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【5】巡る記憶
【5】記憶……⑥
しおりを挟む「ミア、落ち着いて。大きく息をしてごらん」
アルマが、浅い呼吸を繰り返すミアの肩を抱いた。
「ミア。これは、君の検査結果なのか」
「……」
「シャナに触れるとピリピリする?」
「なぜ、それを」
ミアの声は震えていた。目はアルマのことを見ているはずなのに、視界がぼやけてくるように感じた。
オセから聞いた地下でのオメガの扱いが頭をよぎる。身体が重く、ミアは指先ひとつ動かせなくなっていた。
「そういうわけか。シャナがミアの論文を読んだ時から異常に執着していた理由がわかった。いや、もっと前からか……」
アルマが頭を抱えている。
「執着?」
「あの時は581番だったけど」
「それは私の地下居住ナンバーです」
「知ってる。本当にあの時のシャナは、ひどくてね。最初はあの論文が理路整然としていて、文章が綺麗で読みやすかったって絶賛から始まって、ミアが試験に合格したことを知ると研修で残れるか心配しだして、地下へ様子を見に行きたいって子供みたいに駄々をこねて大変だったんだ。そんなこと無理なのに」
「あの、話が良く見えません」
「ミアが着任式で倒れたことに気づいたのはシャナだ。ずっと離さなくて困った」
「えっと……」
「第二の性には、運命の番とか魂の番って言うものがあるのは知ってる?」
ミアは傾げた首を横へ振った。
「オメガ獣人がほぼ絶滅した地上では、なかなかその相手は見つけにくくなってる。俺が思うに、二人は運命だ。魂が呼び合った」
シャノンと自分のことを話していると言うのに、まるで知らない人の話を聞いているようだった。
「お互いアルファなのに、ミアが転化までしてしまうほど強い関係だ。運命には抗えない」
「そんな」
だから夕べ、シャノンはあんなことを言ったのか、とミアは納得いかないことばかりだが腑に落ちてしまった。
「運命なんて、陳腐な言葉でかたづけないでください」
ミアの目から溜まった涙が大きな雫となって頬を伝った。
「まだヒートは一度しか起こっていません。もしかしたら疑似的なものかもしれないし」
「やっぱりヒートを起こしていたのか。シャナが一週間も雲隠れしたって聞いたから、そうなんじゃないかと思たんだ」
「やめてください!」
自分の中で、こんなにも熱い感情が沸き起こるなんて信じられなかった。ましてや、悲鳴にも似た声で、相手を罵ろうとしている。しかも、この世を治める四長の一人を。
「――申し訳ありません、取り乱してしまって。そうですか、と受け入れられるほど大人じゃないのです」
ミアは、両手でクシャクシャの顔を覆った。
「泣いてたって何も解決しない」
「アルマ様に何がわかるんですか!」
掴みかかろうとしたミアの手は止められ、抱き締められた。
「やめてください」
「お前がそんなに怒るから、動物たちがどこかへ行ってしまっただろう。さっきの嬉しそうに笑っていたミアはどこへ行っちまったんだ」
「放してください」
「俺にできることがあれば、力になろう」
背後で草を踏みしめる音がした。
「アルマ、君は何をしているんだい」
顔を上げると、そこにはシャノン、オセ、連れだって出発した獣人たちの姿があった。
「相談に乗っていたんだ。シャナがしつこくて困ってるって言うから」
「アルマ様!」
「夕べもミアを追い回していたのだろう」
「追い回されてはいません」
「そうだよね、ミア。僕たちは深夜にちょっとかくれんぼしていただけだよね」
「かくれんぼもしていません。私は先に失礼します!」
ミアはタッと走り出した。
「ミア、ポシェット忘れてるぞ」
オセの声が聞こえ、地面に置かれたマントを羽織ってポシェットを取りに行く。オセの手から礼も言わずポシェットをぶんどったミアは、シャノンの引き留める手をすり抜け、元来た道を走った。
(まったく、考える時間も与えてくれやしない……)
何を考えたらいいのか分からない。
自分がオメガに転化したこと。
運命とかクソみたいなこと。
地下、帰還後の自分の扱い。
考え出したらきりがなかった。
応援ありがとうございます!
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