自害しなかった魔族

唐草太知

文字の大きさ
上 下
2 / 12

第2話:魔族との日常

しおりを挟む
枕元に・・・誰かが立ってる気がする。
「・・・」
「アリア?」
「・・・」
彼女は僕に手を伸ばす。
このまま首を絞めるのだろうか?
漠然と、そんなことを思う。
「ねぇ」
「なに?」
「そろそろ・・・起きて」
「ん・・・」
僕は眠い目をこすって起きる。
(ごーん・・・ごーん・・・)
時計塔の鐘が鳴り響く。
朝の6時ぐらいということだろう。
「もう少し寝てる?」
「いや、起きるよ」
僕は布団を剥がす。
そろそろ温かくなってきたとはいえ、まだ肌寒い。
布団が恋しくなるが、一生の別れでは無いのだ。
今夜にまた、抱きしめてやろう。
「洗面所に行こう」
「分かったわ」
僕らは寝室から洗面所に移動する。
「水を出してもらえる?」
「えぇ」
アリアがパチンと指を鳴らすと、桶に温かい水が溜まる。
「アリアも洗いなよ」
「そうするわ」
2人してじゃぶじゃぶ洗う。
「これ使って」
「ん」
清潔なタオルで顔をごしごし拭く。
「歯を磨こう」
「これは何で出来てるの?」
「魔族の毛」
「そう」
「歯磨き粉もあるよ、ハーブオイルに重曹。
塩と水で出来てる」
「用意がいいわ」
「まぁね」
二人してしゃこしゃことガラスの鏡を見ながら磨いていく。
歯磨きも終わり、自由な時間になる。
「これから何するの?」
「そうだな、朝食でも取ろうか」
「私、作る?」
「それも悪くないけど、今日は止めておこう」
「それじゃ、生米でもかじる?」
「お腹壊しそうだからいい」
「そう・・・」
昨日、夕食食べなかったからそうやって飢えを凌いだのか?
そんなことを思った。
「パン屋にでも行こうと思って」
「いいわね、場所は近いの?」
「歩いて行けるよ」
「それなら気軽に行けていいわね」
「じゃ、出かけよう」
「えぇ」
アリアはCAの格好に着替える。
そして、僕はマントを羽織る。
その下は、短パン、すね毛、サンダルという格好だった。
「よし行こう」
「寒くないの?」
「寒いけど、楽なんだよ、この格好」
「せめて長ズボンくらい」
「いいんだってば!」
「レイがいいならいいわ」
そんなやり取りをしつつ、パン屋に向かう。
「これは・・・いつもこうなの?」
「そんな」
看板にはcloseと書かれていた。
「私には閉まってるか営業中か分からないわ」
「閉まってるよォ!」
僕は落ち込む。
「定休日なのよ、きっと」
「今日はやってる筈なのに」
「でも、閉まってるわ」
「何か用事がある筈なんだ・・・」
「張り紙に続きが」
「読んでくれ!」
「王様の元へ行ってきます・・・だって」
「そういえば、ここの主人は毎日届けてるんだった」
「これじゃ、朝食は無し?」
「せっかく出向いたのに無駄足はごめんだ。
近くの市場に行こう、そこで食材を買ってご飯作ろう」
「分かったわ」
僕はせっかく温かいパンが食べられると思って期待していたのでショックが大きかった。
でも、空いてないのだから仕方ないだろう。
そうして、近くにある市場へと向かう。
「ここが市場だ、ここで買えない食材は無いって言われてるぐらい種類が豊富なんだ」
「ここが・・・」
色とりどりの食材たちが青空の下、並ぶ。
皆、テントを張っていて、その下で店をやってる感じだ。
野菜、肉、魚、何でもある。
生物は腐らないようにか氷が敷き詰められている。
「色々あるから、好きに回ろう」
「そうね」
僕らはまず、肉屋に向かう。
「いらっしゃい、新鮮な肉が置いてあるよ!」
「それって人間の?」
「ま、魔族!」
店主の男は慌てていた。
「買い物に来ただけよ、襲ったりしないわ」
アリアは冷静だった。
「きょ、今日は店じまいだ!」
肉屋の男は急いで店をたたむ。
「私・・・嫌われてる?」
「恐れられてるんじゃないかな」
「そう?」
「魔族は多くの人を殺める存在だから」
現に、彼女と初めて会った時、足元には無数の死人が居た。
アリアは可愛らしい所があるが、決して善では無いのだ。
「でも、僕は気にしない。アリアは悪くないよ」
「貴方ってやっぱり不思議よ、レイ」
「そんなことないよ、普通だ」
「いえ、不思議よ。
ああやって怯えたり、あの剣士のように憎悪を向ける方が正しい気がする」
「そうされて、君は嬉しい?」
「別に嬉しいわけでは無いけど、そっちの方が正しい反応だって思えるだけで」
「正しいって何?」
「正しいって、だから、魔族を敵視することよ」
「それは僕にとって正しいことじゃない」
「レイ?」
「僕は君と一緒に居るのが楽しいと思う。
だから敵視するのは正しくないよ」
「だけど、私は綺麗じゃない」
「どうして、そんなことを?」
「私は・・・人間を食べたことはあるわ」
「それは・・・好んで?」
「好んでではないわ、周りが食べるように強要してきて。
魔族の中で人間を喰わないのは可笑しいから、私もそれが自然なんだって思ってた」
「でも、今は違うだろ?」
「レイが食うなって言うから食べないだけ。
出されたら食べるし、別に吐き気を感じるとかは無いわ。
でも・・」
「でも?」
「レイが嫌がるなら・・・食べないわ」
「アリア・・・」
「私は世間に受け入れられるとは思えない」
「そんなことないさ」
「だけど、自信ないわ・・・私の過去は人から忌み嫌われるだろうから」
「誠実に生きればいい。人を傷つけることに罪悪感を覚え、人に優しくする気持ちを持つんだ。
そうしたら、いつの日か僕と同じように人間族から好意を向けられる筈だ」
「そう・・・かしら」
「大丈夫だよ、ここに1人居るじゃないか。
僕は君の中の善を信じてる」
僕は自分を指さす。
「えぇ・・・そうね」
アリアは笑わなかった。
「さて、話も終わったことだし、青果店に向かおう」
「そこには何があるの?」
「美味しい果物さ!」
「気になるわ」
「行こうか」
「えぇ」
僕らは青果店に向かう。
「いらっしゃい」
店主がつまらなそうにタバコを吸って新聞紙を読んでいる。
「あの・・・」
「なんだ?」
「私・・・買っても?」
「客なんだ、別にいいだろう」
「魔族でも?」
「ん?」
店主がこちらの顔を見てくる。
「魔族でも・・・買っていいですか?」
「好きにすりゃいい」
店主は新聞を読み直す。
「ありがとう」
「変な客が来たもんだ」
「マンゴーを1つ」
「50クロカ」
アリアはコインを一枚出した。
「まいど」
紙袋にそれは入れられた。
「受け入れてくれる人も居るだろ?」
「えぇ」
「なぁ、アリア。人間も悪くないだろ?」
「そう・・・ね」
僕らはとてもいい雰囲気だった。
でも、言わないといけないことがあったので伝えることにした。
「アリア」
「なに?」
「あの・・・僕の分は?」
「あっ」
「1つだけじゃなくて2つにしてくれよォ!」
「ごめんなさい、すっかり忘れていたわ。
戻って買い直す?」
「なんか、買い終わった後で店に戻るのって恥ずかしいからいいや」
「次からは気をつけるわ」
「そうしてくれ」
僕はため息をつく。
「それじゃ、レイの夕食はどうしましょう?」
「どうしようか」
僕は悩んでいた。
そんな時だった、偶然ある人物と出会う。
「お前ら、ここで何してる?」
ロストが、紙袋を持っていた。
「そっちこそ何してるんだ?」
「トマトやレタスを買ってたんだ」
「へぇ、それだけで足りる?」
「パンに挟む分を買っただけだ」
ロストの紙袋からは、よく見るとパンがはみ出てる。
すると、タイミング悪く腹が鳴る。
「あっ」
「なんだ飯食ってないのか」
「あはは」
僕は笑うしかなかった。
「やろうか?」
ロストはパンを取り出す。
「いや、大丈夫」
「そうか?」
「アリアに作ってもらおうかと思ってたから」
「私?」
「そう」
「へぇ、その使い魔がか」
「今、練習中でね」
「なるほど、それじゃ余計な話だったな」
ロストは去って行った。
「でも、前に失敗したわ」
「今回なら上手く行くって」
「それは命令?」
「命令だ、ハンバーグを作ってくれ」
「分かったわ」
僕らは家に戻ってハンバーグを作り始める。
自宅に戻り、キッチンに向かうアリア。
「大豆ね、大豆」
僕は材料を指定する。
「肉はダメ?」
「まだ怖いなぁ」
人間だったらというのがぬぐい切れない。
大豆だったら安心だろうという考えだ。
「分かったわ」
「見てようか?」
「見られてると、やりにくいから待ってて」
「分かった」
と言われたので、僕は気長に待つことにした。
1時間ほど経つと、ハンバーグを持ってくる。
「出来たわ」
「お~」
今度は見た目はいい感じだ。
「前に焦げてるって言われたから」
「前回の反省を生かしてる!」
やっぱり、アリアは結構賢いと思う。
「さぁ、召し上がれ」
「それじゃいただきます」
僕は手を合わせていただく。
「感想は?」
「これは・・・なんて・・・」
触感は悪くない、見た目だって香ばしそう。
だけど・・・味が・・・違和感・・・。
「どう?」
「不味い!」
「ダメ?」
「なんでハンバーグなのに甘いんだ!」
「調味料が分からなくて、どっちも白じゃない」
「味見してくれ!」
「味見?」
「味が変じゃないか自分の舌で確認するんだ」
「ごめんなさい、次から気をつけるわ」
「そうしてくれ」
今日の食事はあまり上手く行かなかった。
「何処に行くの?」
「研究部屋、アリアは部屋の掃除をしてくれ」
「分かったわ」
「さてと」
僕は研究部屋に入り、実験をする。
だけど初めて間もなく、失敗する。
部屋の中から爆音がして、それは家全体へと響いた。
「どうしたの?」
アリアがさすがに心配になって僕の部屋に入って来る。
「げほっ・・・失敗だ」
僕は煤だらけになる。
「もう、汚れてるわ」
アリアはハンカチで拭いてくれる。
「ありがとう」
「何の研究してたの?」
「防御魔法さ」
「貴方の得意技?」
「そう、なんてったってこの国の結界は僕の研究成果だからね」
「だから街に入れなかったんだわ」
「この国は星形で、それぞれ5つの塔が存在する。
通称、スターコネクト・タワー。その制作に関わったんだ」
「レイって凄いのね」
「まぁね」
ふふんと僕は得意げになる。
「でも、失敗するのね」
「そりゃ、そうさ僕は天才では無いからね」
「失敗しても、研究を続けるのはどうして?」
「諦めが悪いんだ、僕は。
例え99回失敗したとしても、残りの1回で成功すればそれは成功なんだよ。
天才ってのは、その99回の失敗をしなくても、たかが1回で成功できる。
でもね、才能が無い僕でも一回さえ成功すれば天才に近づける。
だって天才でも凡才でも失敗の数は違えど、成功は同じ1回だからね」
「そう・・・」
「アリアもめげずに人と触れ合うといい。
きっと世界が広がる筈だ」
「それは命令?」
「んー・・・これは命令じゃなくてお願いかな」
「それなら考えておくわ」
「やっぱり難しいか」
僕は苦笑する。
「何処に行くの?」
僕がすっと立ち上がったからアリアが気になったのだろう。
「いやぁ、ハンバーグだけじゃ足りなくて。
ロストの所へ行こうかと」
僕はお腹が空き始めていた。
「やっぱり、貰うの?」
「一回、断っておいてなんだけどね。
ダメだったら諦めるさ。とりあえず行ってみるよ」
「私は待ってるわ、部屋の掃除でもしてる」
「どうして?」
「だって、剣士の子は魔族を嫌ってるじゃない」
「気にしすぎだよ、それぐらいで交渉の結果は変わらないって」
「変わると思うけど」
「1人で行くのは寂しい、だから来てくれ」
「それは命令?」
「命令だよ」
「はぁ、分かったわ」
アリアはため息をついていた。
僕らは夜の街を歩きだす。
そして、剣士の家の前までやってきた。
「それで?今更貰いに来たってわけか」
「いやぁ、あの時貰っておけば良かったんだけどね。あはは~」
「だからって夜中に来るか、普通」
「だよね、やっぱり無理?」
「しょうがねぇ奴だな、今、持ってくるよ」
ロストはどうやら持ってきてくれるらしい。
「助かったね、アリア」
「そう・・・みたいね」
「ほらよ」
ロストは紙袋に入ったパンを渡す。
しかも、アレンジが効いておりトマト、レタス、ベーコンが挟まっていた。
「助かるよ」
僕は400クロカを渡す。
「金は要らん、別にそこまで困ってない」
「でも、悪いしさ」
「俺が貧乏人に見えるとでも?」
「いや、そうは思ってないけど」
「なら必要ないだろ」
ロストは、バンと扉を強く締めて僕らを追い出すようにした。
「あぁ言ってるし、ご好意を貰っておこうか」
「乱暴な人だけど、優しいのね」
「まぁね、長年の付き合いだし」
僕らは自宅に戻る。
そして、リビングで、パンを頂く。
「それじゃ、いただこう」
「そうね」
2人してかじる。
「美味しい!」
「本当だわ」
アリアも喜んでる気がする。
笑ってないのでわかりにくいが。
「パンが時間が経ってるのにも関わらずサクサクで
トマトの酸味と甘さがベーコンの塩気を引き立ててる。
そして、ベーコンの油っぽさをレタスが受け止めてる気がする」
「饒舌ね」
「え・・・あ」
アリアはちょっとムッとしてる気がした。
僕は心にちくりと針が刺さった気がした。
「いや・・・その・・・君の料理も悪くないと・・・思う」
「悔しいわ」
「そのうち上手くなるって!」
「期待してて」
そんな風に食事が終わった。
「さて、そろそろ研究に戻ろうかな」
「見てていい?」
「緊張するなぁ、嫌って言ったら?」
「気になるのよ」
「うーん」
「どうしてもダメなら諦めるけど」
「いいよ」
「本当?」
「上手く行かなくても笑わないでくれよ?」
「笑わないわ」
「君は笑わないか」
僕は苦笑する。
研究室に入り、魔法の研究を行う。
「何の研究?」
「そうだな防御魔法かな」
「攻撃魔法は覚えないのね」
「誰かを傷つける魔法を覚えるのは違う気がして。
そのことをロストに言ったら、
誰も傷つけないのは何もしないのと一緒だって怒られたけどね」
「優しい考えよ、私は攻撃魔法を覚えなくていいと思う。
だからレイは間違ってないわ」
「ありがとう」
僕は笑みを浮かべる。
「それで何するの?」
「まぁ・・・そうだな土壁でも作ったらいいかなって」
「攻撃を防ぎそうだわ」
「イメージとしては出来てるんだけど」
「けど?」
「具体的には出来ないんだよなぁ」
「練習してみましょう?」
「杖に魔力を込めるね」
僕はぎゅーっと杖に魔力を込める。
すると茶色く発光する。
「何だか嫌な予感がするわ」
「アリア、暴走する!」
どがーんと杖から泥があふれ出す。
「泥だらけよ」
アリアが小汚くなる。
「あはは・・・ごめん」
「怒ってないわ」
「本当?」
「ええ」
「お詫びってわけじゃないけど僕がお湯を沸かすよ」
「私が淹れた方が方が早いわ」
「それもそうか」
「今日は一緒に入るの?」
「お邪魔しても?」
「いいわ」
そうして僕らは共に風呂場へと向かう。
アリアが指を鳴らせば、すぐにお湯が溜まる。
「脱ぐぜ!終わり!」
僕はさほどファッションに興味があるわけではない。
なので、履くのも簡単、脱ぐのも簡単なのである。
「着替えるの早いわ」
「お先」
僕は風呂に先に浸かる。
そして、やや遅れてアリアが入る。
「お待たせ」
バスタオル一枚で覆われたその身体。
奥には美しい裸体が・・・想像するとヤバい。
「ぐはぁっ」
僕は鼻血を出す。
「また出してる」
アリアはバスタオルで僕の鼻を拭いてくれる。
「ひゃりがとう」
「桶に出してね、浴槽が汚れるのは嫌だわ」
「ふぁい」
僕は桶にぼたぼたと血を垂らす。
風呂から出た後、着替える。
僕はパジャマ、アリアはアロス・ネグロ・ベスティード(イカスミのドレス)に。
「今日も同じ寝室でいいの?」
「まだ君の部屋は汚いだろうしね」
「そうね」
僕らは寝室に向かう。
ベットの上に2人で座り、話し合う。
「さて、今日も笑顔の練習しよう」
「またなの?」
「君が笑顔になるのが最終目標だからね」
「難しいわ」
「普通の人は笑顔になるのは簡単なんだけどなぁ」
「普通の人はどうして笑ってるの?」
「どうして・・・」
そう言われると難しいな。
僕は頭をひねる。
「答え出た?」
「子供とかは欲しいおもちゃを買ってもらうと笑顔になる」
「私は子供では無いのだけど」
「大人でも、欲しい物を貰うと笑顔になるよ」
「でも、欲しい物が無いわ」
「ずこっ」
僕は転ぶ。
ベットから落ちたのだ。
「大丈夫?」
「平気、平気」
僕はベットに復帰する。
「欲しいものって浮かばないわ」
「きっとまだ世界を知らないからだよ。
人が作るものには無限の可能性があるんだ。
アリアの心を動かすものが、この世にはある筈」
「それが見つかるまでは笑顔になれないわ」
「そうだね、でも可能性が見えて来ただけでも前進だ」
「無理して私を笑わせなくてもいいわ」
「そんなこと言うなよ、僕が寂しい気持ちになるだろ?」
「でも、大変そうよ」
「いいじゃないか大変でも」
「え?」
「どうせ魔族は長生きなんだ、退屈しのぎ程度に考えればさ」
「そう・・・ね」
「そのうち君が笑顔になるものを見つけよう」
「分かったわ」
「おやすみ、アリア」
「おやすみなさい、レイ」
ランタンの灯りを消す。
そして部屋は暗闇に包まれ、僕らは眠っていく。



しおりを挟む

処理中です...