優しく恋心奪われて

静羽(しずは)

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第27話|名前のない贈り物

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次の日の朝。
綾瀬はすっきりしない表情のまま目を覚ました。
理由は単純だ。
昨夜ほとんど眠れなかった。
完全な寝不足。
初めて自分のセクシャルな部分を打ち明けた相手。
そして初めて自分の気持ちを告白した相手
異性に。



「キス、できます。」



そう言われた。
今まで経験したことのない状況に頭が追いつかなかった。
好きだと思っている相手から、
「キスができる」
と言われたのだ。
しかも相手は、
おそらく“ノーマル”な同性。
そんなことを言われてどうして平然と眠れるというのか。
おちおち寝ていられるはずがなかった。
今日顔を合わせたらどうしたものか。
そんなことを考えながら、綾瀬はコーヒーを一気に飲み干した。



朝食は。これだけでいいか。



昨夜も結局なにも口にしていない。
本来なら毎朝きちんと食べるタイプだ。
それが今日はどうしても食欲が湧かなかった。
寝不足で頭が回っていない。という理由もある。
けれど、それ以上に。
胸の奥が詰まったようで、、、。
とても食べられる状態じゃなかった。
顔を洗って、


「ふう」


と小さく息をつく。
鏡に映った自分の顔を見て思わず眉をひそめた。



「、、、うわ。なんか。老けてるな。、、、うーん。まぁ、いいか。」



そう自分に言い聞かせながら乱れた髪を手ぐしで整える。
スーツに袖を通す。
布が肌に触れる感覚で少しだけ気持ちが引き締まった。
ネクタイを手に取り首元に回す。
結びながらどうしても昨夜のことが頭をよぎる。

声。
沈黙。
そしてあの言葉。

考えるのをやめるようにネクタイを喉元の下でぎゅっと固く結んだ。



、、、とりあえず、会社では自然に。




さっきまでのだらけた見た目をいつも通りきちんと整える。
鏡の中には凛とした“会社の先輩・綾瀬”の姿があった。
そうして限界を隠すように背筋を伸ばし玄関を出た。
季節は冬。
ヒューっと、冷たい風が吹き抜けてくる。
部屋の中とは違い外に出た瞬間背筋がひやりと冷えた。



「寒っ」



思わず声が漏れる。
白い息が一瞬視界に浮かんで消えた。
まぁ、それも五分も歩けば慣れてしまう。
人間の身体は案外順応が早い。
そう思いながら綾瀬は足を進めた。
会社の最寄駅で電車を降りる。
改札を抜けると、ビルの隙間から見慣れた会社の建物が視界に入った。



切り替えろ。



心の中でそう呟き背筋を伸ばす。
プライベートな思考は一旦ここまでだ。
エントランスに入ると、
 

「おはよう」
「おはようございます」  



ロビーに社員たちの朝の挨拶が響き渡る。
綾瀬も軽く会釈しながら自分の部署があるフロアへ向かった。
営業課の部屋に入る。



「おはよう!」
  


少しだけ声を張って挨拶をするとあちこちから返事が返ってくる。 

綾瀬は営業課。
湊は情報処理システム課。

部署は違うが関わりは多い。
情報処理課で作成した書類を各部署に届けるのは新人の仕事だ。
つまり――
今日もきっと湊は営業課に来る。



「ん?」



自分の机の上に見覚えのない袋が置いてある。
コンビニの?白いビニール袋?
不思議に思いながら手に取りカサカサと音を立てて中身を確かめた。
入っていたのは煮卵おにぎり。
それと一緒に綾瀬がいつも飲んでいる銘柄の缶コーヒーが入っていた。
書き置きもメモもない。
それでも誰が置いたのかはすぐに分かった。



湊だ。



朝早くから営業課に来たのか。
わざわざこれを置くために?
そう考えた瞬間胸の奥がじんわりと温かくなる。
そのとき近くにいた同僚が声をかけてきた。



「あ、それ。システム課の湊くんが持ってきてましたよ?」



同僚はビニール袋の中を覗く。



「あ、おにぎり?朝食用ですか?煮卵おにぎり、、、。なんか美味しそうですね!」



そう言ってにこっと笑いながら去っていく。
釣られるように綾瀬も自然とにこやかな笑顔を返していた。
ちょっとシステム課に顔を出しに行ってくるか。
そう思って席を立とうとした、そのときだった。
ちょうどタイミングよく上司が部屋に入ってくる。



「おはよー!」



片手を軽く上げいつもの調子で入ってくる上司。
それまで少し緩んでいた部屋の空気がふっと引き締まるのが分かる。
さすがに上司が来てしまったら朝から部屋を出てフラフラするわけにもいかない。
綾瀬は向かおうとしていた足を止め何事もなかったかのように自分のデスクへ戻る。
椅子に腰を下ろしパソコンを立ち上げる。
画面を見つめながらメールの受信トレイを開いた。

今日の予定は、、、。

メールの内容を一つずつ確認する。
今日はいつも以上に外回りが多いし、かも上司と同行の予定がかなり入っている。
スマホを私用で触るのは難しそうだ。
部署にいる時間はほとんどない。



今日は湊と会う時間、ないかもしれないな。



そう思いながらスマホを手に取る。
とりあえず一度LINEでお礼だけでも送っておこう。



――湊、おはよう。机に置いてあった、、、



そこまで打ったところで背後から上司の朝の声がかかった。



「みんなー!おはよう!今日の予定なんだが。」



ハッとしてスマホを伏せる。
もう触っている時間はない。
結局お礼のLINEは送れないまま。
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