもんだろ。知り合いに神社やってるヤローがいてな。そいつに頼んで、この国をかつて治めていた大国主命とかいう神サマに相談してみたわけよ」
煙草をくわえたまま、大輔はシニカルに笑った。
その返答をきいて、にがりはポッキーを口にくわえたまま、ぽけーと停止した。
鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。
「お、おおくにぬし?」
「そ。大国主命様。……ま、俺らはヌシ様って呼んでるけど」
大国主命。
この国をおそらくではあるものの、最初に統治した日本神話に登場する神の名である。
各地の神社で奉られていている彼は、因幡の白ウサギの話でも主人公で登場する。
他にも、実際会ったらただの好青年だったとか、意外に冗談が通じるとか、おもしろいとか、髪はやっぱり真っ黒だったけれど、大和時代みたいな髪じゃなかった、など。
べらべらと、実に楽しそうに大輔は喋った。
「ふうん。ふうん、ふうん。会ってみたいなあ」
ぽつり。
興味が湧いたのか、にがりがそんなことを言った。
「ま! また会う機会もあると思うぜ」
トントンと煙草の灰を、携帯灰皿に落としながら大輔は呟く。
外見こそ三十路少し手前の青年だが、その仕草はもはや五十過ぎのオジサンである。
前述したとおり、若くして上り詰めたタイプなので、周りの年配刑事に影響されたのかもしれなかった。
「それでなんだが、神サマが人手を貸してくれるっていうからよ。お言葉に甘えたら……こいつらがきたってわけ」
くわえ煙草のまま、顎でスズキと、運転席の方を示した。
にがりの脳裏にはさきほどのソフィアの発言が思い出される。
『人間じゃないねんなあ』
つまりは、そういうことらしい。
にがりはスズキをみつめる。
「じゃあスズキくんもソフィアも、人間じゃないんだ」
「けっ、とーぜん。……だけどな、神サマじゃあねえよ。妖怪でもねえ」
視線に気づいたスズキは、頬杖をつきながら不機嫌そうに頷いた。
「?」
てっきり妖怪か何かだと思っていたにがりは、眉間にしわを寄せる。
神様でも妖怪でもなかったら、一体なんだというのだろう。
宇宙人だろうか、とにがりは食べ終わったポッキーの箱をひと思いに潰した。
「俺たちは悪魔だ」
「……悪魔?」
「悪魔」
じーっと、にがりはスズキを見上げた。
にがりのよく知っている悪魔と、このスズキとは、まるで違う存在に映っている。
というか、スズキは人間だといわれても、違和感はない。
悪魔、悪魔……と繰り返し呟きながら、にがりは疑問を口にした。
「……耳も普通だし、羽根もないし、尻尾もないのに?」
疑うように、つま先から頭の先まで、じっくり観察をするにがり。
刑事さながらの、鋭い視線である。
気分が悪い、というようにスズキはにがりを払いのける。
「やめろやめろ。俺は『鱸』の悪魔なんだから、あったりまえだ」
「へ? さかなの?」
今度はキョトンとした目で、にがりはスズキの藍色の瞳を見つめた。
「……さかなの」
スズキはにがりから視線を外す。
「ちなみにわいはな、河豚の悪魔やでー」
「………鬼」
運転席と、助手席から続けざまに声がした。
スズキをみつめていたにがりが一変。
カーテンを開けて、運転席側へと再び身を乗り出す。
「えええっ、シュトも悪魔なの!?」
「……そうだ」
「うっわあ、びっくりー」
知らなかったなあ、というにがりの視線を受けて、少し頬を赤く染め、照れたように、シュトルツは窓へと視線を逃がした。
にがりの鋭い視線は、シュトルツをじっくり観察している。
「……あのなあにがりちゃん。今、わい、運転中やねん。元の場所、戻り」
「あ、ごめんごめんー」
思わずかけていたソフィアの肩から手を離して、にがりは元の場所に戻った。
カーテンは戻されていなかったが、ぴしゃりと大輔が戻す。
場所に戻ったにがりは、再びお菓子へと手を伸ばした。
それからにがりはキラキラとした瞳を大輔に向ける。
「大輔、ボクは鱸と河豚の活け作りが食べ「食べられません」
割り込むように、スズキがぴしゃりと言い放った。
「なんだよう! だってあの高級魚、鱸なんでしょ!?」
「うるせえ! 悪魔だっつってんだろ! 鱸そのものじゃねえから食べられるわけがねえんだよ!!」
「同じようなものだよ」
「お前に何がわかるのか言ってみろ餓鬼」
にらみ合う二人をなだめるように、大輔は苦笑いを浮かべて口を開いた。
「ま、まあまあ。それも続きはまた今度にしてな……そろそろ、本題の話していいか」
片手には、ぴらぴらと一枚の紙。
マジックの文字で何か言葉が書かれてあった。
ファックス用紙か何かのようだ。
「なにそれ」
その紙に、にがりが反応した。
スズキなどもはや眼中には入っておらず、紙をじっと見つめる。
それをみて、スズキはひそかにそっぽを向いた。
「これは今朝ウチに届いた『脅迫状』っつうか、身代金要求みたいなもんなんだけどよ……」
ファックス用紙をにがりに手渡して、大輔は眉をひそめた。
「なんでかは知らんが……、『佐東戛哉は預かった。返して欲しければ【にがり】をよこせ』になってんだよな」
「それは意味不明だね」
車内を、三分ほど静寂が支配した。
きっちり三分後、にがりは紙を四つ折りにしてたたみ、ポケットにしまった。
指定された場所は現在は廃墟となった来宮高校の跡地である。
市の財政に余裕がないためか、はたまた他の理由があるのか、いまだ取り壊されるには至っていない。
そのかわり維持費も何もかけていないわけで、時折不良がたまっているのだとかそんな噂くらいならきいたことがあった。
が、そんな不良も一度にがりが『UNU』として、徹底的に痛めつけてからは、立ち入っていないはずである。
それよりなにより、差し出し人の名前が異様だった。
「この『来宮怪奇連盟協会組員 ルド』って、誰これ」
もし犯人が人間の、少年だったとするならば頭の痛い「あーいたたたた」的な、ただのイタイやつである。
しかしこれが本気の本気で書いた、本物の怪奇現象様そのものだったとすれば、話は違う。
いわゆる、UNUの仕事、そのものだ。
「ああ、その来宮怪奇連盟協会なら、以前調べたことがあるんだがな」
「うん」
「都市伝説とか、怪談話に出てくる悪霊だとか、妖怪だとかの集まりみたいだったな」
大輔は斜め上をみあげて、どこか遠い目をしていた。
「……会ったことあるんだ」
そんな大輔をみながら、にがりは残り三つほどとなった袋入りの、チョコビスケットを口に放り込む。
どうやら嫌な思い出があるようだ。
「うん、まあ……」
遠い目は、次第に死んだ魚のように光を失っていった。
顔も青白く、生気がなくなる。
表情はうつろというか、哀れみに満ちていた。
相当嫌な思いをしたらしい。
「会長とかには会ったんだけど……こっちの話全くきいてなくって……、あげくに小さい女の子に首絞められそうになるわ、変な骸骨と人体模型に喧嘩ふっかけられるわで、死にたくなったっけな……」
「あははは、なにそれ、おもしろー」
けらけらと笑うにがり。
チョコビスケットを食べ終わって、次はチョコスナック菓子の袋へと手を伸ばした。
もうすでに、にがり周辺には食べ終わったお菓子の袋が大量に散乱している。
普段からそうだが、にがりは食べることに専念するタイプなので、食べている間は一切片付けることはない。
常に自宅はゴミ屋敷の一歩手前になっている。
誰が片付けるのか、といえば、まあ、一人しかいないだろう。
幼なじみの佐東戛哉彼一人である。
「それよりさ。疑問なんだけど、なんでボクなんだろ? ていうかそれ、ボクなのかな?」
ふと、にがりが呟いた。
一般的な『にがり』といえば、苦塩である。
誰も名前だとは思うまい。
「佐東戛哉というフルネームを出してきて、『にがり』という固有名を要求するあたり……、過去に怨みを抱いている者の犯行ということも、考えられる」
「あー……」
大輔の言葉に、にがりは記憶をあさってみた。
佐東を知っていて、にがりに怨みを抱くもの。
……多すぎない?
にがりの手がわずかに止まる。
「何かいないか、心当たり」
「いやあ……ボク、怨みなんてしょっちゅう買ってると思うし……」
「人間で、とは言ってないぞ俺は。……ウチに脅迫状を送りつけてくるということは、必ず人外だ。人間はウチを知らない」
「あ」
そう言われて、にがりは再び検索を始めた。
確かにUNUは秘密組織なのだから、一般人が知る由はない。
しかもにがりが主にUNUと関わっていたのは、小学生時代である。
現在は大輔がたまに訪れる程度で、シュトルツすら来ていなかったのだから。
数分の沈黙。
にがりが「うー」と小動物のように唸っている間、スズキは怪訝な顔をしていた。
散乱したお菓子の袋。
比例して胃袋に、無尽蔵に詰め込まれていく大量のお菓子。
(一体何処へきえてるんだ、このほっそい身体のどこに)
にがりが考えることに集中している隙を狙って、スズキはにがりを観察した。
高校生とは思えない小さな体に、華奢すぎる四肢。
頬はハムスターのようにふくれているし、口周りは幼稚園児のようにお菓子まみれだ。
ちっとも十六歳とは思えない。
(……それに、強いとは思えない)
先程とっくみあいをした際にもぼんやり思ったが、力の出所がわからないのだ。
筋肉質というわけでもない……というより、骨と皮か! みたいな腕をしているのに、床にヒビを入れてしまう。
まるで、自分と同じ、人外をみているような……。
「あ!」
「!」
静まりかえった車内に、突如響いたにがりの声。
ほぼ全員の視線がにがりに向けられる。
「そういえばねえ、ずうっと昔なんだけど」
「おう、おう!」
大輔が身を乗り出した。
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