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閑話 はじめてのおちゃかい
しおりを挟むさきほど、皆さんに挨拶は済ませたものの、私は緊張したまま、凍りついたような笑顔をなんとか浮かべていた。
その原因は、私をエスコートして来た騎士にある。
何も知らされずにここまで来て、彼女たちに自己紹介をされた、私の気持ちを解ってもらえるだろうか?
その方々を私が知らなければ、まだ問題は無かっただろう。
ただ、私は、彼女たちのその顔ぶれを、全て存じ上げていたのだ。
「どうかなさったの? ジョゼさま。」
心配そうに訪ねて来たのは、エルフのヴァリッサさま。
エルフの国、ヴェルント王の娘で、魔導学院で、天才の名をほしいままにする、オーディン・ウルストリアスさまと大恋愛の末に結婚された方だ。
五十年ほど前の話だ。
身分制度の厳しいエルフの国では、平民と王女との結婚など認められず、二人の関係を知ったエルフの王は、烈火のごとく怒り、王女である娘を城に閉じ込め、オーディンさまを地方に左遷しようとした。
しかし、王女は閉じ込められた塔からオーディンさまに連れ出され、そのまま知人たちと式を挙げてしまったのだ。
そのあと呼び出された王宮で、『私は、王女の名を捨ててもオーディンと添い遂げます。』と、王と陪臣たちの前で宣言し、王族の象徴である自分の長い髪を切り落とした話は、それこそ、お茶会で何度となく他の娘から、憧れのため息交じりに聞いた事がある。
そりゃ、窓から現れた騎士さまに拐われて、そのまま友人たちに祝福されながらの結婚式なんて、若い娘なら憧れないはずはない。
私も、その話を聞く度に、胸をときめかせたものだ。
絶世の美男美女のカップルだと聞いていた通りのその美しさに、私も思わず見惚れてしまう。
「ヴァリッサさま。貴女の美しさに参ってしまってるのよ。ね。」
ヴァリッサさまのお隣に座られているアニタさまが、言いきってから私を見る。
肩口の大きく開いたら真っ赤なドレスがとてもよくお似合いだ。
すこしキツめな印象を受けるが、とんでもない美人だ。
彼女は、幼少の頃から剣に天賦の才があると認められ、武道の街であるイスタンティノーブルの剣闘大会で、 かすり傷一つ負わずに決勝まで勝ち上がり、そして優勝された。
その、四年前の決勝戦でのリカルド・エンケルドスさまとの闘いは、剣の道を志す者の間では、何度も熱く語られる話だ。
フロレンシアお姉さまも、この話が
始まると止まらない。
私も、炎の魔法を纏わせた、アニタさまのスピアと、リカルドさまの一抱えほどある大剣の攻防は、最初の一手から、アニタさまがリカルドさまの眉間に剣を寸止めするまで覚えてしまっているほどだ。
今は、幼馴染であるリカルドさまと結婚され、お子さまが二人居ると聞く。
たまにぴくぴくと動く、狼の耳がとても可愛らしい。
「ちがいますよー、まだ緊張しちゃってるんですよ。ジョゼちゃんは。」
こう言って笑っているのは、冒険者のレイアさま。
16歳で成人を迎えてすぐに、冒険者として登録をされてから、あれよあれよと言う間に等級を上げられ、今や在野で最上級の銀等級の中でも、最も金等級に近いと噂をされている方だ。
その功績は、不可能と言われていた、マルクスト洞窟の攻略に、ザルトベルク遺跡の発見。スルガ峠の魔物災害の鎮圧など、枚挙に暇がない。
ずっと箱の中で暮らしていた私には、その活躍が眩しく、冒険者関連の資料を取り寄せては、レイアさまの冒険に思いを馳せていた。
「良いのですよ。楽にしていただいて。」
そして、私たちを微笑みながら見ていたアーデルハイドさまが、心配そうに、そうおっしゃる。
500年前の魔王との大戦を、勇者さまとともに戦われ、人間の社会を護っていただいた守り神であり、また、我が国の国家の成立にも関わられた建国の母である。
王家の紋章である龍も、アーデルハイドさまの真の姿を模したものだ。
私も相当な事では動じない自信があったが、国賓級の憧れの方たちが一同に介した場所に、いきなり放り込まれれば、さすがに緊張だってする。
「は……はい! 大丈夫です! 」
彼女たちの心配に、なんとかそれだけ答えて、またカップのお茶を飲む。
彼は、私の正体を知らない。
多分、気がついてはいるが、気を遣ってくれているのか、出来るだけ核心から離れようとする。
ただ、最初に私を誘った時は、明らかに気がついては居なかった。
そんな、どこの馬の骨か解らない娘を放り込むのだから、アーデルハイドさま以外は、私のような者が来るのだと思っていた。
それに、毎日が必死で、考える余裕が無かったと言う事もある。
ただね。本当に、一言言っておいて欲しかった……。
ほら、今も、嫌が応なしに、憧れの方たちの視線が私に注がれている。
「あまり見つめると、逆に話しづらいですよ。」
アーデルハイドさまが助け船を出してくれた。
「では、話を変えましょう。今回の招待状は、なかなか面白い趣向でした。いったい、どんな魔法を使われたんですか? 」
「あれは、かなりの自信作なんですよ……。」
ヴァリッサさまとアーデルハイドさまの魔法論は、今まで知らなかったような、高度なものだった。
興味深く聞いていたけど、私は話の半分も理解が出来なかった。
これはまた魔法を勉強しなおさなくては。と思う。
「ただ、あの一文は傑作でしたわ。『貴女の騎士さまとご一緒においで下さい。』なんて。」
「実際そうではないですか? 」
ヴァリッサさまの言葉に、アーデルハイドさまが答え、全員から笑いが漏れた。
「リカルドが、『ちょっと見てもらいたいものがあるんだが。』と、言い出した時は、何事かと思いました。手に持った手紙からは、とんでもない魔力があふれでましたし。」
「私もですわ。何故か甘えてくるなと思ってたら、『お願いしたい事があるから、助けてくれない? 』ですもの。ちょっと騎士さまと言うには頼りないですわね。」
アニタさまとヴァリッサさまが、その時の事を思い出したのか、クスクスと笑いながら言う。
「ただ。久しぶりに闘うあの人を見ましたが、確かにちょっと惚れ直しましたわね。本人には言いませんけど。」
ヴァリッサさまの顔に、優しい微笑みが浮かび、瞳には恋慕の炎がゆらめく。
「ふふっ。護られるのもたまには良いですね。普段は家でゴロゴロとしているだけなので、私も忘れていました。」
アニタさまも、照れくさそうに笑う。
「いいなぁ。私のところには、おいでくださいだけでしたよー。」
羨ましそうなレイアさまは、アーデルハイドさまに不満げな口調で言う。
「あなたの騎士はどうなの? 」
あなたにも騎士が出来たらね。と、レイアさまに言ってから、アーデルハイドさまが私に問いかけて来た。
「え……えっ。あ、はい。」
その『あなたの騎士さまとご一緒においでください。』との一文を見た時は、覗き見られそうになって、本当に焦った。
だって、私はその瞬間に、本当に嬉しそうな顔をしていたはずだから。
彼に、この気持ちを伝えてしまえば、本当に困らせてしまうから。
「また照れちゃって、今はどこまで進んでるの? 」
アニタさまがイタズラっぽい瞳を向けてくる。
「閨で君は芸術品のようだ……とか言われてたりするのかしら? 」
「……ひ……ひえ! 」
ヴァリッサさまの冗談に、飛び上がりそうなほど心臓が跳ね上がり、思わず声が裏返ってしまった。
「あらら……。意外と大胆なのね。あなたの騎士さまは、奥手なものとばかり思ってたわ。」
「ええ。私も少しだけびっくりしましたわ。」
「ちがいます! ちがいます! まだなんにもです。」
真っ赤になったまま、バタバタと手を振って、目の前に浮かんだ彼の顔を消す。
「でもまあ満更でもない感じなのね? 」
「それは……はい。」
アーデルハイドさまの言葉に、私は自分の気持ちを正直に認めるしか無かった。
友人に嘘はつけないし、痛いほど惹かれている気持ちにだけは、嘘が吐けなかったからだ。
それからは、恋愛の話で盛り上がり、ヴァリッサさまの狙ったら決して逃がしてはダメとか、アニタさまのタイミングは大事だと言う持論に納得したり、質問したりで、大変に有意義な時間を過ごす事が出来た。
「私、アーデルハイドさまと勇者さまのお話がとっても好きなんです。特に、騎士になられる時のくだりが。その時の勇者さまって、やっぱり素敵だったんですか? 」
話が途切れたタイミングを狙って、思いきって訊いてみた。
私が一番好きな本の一番好きな箇所の話だ。
「あの『貴方のする事は、全て私が肯定する。』ってところね? 」
「とてもロマンチックですものね。」
「あたしも好きですよー。」
皆さんも頷きながら答えて、アーデルハイドさまに視線を移した。
「あら、皆さん勘違いされてるのね。あれはそんなに良いものではありませんでしたよ? 」
そして、アーデルハイドさまは、優しく微笑むと、勇者さまとの馴れ初めを、私たちに聞かせてくれた。
*
「ありがとうこざいました。」
お話を伺ったあと、私たちの心に浮かんだのは、純粋な感謝の気持ちだった。
話を聞いてみれば、確かに、叙事詩のような大仰さも、芝居がかった言い回しでもなかった。
ただ、涙でボロボロになった勇者さまが、叫ぶように言ったその言葉は、私の胸に強く残った。
格好良くはないかも知れないが、あの一節の事を、私はますます好きになった。
他の人には内緒にして欲しいと頼まれたのが残念だけど。
そして、そんな彼を、もう500年も待ち続けている彼女の愛情の深さも知った。
だから、私が誰かを騎士にする時は、やはりあの一節が使いたいと思う。
『貴方のする事は、全て私が肯定する。』って言葉に乗せて、『世界中の誰もが君を認めなくても、僕だけは君の味方でいるから。』と、心の中で叫ぶのだ。
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