機械絶望少女

唐草太知

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1-9「モルモットが良いのに、どうしてリスはダメなんだ?」

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春も後半になってきたと思う。
気温こそ、まだ寒いが年月は過ぎてると思う。
そんなある日のこと。
人が行きかう都会の街並みに、
ふと知ってる人の顔を見つける。
時間帯は確か12時ごろだったと思う。
(エンプティ)「あれは…オーフル?」
自分の育ての親にも等しい存在。
そんな彼が一緒に歩いてる人に違和感を覚える。
それはマークだった。
確か、ヘイジーのお兄さんだったと思う。
オーフルと知り合いだったのか?
(オーフル)「少し…腹が減ったな」
(マーク)「パスタが良いな、ミートソースがたっぷりかかってて…」
隣に居たマークは楽しそうに喋る。
(オーフル)「ステーキだ」
(マーク)「あ…でも」
その一言を聞いて、一瞬で顔が冷え切った。
語るべきはずの言葉が瓦解してしまう。
(オーフル)「何か不満でも?」
(マーク)「…あなたの指定した店で」
マークの言葉は本心ではないと分かる。
でも、どうしても逆らえないって感じだ。
(オーフル)「それでいい」
そう言って近くのステーキハウスに入る。
俺はその光景を隠れるように眺めていた。
(エンプティ)「オーフル…なのか?」
普段の穏やかな彼とは違い、
威圧的な雰囲気があった。
俺には普段、そんな感じじゃなかった。
だから、とても悲しい。
問いたい気持ちがあったが真実を知るのが怖い。
だから俺は聞けずにそのまま研究所に行った。


研究所に戻った俺は、
1人で黙々と研究にいそしむ。
(オーフル)「今戻った」
オーフルは何か段ボール箱を抱えて戻ってくる。
(エンプティ)「あぁ、お帰り…それは?」
気になって尋ねる。
(オーフル)「リスだ」
(エンプティ)「可愛いな」
つぶらな瞳に、愛らしい茶色の毛並み。
小さいけれど、あたたかな命がある。
(オーフル)「…」
彼は無言で透明なケースの中にリスを入れる。
(エンプティ)「オーフル?」
ケースには隙間もなく、
とてもじゃないが息が出来そうにない。
それに餌をやるにしても扉が無いし。
ペットとして連れてきたのではないのか?
(オーフル)「…」
彼は俺の言葉に返事をすることはなく、
ただ黙々と作業を行う。
そして、ノヴァ鉱石をケースの中に入れた。
逃げないように、リスが後ろを向いてる瞬間にケースを開けて、さっと入れた。
必然的にリスとノヴァが一緒になる。
(エンプティ)「何を」
俺は言葉を紡ごうとした次の瞬間だった。
ノヴァが発光し始める。
そして、リスの身体を汚染していく。
生物なのにも関らず、鉱石のようになっていく。
リスは目に見えて苦しそうだった。
(オーフル)「そうか…こういう結果か」
だけどオーフルは淡々としていて、
まるで結果が分かっていたみたいだ。
(エンプティ)「おい、オーフル!」
俺は怒鳴る。
(オーフル)「なんだ、騒々しい」
だけどオーフルは冷静で、俺の言葉に体を向ける事すらしなかった。いや、冷静ではない。
興味が無いような…そんな寒々しさ。
(エンプティ)「これは何の実験なんだ」
(オーフル)「見てわかるだろう、ノヴァの実験だ。世界に存在する未知数の鉱石の正体を暴こうとしてる」
(エンプティ)「これが実験か?とても気分が良い物とは思えない」
実験とはもっと楽しいものだと思っていた。
でも、これはあまりにも血生臭い。
(オーフル)「実験だ、真実とはこういうものだ」
(エンプティ)「納得できるかよ、こんなの!」
俺は壁をだんと叩いて、
出来るだけ自分が怒ってることを伝える。
それでも彼に通じることはなく、
冷静さを崩さない。
(オーフル)「モルモットが良いのに、どうしてリスはダメなんだ?」
(エンプティ)「それは…」
俺はその続きの言葉を語れなかった。
(オーフル)「実験とは綺麗や汚いで語るものではなく可能性を潰していく作業だ、そこに倫理観を求めても無意味だ。仮に求めてるとしたらそれは哲学者だ、科学者じゃない」
オーフルは実験を再開する。
無数に存在するリスたち。
あれは全て、オーフルの実験によって今から弄ばれる生き物たちなのだと思うと胸が苦しくなった。
最初に見た可愛らしさは遠い闇の世界に消えた。
(エンプティ)「悪いが1人にさせてもらう」
俺はふらつきながら街に繰り出す。
最近、オーフルの様子が変だ。
前の穏やかな顔は何処に行ったのだろうか?
それともあれが彼の本性で、
俺がただ見ないようにしていただけなのか?
街をぶらつく。
(オーフル)「エンプティ」
彼が心配して傍にやってくる。
その顔はかつての穏やかな顔だった。
俺が好きだった顔だ。
(エンプティ)「俺がまだ子供だっただけかもしれない…でもあれを受け入れることはすぐには出来なかったんだ」
俺は自分の胸の内を吐露する。
(オーフル)「少し…急ぎ過ぎたのかもしれない」
オーフルは申し訳なさそうにする。
(エンプティ)「オーフル」
話が通じたような気がして、
俺は心が軽くなる。
彼の顔をようやく見ることが出来た。
(オーフル)「飴でもどうだ?」
ポケットに入ってる無数の飴。
そのうちの1つを渡してくれる。
(エンプティ)「あぁ…いただくよ」
俺は飴を舐める。
(オーフル)「懐かしいな、お前が不機嫌な時は飴をあげると仲直りしたものだ」
(エンプティ)「いつの話をしてるんだ、まったく」
それでもこうして会話するきっかけになるのだから本質的には変わってないのかもしれない。
(子供A)「ねぇ、おじちゃん。頂戴」
近所の子供が飴を要求する。
(オーフル)「はい、どうぞ」
そう言って遠慮なく飴を渡す。
その姿はとても優しく見える。
これは…演技なのだろうか?
(子供A)「ありがとう!」
そう言って笑顔で去っていく。
(エンプティ)「なぁ、オーフル」
(オーフル)「なんだ」
(エンプティ)「どっちがあんたの正体なんだ?」
(オーフル)「どっちも私だ。子供に対して優しく接するのも、リスを…実験に使うのもな」
(エンプティ)「…」
分からない。
今まで見てきたオーフルは一体何だったんだ?
歌が好きで、飴をくれて、穏やかに笑う。
でも、今ではそれが偽物にしか見えない。
(オーフル)「そろそろ戻る、お前はどうする?」
(エンプティ)「俺も戻るさ」
見極めなくては、彼を。
そう思ってもう少しだけ研究を見守ることにした。
(オーフル)「戻った」
(クルークハイト)「お帰り」
研究所には彼もいた。
(オーフル)「実験の続きはどうなってる?」
(クルークハイト)「順調だと思いますよ」
(エンプティ)「順調?」
俺はその言葉に引っかかりを覚える。
そして、その違和感はすぐに現実のものとなる。
透明なケースが、
赤く染まってる。
泥のようなものが壁に張り付いてる。
一瞬、それが何かを脳が理解を拒否した。
でも、すぐに理解しなければと切り替わる。
あれは…リスの…目。
(オーフル)「蓄積されたノヴァのエネルギーに耐え切れず暴発したのか…調整が必要だな」
(エンプティ)「おええええっ」
俺は胃の中身が逆流する感覚が這い上がった。
胃酸が喉を通って火災現場で深呼吸したみたいな痛みがある。
(オーフル)「まだ…早かったか」
オーフルは落胆の表情を浮かべる。
(エンプティ)「はぁ…はぁ…」
俺は吐くものを吐いて、少し気分が落ち着く。
そして深呼吸をしてから言葉を出そうと頑張る。
(オーフル)「言いたいことがあるんだろう?」
(エンプティ)「これに何の意味があるんだ!」
ただ無残にリスを殺してるようにしか見えない。
(オーフル)「意味はあるさ」
(エンプティ)「人間のための実験じゃないのか!?」
俺は叫ぶ。
狭い研究所内で、
そんなに大声を出す必要性は無いのだが、
今の彼には小さい声では届かない不安があった。
(オーフル)「人間のための実験だ、だけど、実験には犠牲が必要なんだ。本当ならば人間を使いたいところだが、それでは本当の悪だ。人間を実験してないのだから、人道的だろう?」
(エンプティ)「クルークハイト、お前は…お前は知ってて研究仲間になったのか?」
(クルークハイト)「忘れたさ…理由なんて」
彼は顔を逸らして申し訳なさそうにする。
その態度に俺は理解した。
(エンプティ)「もういい、お前らは悪魔だ!」
俺は研究所を飛び出す。
今まで信じていたものが崩れていく。
それは家族で撮った写真だと信じていたのに、
精製AIで作った家族写真だと知って冷めたようだった。


何処かに当てがあるわけでもなく。
俺はただ逃げるように都会の街並みに向かって走る。そして息が切れ始めるころ、
肩を叩かれる。
(クルークハイト)「エンプティ」
(エンプティ)「離せ…俺にかまうな」
(クルークハイト)「そういう訳にはいかない」
(エンプティ)「俺はああいうのを理解できない」
(クルークハイト)「自分もだ」
(エンプティ)「何?」
オーフルとクルークハイトは考え方が違うのか?
では、何故行動を共にしてるのだろうか。
(クルークハイト)「エンプティ」
(エンプティ)「なんだよ」
(クルークハイト)「自分も彼の過去を全て知ってる訳ではない」
(エンプティ)「それで?」
(クルークハイト)「最近、彼が頻繁に会ってる人物がいる。その彼と接すれば何か分かるんじゃないのか?」
(エンプティ)「誰なんだ、そいつは」
(クルークハイト)「マーク」
(エンプティ)「マーク…?」
会話したことは無いが、
何度か顔は見たことがある。
あいつか…でもオーフルに影響を与えるほどの人物とは思えなかった。
でも、何かは知ってるかもしれない。
(クルークハイト)「彼の居場所を知ってる」
(エンプティ)「特定したのか?」
SNSで調べ上げたのかと思った。
(クルークハイト)「というより、誰でも知れるというべきか」
(エンプティ)「どういう意味だ?」
(クルークハイト)「どうせ研究所には暫く戻らないんだろ。なら、せっかくだから行ってみろ」
(エンプティ)「分かった」
オーフルに直接聞いても教えてはくれないだろう。ならば周囲の人間に当たってみて、彼の残虐性の理由を知れたらと思った。
(クルークハイト)「場所はここだ」
クルークハイトがスマホを開いて、
場所を教えてくれる。
(エンプティ)「ありがとう」
俺は教えてくれた場所に向かうのだった。


夕日が差し込み、
隙間の白い壁がかつては清潔感があったのだろうと思わせる。だけど今は、壁に茂る葉っぱが何だか哀愁を感じさせる。
(マーク)「ありがとう、また来てくれ」
彼は患者に向かって手を振っていた。
(エンプティ)「あんた…心療内科の先生だったのか」
調べれば専門的な知識が無くても、
彼に行きつくことは可能だった訳だ。
何故なら、患者として行けばすぐに会えるんだからな。
(マーク)「患者としてきたのかい?
それとも…探偵の真似事をしに来ただけか?」
(エンプティ)「どちらでもない、ただ聞きたいことがあるだけだ。あんたの友人についてな」
(マーク)「中に入り給え」
病院の中に入る。
少し古い感じで、さびれた雰囲気だった。
木造で、所々白アリに食われて穴が開いてる。
今時珍しいウレタンのピンク色のソファーもある。
時間が経過し、剥げて中のスポンジが見えてる。
加湿器が起動してて、湿っぽさがある。
人は賑わっておらず、寂し気だ。
(エンプティ)「何だか、幽霊病院って感じだ」
(マーク)「当たってるかもね、実際、あんまり人気の病院って訳じゃないから」
(エンプティ)「そんなんでやってけるのか?」
(マーク)「まぁ、ぼちぼちかな」
(エンプティ)「ふぅん」
何の益にもならない無駄な会話を繰り広げる。
大事なのはそこじゃない。
本題はオーフルについてだ。
それを聞かなければ。
(マーク)「珈琲と、ココアどっちが好き?」
(エンプティ)「いきなりなんだよ」
(マーク)「僕に話をしに来たんだろう、ゆっくり話そうと思ってね。飲み物を飲みながらと思ったんだけど…」
(エンプティ)「俺は別に茶店に来たわけじゃない」
(マーク)「じゃあ、珈琲だ」
彼はインスタントコーヒーをカップに入れて、お湯を注ぐ。
(エンプティ)「話を逸らしてないか?」
(マーク)「飲んでから話をするよ…ずず」
珈琲を一杯口にする。
(エンプティ)「マーク!」
俺は叫ぶと、彼はびくっと震える。
(マーク)「分かったよ、話す…話すよ」
恐らくは俺よりも年上だろう。
にも関わらず、俺に怯えてる雰囲気。
そんな彼がオーフルに影響を与えるとは思えなかった。それでも、何かを知ってるのではと淡い期待を感じながら問うた。
(エンプティ)「オーフルは…なにを考えてる?」
(マーク)「な、何って…世界平和?」
(エンプティ)「今はそういう冗談を聞きたいんじゃないんだがな」
俺は彼をにらむ。
(マーク)「そんなに睨まないでくれよ…」
(エンプティ)「彼は何をしようとしてるんだ」
(マーク)「僕は彼のすべてを知ってる訳じゃない」
(エンプティ)「古い付き合いじゃないのか?」
(マーク)「友達って言えば友達なのかも、でも全てを教えあった仲って訳じゃない」
(エンプティ)「それじゃあ何も知らないのか?」
聞きに来たが無駄だったか?
時間の浪費を感じて何だか、
ため息を吐きたくなる。
だけど、彼は間を置いて少しだけ語ってくれた。
(エンプティ)「…」
(マーク)「…自由」
(エンプティ)「え?」
静寂。
音が遠のく。
(マーク)「彼は何か…自由を求めてる…そんなことを言ってた気がするよ」
(エンプティ)「自由?」
一体どういうことだ?
俺は訳が分からず混乱する。
(マーク)「僕が言えるのはここまでかな。あとは直接本人に聞くか…その時が来るのを待つか」
(エンプティ)「分かった」
その時とは一体何なんだろうか?
でも、それはとても良くないことのように思えた。
知らなければならないとは思いつつも、
真実にたどり着けずにいた。
だけど、思い返してみればもっと本気になって真実に辿り着くべきだったと後悔することになる。


それは唐突に表れた。
災害のように前準備が無く、
ただそこに道があれば通るように、
悪意が通りかかった。
100mを超えた人間をはるかに超えるサイズ感
茶色が基調で、黒いラインの2足歩行の機械。
洗練されて、研ぎ澄まされたそれは、
高機動の雰囲気があった。
(オーフル)「奇想曲戦機(きそうきょくせんき)トップアサレス…始動…さぁ…永遠に夜が明けない前線を始めようか」
バースデーケーキをスプーンで掬うみたいに、
研究所が一瞬で破壊された。
激しい爆音、
揺れる建物。
(エンプティ)「何が起きた!?」
俺はベットから飛び起きる。
時計を確認すると、それは夜。
22時だった。
スリッパのまま、部屋を飛び出す。
すると廊下は異常だった。
周りは悲鳴や塵が炎が舞って視界がままならない。
螺旋階段を駆け下りて逃げようとする人の姿が。
そして、研究所には大きな穴が開いてる。
(オーフル)「エンプティ…」
空いた穴からギョロと見つめる機械の目が。
妖怪の類が目を覗かせたのでは?
そう思うほど恐怖感があった。
だけど、声には聞き覚えが。
それは知り合いだと分かった。
(エンプティ)「どうしてこんなことするならあの時俺を助けた!?」
(オーフル)「父のように…なりたかったのかもしれない」
(エンプティ)「なに?」
(オーフル)「父は有名な作家だった。才能に溢れて称賛されるほどにね…だけど彼はとても不自由だった」
(エンプティ)「不自由?」
(オーフル)「父は自殺したんだよ、この世界では彼が表現できる世界はあまりにも不自由過ぎた。求められるものは金儲けのための作品ばかりだ、真の創造とはそういうものではない。だからこそ彼はその不自由にとらわれ続けて…自殺した」
(エンプティ)「…」
(オーフル)「私は気づいたんだよ、エンプティ。
皆、死を創造してるんだ、だから怖いんだよ。
本来、人間は死なんてものは存在しない。天国や地獄というように、死んだ先を知ってるものは居ない。だったら死なんてものは存在しないんじゃないのか?
消えて灰になった連中は、何処かで俺たちに内緒で楽しく暮らしてるかもしれない。そうだろ?」
(エンプティ)「それは…」
俺には答えられない。
(オーフル)「だから私はノヴァに希望を見出した、それこそが世界を変える死を想像しなくてもいい世界が訪れるための軌跡なのではないかと」
(エンプティ)「それが、あんたのやり方か!」
俺は利用されたのだと気づく。
そして、次第にふつふつと怒りが湧いてくる。
心の中のコールタールが泡立ってるのが分かる。
(オーフル)「そうだ、そしてそれは私一人では成し遂げられないかもしれない。仲間が欲しかった…そして…その賛同者が居てくれた」
(エンプティ)「なに!?」
(オーフル)「さようなら、エンプティ。君は私の仲間とは言える存在ではなかった」
オーフルはそう言って姿を消す。
(エンプティ)「俺の居場所を作っておいて、お前がその居場所を奪うのか!?オーーーーーーーフル!」
俺は自分の声帯が千切れるのではと思うほど、
声を伸ばし続けた。
それでも彼に声が届くことは無かった。
俺はただ…跪いて絶望しか出来なかった。




燃え盛る研究所。
ちりちりと火の粉が周囲を飛び回り、
あらゆる場所が火で満たされる。
空が黒いのは炭化してるからだと思えた。
そんな時、ふと靴の音がする。
(クルーエル)「…」
(エンプティ)「クルーエルだよな…?」
以前にスマホショップに同行してくれた。
彼は仲間だと思って手を差し出す。
(クルーエル)「…」
(エンプティ)「え?」
だけど彼は拳銃を握り、俺に向かって発砲。
心臓が撃ち抜かれる。
(クルーエル)「お前とは仲間の契約を交わしたつもりはない」
(エンプティ)「どう…して…」
胸から血を流して倒れた。
そして意識を失う。
意識が失う前、彼は遠くに向かって歩いた。



すでに火は鎮火し、
辺りはすっかり明るくなっていた。
瓦礫の山の中で、
少し肌寒い春風に対して、
小さな種火が妙に暖かった。
(クルークハイト)「目を覚ましたか」
(エンプティ)「どうして…」
(クルークハイト)「お前を放っておけなくてな」
(エンプティ)「オーフルの…味方じゃないのか?」
(クルークハイト)「…味方…だったさ…だけど彼を理解することが出来なくなった」
(エンプティ)「クルークハイト…」
俺は起き上がろうとする。
(クルークハイト)「おいおい…無理はするなよ心臓を撃たれたんだからな」
(エンプティ)「どうして…俺は生きてる?」
(クルークハイト)「心臓に触れてみろ」
(エンプティ)「これは…」
ざらついた触感。
肉体の柔らかさとは違う石のような硬さ。
それは緑色の結晶だった。
紛れもない…ノヴァだ。
(クルークハイト)「未だノヴァは未知数だ、でも分かったことがいくつかある。それは、今お前が経験してるように傷口を塞ぐ役目だ」
(エンプティ)「…」
俺はノヴァと一心同体になったってわけか。
何だか不思議な気分だ。
自分の身体なのに自分じゃないような。
身体は1つなのに、誰かが同居してるよう。
(クルークハイト)「歩けるか?」
(エンプティ)「あぁ…」
俺は体を起き上がらせる。
(クルークハイト)「これからどうしたらいいのか自分には分からない…なぁ…エンプティ…お前を助けたのには理由があるんだ…それは道を示してほしいからだ」
(エンプティ)「道?」
(クルークハイト)「そうだ…自分は忘れっぽいから…目の前のことしか理解できない…未来への歩き方はエンプティ…お前じゃないと見えない」
(エンプティ)「…」
(クルークハイト)「頼むよ…エンプティ…道を示してくれ」
(エンプティ)「俺の行きつく先が不幸だと分かっていても、ついてくる気はあるか?」
(クルークハイト)「それが道ならば…きっと意味はあると思う」
(エンプティ)「行こう、クルークハイト」
俺は立ち上がって歩き出す。
(クルークハイト)「何処へ行くんだ」
(エンプティ)「まずは情報が欲しい、マークなら何か知ってるかもしれない」
(クルークハイト)「分かった」
俺たちはマークの診療所に向かう。


どたどたと乱暴に歩を進める。
古めかしい診療所だから余計に足場からきしむ音がする。それでも、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに目的地へと向かう。
そしてバンと激しく扉を開けるのだった。
(エンプティ)「マーク!」
(マーク)「そんなに怖い顔してどうした」
(エンプティ)「教えろ、オーフルは何処だ?」
俺は詰め寄る。
(マーク)「…」
沈黙。
深海で言葉を尋ねた気分だった。
(エンプティ)「いつまで他人に従ってる気だ」
(マーク)「それは」
(エンプティ)「オーフルはお前を置いて行った、それはつまり重要な仲間だと思われてないってことだ。そんな奴に義理立てする理由が何処にある?」
(マーク)「うあぁ…」
マークは嗚咽にも似た声を出す。
彼も彼で、精神的に追い詰められてる気がした。
(クルークハイト)「マーク、良かったら君の知ってることを教えてほしい」
隣で静かに諭すように言葉を出す。
(マーク)「オーフルの居場所を言うのは怖いから出来ない。…だが近い情報は与えられる…あくまでも君が自力で探して見つけた…そういう体で居てくれ」
(エンプティ)「分かった」
(マーク)「クルーエルを追いかけろ…それが僕に言える精いっぱいだ」
マークは頭を抱えてる。
それは医者というより俺には患者に見えた。
(エンプティ)「必ず見つけ出す…俺の居場所を奪ったことを後悔させてやる」
オーフル。
あんたは俺に居場所を与えておいて、
その居場所を奪ったんだ。
それ相応の報いは受けてもらうぞ?


平和山。
昼間の時刻、太陽が昇って穏やかな時。
普段は静かに楽しむ場所だと思う。
以前に、クルークハイトと虫を捕りに来たことがあった。あの時はただの山としか思わなかった。
自然の生き物を生かすための緑が、
今では悪意を隠すギリースーツに見える。
緑に茂みに隠れて話す。
(クルークハイト)「平和山なのにな…」
少しだけ火薬の匂いがする。
それは闘争の香りだった。
(エンプティ)「クルーエルが武器を持ってるのは少し違和感だった、なぜならば現代において武器を持つってのはそんなに簡単なことじゃないからな。警察や、軍隊といった特殊な仕事をしてる人間をのぞいて武器を持つってのはこの国において違法だからだ」
では…どうして彼が持っていたのか?
その疑問はすぐに分かることになる。
刺青の入った屈強な怪しい男たちが
トラックに乗って、山の中心部に出入りしてる。
顔のチェックが行われて、
その審査が通った人物だけが中に入れた。
(クルークハイト)「怪しいな」
(エンプティ)「あぁ」
どう考えても、一般人とは思えない。
そもそも山でやってるのが可笑しい。
普通は整備された街中でやった方が移動も楽だ。にもかかわらず、こうやってこそこそしてるんだ。いかにも悪いことしてますってのが分かる。
(クルークハイト)「どうするんだ?」
(エンプティ)「悪いが派手なことをして囮になってくれ」
(クルークハイト)「じ、自分がか?」
(エンプティ)「逆が良いなら、そうするぞ。
俺が囮になって敵を引き付けて、中に侵入するんだ。最も?敵の中心部である山に入る訳だから危険はそっちの方が上だが。囮は早々に逃げていいからな」
(クルークハイト)「うああぁ…」
頭を抱えていた。
どっちにするべきか迷ってるんだろう。
(エンプティ)「迷ってる時間が惜しい、10秒で決めろ」
(クルークハイト)「そんな…」
(エンプティ)「10…9…」
俺はカウントを始める。
(クルークハイト)「分かったよ、自分が囮になるよ!」
(エンプティ)「なら、餞別だ」
俺は手持ち花火を渡す。
(クルークハイト)「うぐっ」
(エンプティ)「頼んだぞ」
俺は肩をぽんと叩く。
(クルークハイト)「うわあああああああ!」
手持ち花火に火をつけて走り回る。
其の瞬間、ロケット花火にも点火される。
そして、あちこちで爆発が起きるのだった。
(謎の人たち)「おい、変な奴がいるぞ捕まえろ!」
追手がクルークハイトに集中する。
(エンプティ)「いい目立ちっぷりだ」
俺はその隙にすっと、中へと入っていった。


山の中はとてもじゃないが、
自然とは思えなかった。
まるで宇宙ステーションのように、
近未来的で、システマチックだった。
移動する床に、カードキーでの開閉。
ここで一体、何をしてるんだ?
適当に扉を開けていくと、
大漁の重火器が出迎えてくれる。
(エンプティ)「1つ…2つ…いや数えるだけ無駄か」
ロケットランチャーに、アサルトライフル。
段ボール箱いっぱいの弾薬。
マフィアの抗争か、戦争の道具としか思えない。
(???)「…」
何か気配を感じて俺は振り向く。
すると、扉についてるガラス窓部分から、
誰かが覗いていたような気がした。
(エンプティ)「誰だ!?」
俺は彼を追いかける。
そして、逃げたであろう部屋に入る。
それは管理ステーションと呼ばれるものだった。
ここに居るだろうと思い、
先ほどの武器部屋から盗んだ拳銃を手に持つ。
そして、突撃する。
そこは異常な空間だった。
100mほどの高さがある洞穴を見つけた。
地下をくり抜いて作ったのだろうと分かる。
(エンプティ)「これは…一体」
近くにあった端末に触れると、
その洞穴を作った理由が分かる。
(エンプティ)「Aigaプロジェクト?」
アイガ…ってなんだ?
それは分からなかったが、
そのアイガプロジェクトを成立させるために必要なものとして強大な兵力。
自立思考型装甲部品(セルフ・ギア)を用いて敵勢力のせん滅を行う…そのプロジェクトのリーダーはオーフル…ノクターン。
そして、端末を移動させて見ていく。
すると、あの時乗っていたトップアサレスと呼ばれる機体の情報も書いてあった。
この地下をくり抜いて作った洞穴に、
あのロボットを落として整備、または作っていたのだろうと分かった。
地下に作ることで人間は整備しやすくなる
それにパーツなどをクレーンで上空に運ぶよりも下に降ろした方が楽だ。
だから、こんな場所で作ったんだ。
理屈は理解できる。
だが…オーフルは近所の子供が虫を取りに遊びに行く山で怖ろしい兵器を作ってた。
その事実は許されるべきものではないだろう。
(エンプティ)「くそっ!」
俺は壁を叩いて苛立ちをぶつける。
きらっ…何かが輝く。
それは光の反射のように思えた。
一瞬、それが何か分からなかった。
だが、すぐに察して頭を伏せる。
(エンプティ)「ちくしょう!」
窓ガラスに小さな穴が開く。
それは弾丸ほどの大きさだった。
窓ガラスは貫通。
そして、背後の壁に小さな穴をあける。
(エンプティ)「誰かが…俺を狙ってるな」
先ほどの武器エリアで隠し持っていた、
銃を構える。
相手は恐らく狙撃手…スナイパーライフルだ。
だったら俺もこいつで行く。
この施設内で戦うのは分が悪い気がした。
なぜならば、ここは敵の施設で恐らく、
監視カメラか何かがあるからだ。
相手は監視室でそのカメラをのぞけば。
俺の位置はすぐにわかる。
ではどうすれば勝てるのか?
それは外に出る事だ。
森の中ならば、監視カメラの映像は届かない。
そこまで行けば俺に勝利の可能性が見えてくる。
俺は走り出した。


???視点ーーーーーーーーーー

鬱蒼と茂る森の中。
雨が降ってて体の体温を奪う
太陽は居心地が悪く、
空に出てこない。
静かで、人の気配はまるでない。
そんな雰囲気だった。
(???)「クルークハイトに集中させたからな…今…この場に人は居ない…そっちの方が俺もやりやすい…何故なら…この場に居る人は撃ってもいいって分かるからな」
俺は耐水性の高いドーランを塗る。
落ち葉や泥などの色に溶け込むために。
そして、これだけでは不安だ。
防水スプレーもしておこう。
最後にフィニッシングパウダーをつけて完璧だ。
これでメイクが落ちることはない。
森には目立つ建物は無い。
だから巨大な木を背景に視線誘導を行う。
その手前にある茂みに隠れて、
俺はスナイパーのスコープを覗く。
反射しないようにスコープにブラインドを装備。
レンズの曇り防止に眼鏡の曇り防止クリームを塗ってある。

俺はうつ伏せの体制になる。
恰好はギリースーツ。
近場の葉っぱを張り付けでカモフラージュだ。
身体の色は緑と茶色。
左目はずっと閉じて右目はスコープをずっと覗く。
まばたきをした瞬間に敵が動いたら見逃すからだ。
(???)「くそ…涙が」
ドライアイになり涙が出るが我慢だ。
スナイパーってのは前衛と違って我慢比べだ。
銅像のパフォーマンスみたいに、
何時間…いや何日も動かずに居られる人間が勝つ。
そういう戦いだ。

そして、他にも気を付ける必要なものがある。
それはスナイパーのトリガーだ。
指先は少し離しておく。
暴発が怖いからだ。
少し動いたものを発見して、反射で撃つ。
だけどそれは自然の生き物でした。
なんて間抜けなオチはごめんだ。
ターゲット以外を撃ったら最後、
俺の位置がバレて終わりだ。
敵が無能ならばともかく、精鋭だと仮定。
一発で角度、銃声による距離、方向がバレる。
つまりは一回のミスで死ぬってことだ。
緊張する。
本来ならば必要な汗も、
この時ばかりはかかないで欲しいと願うばかりだ。


そして、他にも大事なのは風。
葉っぱの揺れを見て風速や風向きを確認。
風は右から来てる感じだ。
葉っぱがなびいてるからな。
そよ風程度で弾への影響は軽微だろう。
だが…想定してなかった問題が出た。
今現在、雨が降ってる
このせいで弾が通常よりも下に向く可能性がある
ミサイルほどの強力な推進力なら話は別だが、
弾丸は小さいからな。
雨粒の重さが加算されて下に動く可能性がある。
(???)「調整っと…」
スコープのつまみを回転させる。
そうして倍率をあげる。
老眼鏡をかけるみたいに、
見るもののサイズが大きくなる。
そして、本来のターゲットの想定よりも上に調整する。
これで心臓に当てられるはず。
エンプティの身長は180cmほどだ。
したがって、スコープの計算は…。
(敵の身長×1000)÷ミル数=距離
こうだ。
例えば(180×1000)÷4ミル(黒い点4つ)
=450mになる。
これで相手と俺の距離が分かるってことだ。
これを考え付いた人は凄いなと思う。
…しかしあいつ…心臓を撃ったはずなのにどうして生きてるんだ?
まぁ…いい…もう一回撃てばいいだけのこと。
前回は失敗だけのこと。
今回は成功させればいい。
それが俺の契約だ。
あいつを殺すってな。
(???)「…」
茂みに隠れて、その時を待つ。
しかし向こうも手を出してこない。
じれった気持ちだ。
さっさと撃ち殺してやりたい。
でも、それをしてしまえばこっちが殺される。
今は我慢…我慢なんだ。
ふと、カラスが飛んでくる。
じっとこちらを見ている。
見るんじゃねぇ…追い払ってやりたい気分だ。
でもここで追い払ったらカラスが急に飛び立つことになる。それは明らかに変だ。
(???)「…」
相手も撃ってこない。
まだ我慢比べは始まったばかりだからな。
これからだ。
(???)「うぐっ…」
顔に這い上がる違和感。
ふさふさとしてはいるが、
獣のような愛らしいものではなく、
不快感が上回る。
そして無数の足が俺の頬を歩き回る。
これは…毛虫だ!
どうしてカラスが俺に興味を持ったのか分かったぜ。
餌だ、餌を求めてるんだ。
俺の顔についてるこいつを食おうって言うんだ。
さっさと咥えて何処かに行きやがれ!
そうは思うが動くわけにはいかない。
今の俺は赤信号の車と同じくらい止まってないといけないんだ。
(カラス)「かぁ!」
カラスが飛び立ち、俺に向かって滑空してくる。
そして、そのまま嘴が俺の顔目掛けて飛んでくる。
(???)「ぐぅっ…」
嘴が突き刺さって痛い。
血は…出てない。
これで出たら赤は目立つ。
カラスは俺を攻撃してるんじゃない。
食事の邪魔しないように、
俺は食器の気分にならなければならない。
食器が勝手に動いたら中のスープが零れるからな。
動いてはダメなんだ。
(カラス)「…」
カラスは満足して去っていった。
それと同時に俺の顔についていた毛虫も消える。
あの足が無尽蔵に這いずり回る感覚は、
決して気持ちのいいものではない。
早々に消えてくれてよかった。
これで敵に集中できる。



ごぅごぅと、風が強くなってくる。
雨も強く、人間の涙程度だったものが、
リストカットされた血液並みの量になってる。
肌寒く、春にも関らず息が白くなる。
(???)「移動するなら…今か?」
敵が見つけられない。
もしかしたら俺が見てる場所とは違うかもしれない。
そんな焦りを感じる。
本当は今もそこに居て、
俺が見つけられないだけかもしれない。
だけど、万が一他に居たなら?
そんな不安が俺の心を支配する。
俺の心の弱さが出てしまう。
(???)「敵はきっと…別の場所だ」
俺は匍匐前進で移動する。
1秒で1cmを意識して移動。
早く動いてしまうと、それだけ大きな騒めきになる。
だから、落ち着いて動かないといけない。
ナマケモノよりも遅く俺は動く。
(???)「よし…ここでいいか」
先ほど隠れていた茂みと大きな違いはない。
どちらも目立ちにくい場所。
それが共通点としてある。
そして、他に目立つものがあるってことだ。
それは桜。
次の場所では身体に落ち葉をつけて立て膝で隠れる
身体全体がピンクと茶色になる
木の間にスナイパーを乗せてブレ防止をする。
バイポットの代わりに木の幹だ。
そうして武器を構えてると、
ふとした違和感を覚える。
顔が妙に…痛い…いや違うな。
これは痒いだ。
(???)「うぐっ」
かゆみ止めの薬さえあればと思う。
顔全体に塗りたくりたい。
指先の爪で思う存分かいてやりたい。
そんな欲求が俺に襲い掛かる。
どうしてこんな急にと思ったが、
1つ思い当たる節があった。
それは毛虫だ。
奴らは毒を持っていて、
その針が人間にとっては死ぬほどではないが、
強烈なかゆみを生むと。
(???)「…」
ここで快楽に負けてかいてしまったのならば、
俺は本当に死ぬ。
かゆみで死ぬのは格好悪い。
それは勘弁願いたい。
だけど、かなり痒い。
思わず引き金に手がかかりそうだ。
向こうも俺と同じくらい苦しんでるのか?
それとも余裕で俺のことを観察してるのか?
分からない。
敵の行動が一切表示されない。
なにしてるのかさっぱりだし、
そもそも居るのかどうかすら分からない。
もしかしたら逃げたのでは?
そんな焦燥感が俺を支配する。


エンプティの視点ーーーーーーーーーーーーー

(エンプティ)「すぅ…ふぅ…」
俺は深呼吸する。
スナイパーの勝負は我慢比べ。
先に何かしらの理由で動いた方が負けだ。
俺はただひたすらに我慢する。
自分自身が中身の無い人間であると思い込む。
そうすれば感情も無いのだから、
この我慢も気のせいだと思えるからだ。
ドーランや、ギリースーツなどの方法で、
敵は隠れてるに違いない。
でも、俺にはそんな高尚な装備はない。
そんな俺でも隠れるにはどうすればいいのか?
俺が選んだのはこれだ。
地面の中に隠れる。
土の中に居るからギリースーツは不要。
顔に泥を塗ってる。
息が出来るように上空に穴を開けてる。
敵が衛星写真を使えるのならば、
上空から見れば一発で穴が開いてるから違和感だ。
その時点で勝負は負けてる。
にも関らず、こうして俺は生きてる。
ということは衛星を使えるような上等な相手って訳じゃなさそうだ。
なら…勝ち目はあるかもしれない。
(モグラ)「くちゃ…くちゃ…」
不快な咀嚼音が聞こえる。
ラーメンを啜るみたいに、ミミズを喰ってる。
もし、これが店の中ならば苦情を言いたいところだ。
けれど、俺が真っ先に思ったのはそんなことではなかった。
(エンプティ)「腹…減ったな」
戦いおいて、重要なものの1つに食料がある。
これは誰もが知ってるが、
誰もが叶えられる訳ではないのが重要だ。
今の俺には遠い、ネットの向こう側の代物だからな。
今いるこのモグラを食ってしまおうか?
そんな気になってくる。
しかし、こいつを食うことで腹を下したら?
腹痛の状態で意識を集中させるのは不可能だ。
ならばここは安全をとって食うべきではない。
勝負に決着がついてからでいい。
飴でも…舐めたい気分だ。
俺は引き続き相手を目視で捜索するのだった。


???視点ーーーーーーーーーーーーーー

(???)「うっ…」
春の風や強い雨が俺の体温を奪う。
そのせいで、何かが湧き上がってくる。
やめろ…それは…人間として尊厳が。
そんな風に頭では思っていても我慢するのが限界。
ふと、妙に足元が暖かく感じる。
そればズボン全体に広がる。
そして辺り一帯に僅かではあるが、
アンモニア臭が広がるのだった。
(???)「うあぁぁ…」
情けない気分になる。
子供ならともかくいい年した大人が漏らしたのだ。
なんとみっともない。
ズボンが黄色くなってるかもしれない。
でも確認するわけにはいかない。
俺は敵を逃すわけにはいかないのだ。
瞳は山をのぞき続ける。
その何処かにエンプティが…敵がいるかもしれないのだから。


足元がもぞもぞする。
なんだ…何かがいる。
ヌルッとした触感。
それは1つではなく複数だと分かる。
直接確認した訳ではないが、
俺の頭の中で答えに行きつく。
小便を漏らしたから、それが餌だと勘違いしたんだ。
ある匂いと誤認して。
それは血液。
森に居る生物で、血液を主食とする生き物は限られてくる。蝙蝠はありえない、近くに来ればすぐに羽音で分かる。では他の何か、それはヒル。
(???)「うごぉ…」
身体の中を這ってるのが分かる。
俺の血液はさそがし美味しかろう。
しかもありがたいことに動かないのだ。
普通、獲物ってのは食われないように走り回る。
でも、今はそういう訳にはいかない。
俺はヒルよりも大きな獲物に狙わてるのだから。
我慢だ…引きはがしたい欲求にかられる。
それでも我慢…我慢だ。
俺は微動だにしない。
充電の切れたスマホのように動かない。
この戦いは我慢したほうが勝つ…そうだ。
我慢した方が勝つんだ。
自分に強く言い聞かせる。
精神力の勝負…これほどまでに辛いとは。
泣き言を言いたくなる。
だけど、そんなに俺にも天啓の光が舞い込む。


突然、葉っぱが揺れ動く。
何だろうと思った次の瞬間だった。
森のカラスが一斉に飛び立つ。
それは俺の傍じゃない。
遠くだ、遠くで起きたんだ。
どうしてそれが起きた?
カラスにとって良くないことが起きたからだ。
そのよくないことの原因は何?
頭の中で連想が広がっていく。
そして、ある答えに行きつく。
人間が手で追い払った?
あそこにエンプティが居るかもしれない。
照準を合わせていく。



曇りが晴れて日光が入ってくる。
それはまさしく天啓の光。
我慢に…我慢を重ねた俺にこそ、
希望は相応しかったのだ。
喜びに満ちる俺の心。
実際にはしゃぐ訳ではないが、
心の中は幸せの絶頂にたどり着いた気分だった。
奴も想像してなかったのだろう。
これは偶然の産物。
レンズが反射したのだ。
それは、スコープに雨粒が溜まったからだ。
雨粒が溜まるのは人工的なものだけだ。
それは、つまりそこに人が居るってことだ。
(???)「すぅ…」
息を軽く吸って、息を止める。
呼吸で銃がブレるのを防ぐためだ。
(???)「あばよ、エンプティ。これで契約終了だ」
俺はスナイパーの引き金を引いた。
それは幻聴かもしれない。
けれど確実にそれは成されたと思った。
レンズの…割れる音。
(???)「俺の…勝ちだ!」
俺は立ち上がった。
其の瞬間だった。
腹部に弾丸が命中し、貫通。
そのまま後ろの木の幹に弾丸が埋め込まれた。
(???)「なん…で…」
立ち上がったばかりなのに。
俺は一瞬で倒れた。
地面の泥がクッションになったが、
腹部が貫通した今の俺には僅かな延命にしか過ぎない。
冷たい泥が体温を奪っていく。
臓物を踏みつけたような足音が聞こえる。
そして、誰かが俺の傍に近づいてくる。
(エンプティ)「クルーエル…」
(???)「なんで…お前が生きてる…?」
(エンプティ)「お前の敗因は先入観と焦りだ、もしかしたらという可能性を考えずにチャンスが来た瞬間に撃った…そこに俺の勝機があったんだ」
(???)「…先入観?」
(エンプティ)「スナイパーはレンズを覗き込むものだと」
(???)「レンズも覗きこまず…どうやって」
俺が撃った時は500mほどあったハズだ。
ミルドットで確認したから間違えない。
人間が人間を視認できるのは100mが限界のハズ。
それ以上は何かしらの機械の手を借りないと見れない。
(エンプティ)「正確に言うならば、俺はレンズをのぞいていた。だが、身体は別にあったのさ」
(???)「どう…いう…ことだ?」
(エンプティ)「潜水艦などで使われる潜望鏡を俺は使った。そのため俺の身体は地下に、レンズは地上にあった。お前はスナイパーはレンズを覗き込みながら撃つものだと思い込み、射撃。お前…凄いよ…射撃の腕は本物だ。間違えなくな、だから、ほら」
エンプティは壊れたレンズを見せてくれる。
そのことが俺の射撃は命中したのだと教えてくれた。
(???)「当たっては…いたんだな」
(エンプティ)「だけど…そこには俺は居なかったんだよ…クルーエル」
(???)「俺の…負けか…」
がっかりだぜ…ちくしょう。
幸福の絶頂はあまりにも短かった。
宝くじは当たったのに、当選金は受け取れなかった気分だった。



エンプティ視点ーーーーーーーーーーーーー


雨に打たれて、ドーランが剥がれ落ちる。
そして、素顔であるクルーエルの顔が見えてきた。
泥の上で横たわるクルーエルは何処か満足そうだ。
(エンプティ)「オーフルは何処にいる?」
(クルーエル)「マークのやつが知ってるかもな…」
結局のところ、あいつが全て知ってるのかもしれない。
(エンプティ)「どうして、あのロボットを…セルフギアを生み出した?」
(クルーエル)「勝つためさ、戦争にな」
(エンプティ)「戦争だと?」
(クルーエル)「そうさ、人間とAiの…な」
(エンプティ)「その戦いに何の意味がある」
(クルーエル)「お前には無くても…他の奴らにはあるってことだ」
(エンプティ)「それが正義か?戦争を起こすことが本気で正しいと思ってるのか?」
(クルーエル)「くっ…はははははは」
笑い出す。
(エンプティ)「何が可笑しい?」
(クルーエル)「お前の友人である、ガロウズ。奴だって持ってるんだぜ?」
(エンプティ)「なに?」
(クルーエル)「お前の言う敵も、友人も、みんな、みんな、みーーーーーんな…戦争の道具を持ってるのさ、誰しもが戦争の火種を持ってるのさ、エンプティ。正義ってなの火種がな!」
(エンプティ)「…」
何がどうなってる。
分からない…ガロウズ…お前もなのか?
どうして…セルフギアを持ってる?
(クルーエル)「へへ…」
生を感じられない気持り悪い笑みを浮かべる。
そして、ポケットから拳銃を取り出す。
(エンプティ)「まだ…やる気か?」
俺はライフルを構える。
スコープが壊れたので、アイアンサイトになってる。
でも、それでも敵の心臓を撃つには十分だ。
(クルーエル)「人は契約しちまったんだよ…エンプティ」
(エンプティ)「契約?」
(クルーエル)「人は死に騙されたんだ。地上こそが楽園だってな、そうして愚かにも契約したが、実際は嘘だった。この世界に居る人たちは全て愚か者たちの集まり。だから醜く争い、互いの権利を主張し合う。
俺は死ってやつに文句を言わないと気が済まない。
俺は恐らく…もう少し生きる予定だったに違いない。
だけどよ…計画変更だ」
そう言って自らの眼球に銃を入れ込んだ。
酷く痛々しいその姿に俺は慌てて手を伸ばす。
(エンプティ)「やめろ!」
(クルーエル)「予定を狂わせてやる…ざまぁみろ。
契約を破棄…するぜ…」
クルーエルは…顔がぐちゃぐちゃになる。
けれど口元だけは残っていて、
何処か笑ってるように見えた。
それは…自分のするべきことを分かってる人間の顔だった。
(エンプティ)「クルーエル…」
それは死に愛されなかった男の無慈悲な最期だった。
しかし、彼は死に対して喧嘩を吹っ掛ける前向きさがあり、それが俺にとっては何だか戦ってる男という感じがして何だか嫌いになれなかった。







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