聖者の金杯 〜魔術師の慚愧、魔王の安息〜

雪月黒椿

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3章 調査・指令編

お伽話

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天気の良い昼前、聖火の鏡では冒険者や事務員たちがテーブルに群がっていた。なにやら盛り上がっているので、ちょうどやって来たアルヴィンとエルヴィスも興味を惹かれて覗き込んだ。

「ひとついただきますね、ルクフェルさんたら太っ腹!」

「まあたまにはね。喜んで貰えたようで何よりだよ」

「これホント高いよね、毎日でも食べたいくらいだけどとても無理」

「輸入品だから船代でしょうね。本場だったらもっと安いらしいんだけど」

テーブルの上にあるのは2房のエルベリーだ。主に女性陣がきゃあきゃあと喜んで、幸せそうな顔で咀嚼している。

「うんまっ! やっばい、めっちゃ美味」

カサネもその中に混ざっている。アルヴィンが挨拶すると、口をもごもごと動かしながら軽く手を振った。

「アルヴィンも食べなよー」

「あ、それじゃあひとついただきます」

「あっ、アルヴィンちょっと待っ――」

エルヴィスが制止したが、アルヴィンは既に頬張ってしまっていた。しかしその直後、アルヴィンはぴたりと固まってうろうろと視線を彷徨わせた。

「えっ、どったのアルヴィン」

アルヴィンは口を押さえて首を横に振った。手で覆い切れていない部分の頬がぴくぴくと引き攣っている。

「アルヴィン、ほら、ぺってしなよ」

「口に合わないなら無理することはないよ、ほら」

エルヴィスとルクフェルに紙を差し出され、アルヴィンは迷ったように視線を右往左往させた後に受け取った。アルヴィンは隠すようにそっと吐き出してから、思わず本音をぶちまけた。

「しっぶ! てか苦い、嘘だろ、ニガウリよりやばい」

「えー、なして? こんな美味なのに」

「たまたま渋いのを取ってしまったのかもしれないね。それか一部だけ熟してなかったのかな」

「マ? へー、エルベリーって熟してないとそんな苦いんだ」

アルヴィンは駆け足で調理場に飲み物をねだりに行った。エルヴィスがそれを見届けてひとつ食べてみたが、やはりとんでもなく美味だった。

「すみません、折角ルクフェルさんが買ったものを」

「いや、気にすることはないよ。運が悪かったね」

アルヴィンは砂糖を多めに入れた紅茶を啜りながら輪に戻った。他に苦いエルベリーを食べた者はいないらしく、アルヴィンは皆の不思議そうな視線を受けて居心地が悪そうだ。

「で、今日の仕事どうする? 一緒に行く?」

「うーん、どうしよっか」

「正直、あんまり一緒に行く意義はなかったですよね」

パーティを結成後3人で魔物退治をしたのだが、戦力が有り余るという結果になった。元々アルヴィンかカサネ、どちらか1人だけでもオーバーキルになりがちだ。正直なところ、一緒にひとつの仕事をこなすのは、実入りも少なくなり非効率だ。

「気付いちゃったんだけど、この中で僕一番いらなくない?」

「エルヴィスって腕いいから普通に有能だろうけど、戦力的には私かアルヴィンで充分過ぎっからねー、あんま活躍できてないかもね」

「巣穴に臭い袋を撃ち込むのには適役だけどな。あと索敵」

「それ結構でかいと思うけどねー。私も350ルィートくらいが限界だし、500ルィート以上離れてて分かんのは凄いんじゃん。だとしたらー……」

カサネはいくつかの依頼書を抜き取って見せた。しかし苦笑してすぐに掲示板に戻そうとした。

「なしなし、ごめんやっぱこれはないわ」

「え、なんですかそれ」

「見てみる?」

カサネが差し出したのは白金階級の依頼書で、内容はどれも凶悪で危険な魔物の退治だ。アルヴィンは右下に記載してある依頼日を見て訊ねた。

「これ、5年前の依頼じゃないですか。こっちは6年前、こっちは4年前」

「本当だ。なんでだろ」

「あーこれね、誰も行きたがんないんだよね。ほら、明らかにやばそうじゃん? その辺は列車も通んなくなってそもそも行くの辛いし、調査系も誰も調査行きたがんないし、今どうなってんのかも分かんないわけよ。索敵ができんなら相性は良いとは思うんだけどねー」

「調査系からの同行依頼ならエルヴィスが活きそうですよね」

「適材適所ってやつ? とりまこれは戻すわ。強制指令でも出なきゃ行かないと思うし」

強制指令とは王室から名を与えられたキャラバンにかけられるものだ。魔物退治のキャラバンである聖火の鏡と大地の盾の冒険者は、非常事態には問答無用で駆り出されることがある。とは言え滅多に出るものではない。

「とりあえず今日は別々にする? 必要ならその都度組めばいいし」

「そうですね、そうしましょう」

前衛であるカサネと仕事をする時は魔法を積極的に使うことにしたアルヴィンだが、剣を諦めたわけではない。自分自身も前衛を務められるよう、エルヴィスとの仕事の時は剣を使っている。

「よし、これにするか。いいよな、エルヴィス」

「うん、大丈夫」

「え、2人一緒に行くん?」

「はい。カサネさんがいなければ俺が前衛、エルヴィスが後衛なので」

「ふうん」

カサネも不思議そうにしながらも仕事を選び、それぞれ出掛けていった。カサネはやや遠方での仕事だ。

列車に乗るために乗り場に向かう途中、エルヴィスは広場に子どもたちが集まっているのを見て足を止めた。そこでは人形劇が行われている。

「かくして絶対神オスニファエルは、人々を救うために地上に4つの道具を落としました。神の化身たる精霊を宿した精霊具の力により魔王は倒され、世界の平穏は守られました」

昔からある定番のお伽話だ。エルヴィスが立ち止まったのでアルヴィンもつい見物したが、聞き飽きた話には面白みもなにもなく、アルヴィンはつまらなそうにエルヴィスを急かした。

「そしてその4つの精霊具の名前を、王室より与えられるキャラバンの名としました。その内の2つが、ここコルマトンに本拠地を設ける、聖火の鏡と大地の盾です」

人形劇が終わったかと思いきや、芸者は観光案内を始めた。観光客から硬貨を受け取って簡単な案内をした彼らは、最後に劇団の宣伝をした。人形劇も宣伝のひとつだったらしい。

「不思議だよね、あのお伽話」

「そうか? よくある定番の話だろ」

「そうかなあ。けどさあ」

「いいから早く行くぞ、乗り遅れたら次のまで結構待つからな」

アルヴィンに腕を引っ張られて、エルヴィスは仕方なく口を閉じて着いていった。

列車に揺られながら、エルヴィスは先程の劇団員の人形劇を思い返した。あれは実際は間違っている、精霊具では魔王を倒せはしない。しかしそんなことを言ったところで、だからなんだという話だ。

「ねえ、アルヴィン」

エルヴィスに名前を呼ばれて、アルヴィンは剣に落としていた目線を上げた。

「アルヴィンさ、このまま剣で頑張りたいって思ってる?」

「それはまあ、そうだな。なんだよ、応援するって言ってただろ」

「うん、君がやりたいなら応援するよ。けどね、ひとつ約束して欲しいんだ」

エルヴィスに静かに見つめられて、アルヴィンはたじろいだ。昔からそうだったが、エルヴィスの言葉は時々、何故だか聞かなければいけないような気分になるのだ。

これはアルヴィンだけでなく、他の人々もそうだ。国営キャラバンの他の冒険者も、幼いエルヴィスの言葉を聞き入れていた。例えて言うなら生徒の前に立つ教師のような、子どもの前に立つ親のような、どうしても無視できない存在感を放つのだ。

「絶対に怪我しないでね。もし剣じゃ危ないと思ったら、すぐに魔法を使ってよ」

「努力はする、けど難しくないか」

「擦り傷とか切り傷とか、自然に治るくらいのならいいよ。けど大きな怪我はしちゃダメだ。絶対に」

真剣な顔で念を押されて、アルヴィンは頷かざるを得なかった。エルヴィスは満足そうに微笑んで、今朝買ったばかりの菓子を開けた。
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