ひなたひなた

ハル

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「さて。ひなたちゃん。どうかしら?」
 大きなモニターの前に性別不明の美しい人間が映し出されている。普段のやりとりはチャットで文字を打ち込んでということが多い。それは履歴を残すという意味が大きいが、交渉には不向きである。
 そんなわけで、ひなたと伊都はskypeを立ち上げて話していた。お試し期間の1週間が経とうとしており、本当にこの仕事を受けるかどうかという返答である。
 何かを決めるということはいつもながらドキドキする。思えば、いままであまり何かを自分で決めるということはほとんどなかった。数年の会社勤めもそういうときは上司の判断を仰いできたし、家では、自分で何かを決めるということはほぼなかったからである。
 こういう時、いつもひなたは内心冷や汗をかいている。見逃している点はないか? 何かを決めることで変わることは何なのか。それは自分にとっていいことなのか悪いことなのか。
 非常にチキンだとは思うが、そういうことを考え出すとわーっと背中にいやな汗が出てくる気分になる。
「ふ、不破さんはなんて?」
「まぁ彼は最初から、ひなたちゃんの経歴見て、本採用って言ってたから」
「え?」
「そうよ。私がお勧めした人材ですもの。文句は言わないわ」
「で、でも……」
 目は合わないし、すれ違いざまに問いかけてもチャットで返してくるし、なんというか友好的とは思えないのだが。
「ーーああ。彼は、ちょっといろいろあって人とのコミュニケーション拒否してるから」
 だったら、別に同居じゃなくても良くないんじゃないか? と思いそれを伊都に問いかける。
「お試し期間だから、仕事の割り振り遠慮してたのよ」
「え! これ以上ですか?」
「だってそんな難しい企画書とか書いてないし、お使いとかも頼まれてないでしょ?」
「お使いはコンシェルジュさんに……」
「それはお買い物とか簡単なものでしょ。投資相手の企業に重要な書類とか届けたりてこともあるから」
 スーツ持ってってって言ったでしょと伊都はにこやかにひなたに問いかけた。
「そうで、すけど」
 あれを着る日がやってくるのか? と少し憂鬱な気分になった。
「そんなに雇い主と顔をあわせることもないし、それに快適でしょ? そのお部屋」
 じとっと半眼で見透かすような視線で見つめられてドキッとする。確かにそうである。ふかふかのベッドに何時間座っても疲れない椅子。ひなたが住んでいるアパートとは段違いである。座卓だから足の形が悪くなるかもとどきどきしながら仕事していたのとは大違いである。しかもベッドではなくぺらぺらの布団だし、隙間風も入るこむような部屋である。
「なんといってもそのマンションだったらセキュリティも高いしね」
 少しおびえながら暮らすひなたにとっては確かに安心して暮らせる場所である。安全というのは金の力に直結してるんだということを実感した。
「じゃあ、そんなわけで本採用ってことでいいわよね?」
 にっこりと伊都に微笑まれて、ひなたはお願いしますとしか言い出せなかった。
「アパートの荷物で見られて困るものとかあるかしら? 一旦解約して倉庫に収める形でいいかしら?」
 さらにひなたが引き返せないようなことを提案してくるが、ひなたは頷くことしかできなかった。契約解除となった時には不破が敷金礼金含めて新しい物件を用意してくれるといたれりつくせりの提案をしてきていることをそこで聞いて驚いた。
「なんでそんな誰でもできる仕事をこなす程度の人間に」
「それができる人間が少ないからよ。ひなたちゃんは私が太鼓判押して、不破に紹介してるし、不破はそういう雑事をしてくれる人間が本当に必要なのよ」
 そんなものなのか、と無理やり自分を納得させ、ひなたはskype通話を切った。さて、一応やることはやるか。と思ってカタカタとひなたはキーボードを打ち込む。
 本採用ありがとうございました。よろしくお願いします。
 とーー。

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