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貧民街の魔少年

広場にいる男Ⅰ

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「ジェイスンさん、仕事です。
 着いてきてください」

アリスは言った。
冒険者ギルドの中である。
俺がギルドに出向いた途端、言われたのだった。

「いや、今おれは休暇中なんだが」
「今、手の空いてる人間はあなたくらいなんです」

そうかな。
どう見てもギルドの待合室にたむろしてるのがたくさん居る。
依頼票を見ながら考えてるヤツらもいるじゃねーか。

すでにアリスは俺に背を向けて歩き出していた。
賢明な俺はそれ以上言い返さず後を追う。

この娘に何か言った場合、3倍以上の小言になって返ってくるのをすでに学習してるからである。
どうもこの背の低い娘に俺は弱い。

近くの食堂で暴力沙汰が起こった。
その確認と連絡がアリスの役目らしい。
俺はイナンナの街に詳しくない。
まだこの街に来て10日と経っていない新参者なのだ。

通りを歩いていて考える。
イナンナの街は治安が良い。

東西を結ぶ街道の要所に在り、旅人も多く商業も盛んな街なのだ。
アリスによると今おれ達がいる大通りは一番安全な場所らしい。
夜になると酔っぱらいのケンカくらいは有るものの、昼間は女性や子供が一人で歩いても平気なのだ。

この街は周辺を騎士団がパトロールしている。
街の内部は評議会による警護隊、商人達による自警団がいる。
街で強盗やひったくりが居れば冒険者も手を貸す。
もっとも冒険者はそれによる報奨金が目当てだ。

大都市につきものの危険な通りは存在してる。
街はずれの貧民街はよそ者が近づくのは自殺行為という物騒な場所だそうだ。
それにしてもこの世界で最高クラスに安全な場所だろう。

「……ならアリスちゃん独りで行けるだろう。
 何故俺も行くんだ?」
「暴力沙汰が現在進行形だったらどうするんです?
 ジェイスンさんはか弱い女性一人で行かせる気ですか?」

いや、お前はか弱くない!



「こりゃ……ひどいな」

店はメチャクチャだった。
テーブルはひっくり返り、イスは原型を留めていない。
人が大勢倒れている。
野戦病院さながらだ。

アリスは先に来ていた警護隊に捕まっている。
緑色に塗られた軽装備に身を包んだ連中だ。
警護隊の証らしい。

「季節外れの台風でも来たのか?」

俺はアリスが仕事しているのを眺めるしかなかった。
治療は俺の仕事じゃない。

「ハゲ頭の坊主だよ。そいつが店をこんなにしやがったんだ!」

店の人間だろう、中年女性が俺に言ってくる。
なんだって俺に言うのだ!

「大きな鉄棒でお客さんまでやられちまった」
「倒れてるのは客たちかい?」

「ウチの従業員も居るし、お客さんもいるよ」
「……あっちのひどくやられてるのは?」

ほとんどの被害者は俺の見たところ重傷じゃない。
棒でやられたと言ってたな。
意識を失ってる人も脳震盪くらいだろう。

俺が気にしたのは2人ほど重傷の男がいるのだ。
黒服を着込んだガタイのいい男どもだ。
遠目に見ても手足の形が不自然だ。
腕が、足が折れているのである。

「助けに来たってのにやられたのさ。
 普段偉そうにしてるくせにだらしない」

中年女性の言葉がキツくなる。
重傷男をよく見るとどうもマトモなご面相ではない。
路地裏で出会ったら逃げ出したくなるような連中だった。
 
「アリス あの二人分かるか?」
「あれはコナー・ファミリーの組員ですね」

……マフィアか?!

「この店はコナー・ファミリーに属していたようです」
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