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【5】巡る記憶

【5】記憶……⑮

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「ミア。君の手足は、温かくて重くなってるはずだよ」
「……はい」

「目の前に階段がある。そこから、着任式の日までゆっくり下りて行こう」

 アルマに白い階段をイメージしてと言われた。

 最近のことから首都で過ごした日々のことーー。
 着任式の日、初めて知った草木の匂い、頬に感じた風は今でも鮮明に覚えている。初めて色がある世界を見たような気がした。

「死の扉のロックが解除されたよ。地下へ戻ろう」

 地上へ上がるために制服を着ていたミアは制帽を取り、ブーツを脱いでアバヤを着ていた。

 不思議な感覚だった。

 逆再生の映像を見ている感覚。そして、起きているのに眠っているような、まるで夢の中を自由に歩き回っているようだった。
 シャノンの存在を近くに感じたミアが、妙に安心していたのは確かだ。アルマの声に心地よく導かれながら、ミアは記憶を遡っていく。

「どうした、ミア」
「朝、顔を洗っていて思ったのです、私の目はこんな色だったかって」

「元はどんな色だったの」

「思い出せません。急に私だけ呼び出されたんです」
「どこへ」

 ミアは、その先へなかなか行けなかった。そこまではスルスルと記憶の階段を下りて行っていたのに、急にそこから断片的な映像がフラッシュバックする。

「研究棟です」

「そこには誰がいる」

「オセ……、あの頃はまだバディには決まってなくて、他は見たことのない人……。真っ白い、いえ、光が眩しすぎて部屋が白く見えたのです」

 窓から覗き込むヒジャブからのぞく無数の目。
 研修の一環だと言われたミアは前室で服を脱ぎ、筋肉注射をされた。そして、ストレッチャーでその部屋へ運ばれ、肩へひどく冷たい手が置かれたのを覚えている。

 鼻と口を覆うマスクから甘い匂いがした。

 顔に布をかけられ、それは右目だけぽっかりと穴が空いていた。

「……何の記憶なのか」
「見えないかい?」

「何も」

「そうか。ミア、もう少し遡ってみよう。朝起きて、顔を洗ったら君の右目は何色?」

「アイスブルーと……。分かりません」

「無理はしなくていいよ。ところでミアは紙の本、ネイチャー雑誌をもらった日のことは覚えてる?」

「覚えています。子供の頃、まだすべての書物の電子化が進んでいなくて、知能が高かった僕は地下で所蔵されている書庫へ入ることが許されて……。そこで会った人に、秘密だよってもらったのです。瞳の色は僕とは違ってたけど、まつ毛が真っ白で自分と同じアルビノだと思った」

 まだその頃、ミアは自分の事を『僕』と言っていた。

「その子の名前は知ってる?」

「シャノン…….。僕は居住ナンバーを伝えるのが恥ずかしくて、数字ではない名前に憧れた」

 地下にある膨大な本が所蔵されている書庫の紙の匂い、青年からは心が緩むような柔らかな香りがした事を覚えている。今となればそれが、太陽や草木の匂いに良く似ていたように思う。
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