神様との賭けに勝ったので異世界で無双したいと思います。

猫丸

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勇者召喚

第12話 リリア

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 私の最初の記憶は口の中に滲んだ血の味だ。
 鉄のような味。 
 とても痛くて……とても嫌な味だったのを覚えている。

 惨めだった。
 必死に生きて、飢えを凌ぐために頭を下げた。
 土下座した頭を足で踏まれて屈辱に震える。
 そんな感情もやがて感じなくなり始めて……身長も伸びてきた頃だった。
 友達が出来た。
 約束をした場所に行くと笑いかけてくれる。
 初めて胸の内が温かくなった。
 何度も遊んだ。
 日が暮れるまで一緒に食べ物を探して……だけど不思議と空腹は気にならずその友達と沢山笑い合った。
 
 ある日、絵本を拾った。
 とても高価なものだと友達は言っていた。
 文字はその友達が知っていたので読み聞かせてもらった。文字を教えてもらう約束もしてくれた。
 男の子と女の子が恋に落ちるだけの、それけの物語。
 あっさりと恋に落ちて男の子を好きになる女の子。
 ありきたりな物語だと友達は言っていた、けど。
 私は凄くドキドキした。
 こんな風に優しくされたら私もこの女の子みたいになれるのだろうか。
 その日は中々眠れなかった。

 次の日―――私はその友達に売られた。
 たった一つの固いパン。
 それが私の値段だった。
 私が何故、と聞くとその友達は罵倒を返してきた。
 どうやら彼女は元は商人の娘で私たちは友達でも何でもなかったらしい。
 だけど彼女は騙されていた。
 私と同じように連れていかれたのだ。
 男たちからは沢山暴力を受けて……いっぱいひどいことをされた。

 そこから私は男たちに飼われる日々が続いた。
 彼女は会うたびに謝って来たがある日を境に姿を見なくなった。
 壊れたから路地裏に捨ててきた、と偶然見張りの男たちが話しているのを聞いた。

 その地獄から私が助かったのは偶然だった。
 偶々衛兵の人たちが助けてくれた。
 なぜここに来たのかよく分からなかったけど……どうやらその男たちは有名な悪人だったようだ。

 ある日、私は魔族だと知らされた。
 あまりにも突然のことだった。
 魔族の人がやってきて怯えていると言ってきたのだ。
 期待してなかったが……とか、運が良かった。とか言っていた。
 何を言っているのか分からなかったけど、家族に会わせてやろうか? という言葉だけはすぐに理解できた。
 私はすぐに飛びついた。
 何度も土下座した。
 もうこの懇願に価値なんてないかもしれないけど……安い頭を何度も下げた。
 そこからは必死に勉強して……必死に人族の生活に溶け込んだ。
 
 王城のメイドとして雇われたのは本当に運がよかった。 
 努力もあっただろうけど、それ以上に偶然の幸運の重なりがなければ私はそこで死んでいただろう。
 だから、私はその時悟った。
 魔王と呼ばれる存在にとって、私の命は本当にいくらで代わりが利くものなんだと。
 一山いくらの消耗品なんだと理解できた。

 私はそれから家族と会うためだけに生きてきた。
 友達に売られたことも、暴力を受けたことも、全てそのためだったと自分を納得させた。
 胸が張り裂けそうになった。

 そして、チャンスがやってきた。

 召喚された勇者の食事会に近付くことができたのだ。
 すると再び一人の魔族があるものを置いていった。
 猛毒の植物。
 これを食事に混ぜろと。
 難しくはない。
 何より人族の悪意に晒されながら生きてきた私を全員が信用している。
 いや、信用ではない……何とも思っていないのだ。
 そこにある路傍の小石と同じような物。
 だから、私はただ役目を全うするだけ。
 家族を一目見ることが出来たならその場で死んでもいいとさえ思っていた。
 そのためだけに私は在る。

 だけど―――

「キミ魔族だよね?」

 意味が分からなかった。
 なぜバレたのか。
 そして、それ以上に焦った。
 今までは運が良かった……だけど、それも尽きたらしい。
 
 勇者に負けて……これから殺されることを覚悟した。

 全部分かっていたことだった。
 だけど、せめて最後に―――家族に会いたかった。

 涙が零れ落ちる。
 意味はないけど、口にせずにはいられなかった。
 私が生きてきた意味はなんだったのか。
 いや、そんなものはなかったんだろう。
 失敗したらそこまでの消耗品。
 生きてたら儲けものくらいの存在。
 とても悲しくなり涙が止まらない。
 これから私を殺す勇者も呆れている。 
 不思議なことに、その勇者に対して悪感情は沸かなかった。
 これまで生きてこれたのは全部運が良かっただけなのだから。
 そして、ここで死ぬのは、ただ運が悪かっただけなのだから。
 この勇者にとっても、そうなんだろう。
 私はその程度の存在なのだ。

「生まれてきた意味が知りたいなら……とりあえず生きてみればいいんじゃない?」

 だから、その言葉を聞いた時には本当に頭が真っ白になった。
 その勇者は殺さないという。
 なぜ? 疑問が溢れる。
 だけどその人は嘘をついていないと思った。
 きっとその人にとっては当たり前のことだったのだ。
 だけど、生まれて初めて本物の優しさに触れた気がした。
 だから、隷属の証を刻まれたときも、怖くはなかった。
 妙な確信を感じながら尋ねる。
 
「私は……あなたの奴隷に……?」

 答えは分かっていた。

「そんな物騒なものじゃない……こともないのかな? まあ変な命令はしないから気負わなくていいよ。こっちとしては危害加えてこないならなんでもいいし。やることないなら今まで通り過ごせばいいし」

 私はもう子供ではない。
 そんな陳腐な物語に心を動かされたりはしない。
 だというのに昔見た絵本を思い出した。
 この人は勇者だ。
 だけど、主人公失格だ。
 こういう時は女の子には優しい言葉の一つでもかけるものなのだ。

 でも、それでも―――

 そのぶっきらぼうな言葉は物語の男の子と同じくらい優しかった。
 その在り方が私にはとても眩しく見えた。
 生きてもいいという無責任な言葉が、とても愛おしい言葉に思えた。

 ならばこの胸の高鳴りは……きっと物語の女の子と同じものなのだろう。

 だからこの気持ちは……そういうことなのだ。











 勇者の少女たちがお腹を空かせながら同郷の少年を待っていた。
 この世界での初めての食事。
 先に食べ始めるわけにもいかない。
 しかし、すぐに戻ってくると思っていた少年はなかなか戻らない。

「佐山さん遅いですね……」

「迷子にでもなってるんでしょうか?」
 
 心配そうな詩織と、イラついた様子の刀香。
 真子のほうも何かあったのかと不安が募る。
 そこで部屋の扉が開く。
 視線が向けられると佐山悠斗は微妙な顔を浮かべていた。
 さすがに待たせた自覚はあったのだろう。
 その顔はとても気まずそうだった。

「もうっ、遅いですよ! 佐山せんぱ……ん?」

 悠斗の隣にいたのはメイドの少女。
 しかし、様子がおかしい。
 顔は赤く染まり恋人のように悠斗の腕に体を密着させている。
 それはまるで付き合い始めたばかりの恋人同士のようで……

「あの、リリアさん? みんな見てるんだけど……」

「悠斗様っ! さん付けはやめてくださいって言ったじゃないですか! リリア、と呼んでください!」

「うん、それならリリアも悠斗様はやめない?」

「分かりました! それじゃあ……だ、旦那様……とか」

「ごめん悠斗様でいいや」

 唖然とする勇者の少女たち。
 何があったのか、というか何をしてたのか。
 色々言いたいことはあるが……ひとまずは代表して真子が言った。
 この世界で悠斗に最初に言った言葉。
 その時は冗談だったが、今回は冗談でも何でもない本心からの言葉。

「意外と……手が早いんですね……佐山先輩」

 悠斗にその言葉を否定することは出来なかった。












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