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第四章カマヤロウ考察編

プロローグ

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 ここは魔法国家マカダミア。

 大陸中央やや北部に首都のあるこの国には、数多の魔法学園と魔術研究所があった。研究所の中には、政府から多大な予算を貰い悠々と研究に励む所さんも、個人の力だけでギリギリの予算で細々と研究している所さんもあった。

 そしてこの第四章の主役となる男、アレックス・カーマンは圧倒的後者。その日の食費すらままならない貧乏研究者だった。

「おはよー!よーし、今日は天気も良いし、的を五百個完成させちゃうわよ~!では出勤の点呼をしまーす!番号!いーち!」
「にゴブー!」

 山奥のボロ小屋内に、黒い長髪の男の裏声と幼いゴブリンの元気な声が虚しく響く。この研究所の所長兼唯一の職員アレックスの朝の挨拶に返事をする人間は居ない。

「アレックスは大声で挨拶をした!しかし、誰も来なかった…。グスン、分かってるわよ?独り言の多い中年オカマの研究所で働きたい子なんて居ないわよね。ハイハイ、今日も私一人で仕事てーす」
「パパにはリブがいるゴブ」
「あんたは頭数に入ってないわ」

 アレックスはあらゆる意味で異端な研究者だった。見た目や言動だけならまだ良かったのだか、聖女会と関係を持ってしまったのが彼の孤立を決定的にした。

 アレックスは聖女と王太子の婚姻による永住に関する術式の監修に携わったが、結果は知っての通り。王太子は婚約破棄により廃嫡、聖女会の権威は失墜、聖女は魔王倒さずバックレ、アレックスは仕事とスポンサーと仲間を失った。

 今の彼に残されたのは、この山奥にあるボロ小屋と、話し相手として買った奴隷のゴブリンのみ。実力はあっても信用ゼロ、いや、信用マイナスな彼は薬売りにも講師にもなれず、誰もやりたがらない魔法学園の的作りで生計を立てていた。

「昨日干しておいた丸太はしっかり乾いてるかしら?納期に間に合わないと、いよいよ貰える仕事が無くなっちゃうわ。シクシク」
「リブが手伝うゴブ。なんだって言うゴブ」
「だめよ。学園で使う的はアンタが思ってるよりずっと作るのが難しいの。生後1ヶ月のアンタには話し相手以上の事は求めて無いわ」
 
 魔法学園の的は主に入学試験や定期試験、そして学生同士の試合に使われ、それ故に頑丈さと正確さが求められる。

 では、ここでアレックスの作業風景と共に的が出来るまでを追ってみよう。


1.乾燥させた丸太を均一に輪切りにする。

「風よ我が下に集え。刃となりて目の前の木を切り裂け。ウインドカッター!」
「実践では使い物にならない魔術もこういう作業には便利ゴブ」

2.専用の塗料で的の見た目に塗っていく。

「最初に全体を白く塗り、次に黒で的のラインを書き込み、最後にライン毎に色を変えていくのよ」
「この塗料には、魔術を弾く効果があるゴブ。学生レベルの魔術なら止められるらしいゴブ」

3.再度乾燥させて強度を高める薬品とニスを重ね塗りする。

「あーん、時間が足りないわ!ごめん、リブちゃん手伝って!」
「仕上げのニス塗りは任せるゴブ。このニスを塗らないと、雨風や魔術で直ぐに的が劣化しちゃうゴブ」

4.最後にダメージ計測機を裏側にはめ込んで完成。

「私の作る的はダメージを数値化して表示できるのよ」
「この数字の大きさで試験の結果が出るゴブね」

5.空から降りてきた天使が、踏み壊して台無しにする。

「納期ー!」
「パパが死んだゴブ!」
「うぇ~い、天界のアイドルにして神様の推し、しのぶちゃん只今参上!力が欲しいか、ならばくれてやるみたいな?アレ?どったの?」
 
 この日、彼らは職を失い天使と出会いスキルを知った。
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