追放王子は辺境の番犬によしよしされて愛を知る。

まめ

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01 リンフォード


「リンフォード兄さん、王太子の座を譲ってもらおうか」
 
 煌びやかな王宮広間、シャンデリアの淡い光が揺れる下、貴族たちが集まる定例の夜会は、私の退位を言い渡す場へと姿を変えていた。
 第二皇子オズウェルドは高らかに声を上げ、貴族たちの視線を一身に集めると、広間の中央――私のいる場所に向けて、力強く足を踏み出した。
 金髪碧眼で王家の色を継ぐ麗しい容姿、恵まれた体格の弟――オズウェルは背筋を真っ直ぐに伸ばし、ためらいなく私へと近づく。その堂々とした一挙一動に、この場にいる誰もが見惚れ、感嘆のため息までもが聞こえた。
 
 弟は私の前まで来ると、嘲るような目つきで上から見下ろした。
 それを下から見上げる私は、存在感の薄い白金の髪に水色の瞳、幼少期の病で生育の悪い――王太子リンフォード。 
 私たち兄弟が向かい合うことで、両者の差が歴然となる。貴族の間からしのび笑いが漏れた。
  
 隣にいた私の婚約者クレマンティーヌは、滑るように静かに弟の横に並んだ。
 彼女が纏う、金色の刺繍が施された豪奢な青いドレス。その衣装が弟と対になるよう仕立てられていたことに、今さらながら気づいた。
 彼女とは政略的な縁ではあったが、それでも信頼や絆で結ばれていると思っていたのは私だけだったようだ。
 私の背後に立っていた側近たちも、皆一様に弟の後ろに移動した。
 私は広間の中央で、一人立ち尽くした。自分の弱さを隠すよう、ぐっと腹に力を入れて。
 
 宮廷楽士たちは演奏の手を止め、広間はしんと静まり返る。ここにいる全ての貴族たちが、夜会の開会とともに始まったこの失脚劇に注目していた。

「オ……オズ、突然何を言い出すのだ。
 ……っ。この国を良くするために共に政務に励もうと誓ったではないか。
 交流の不得意な私に代わりおまえが貴族を取りまとめ、私は実務に力を入れる。
 ……そのはずだっただろう?」
 
「その貴族たちが兄さんは王として不適格だと判断を下したんだ。
 その姿、国の顔として貧相すぎると思わないかい?
 兄さんはいつもしかめ面で書類と向き合ってばかり、口を開けば細かいことしか言わない。
 領地のため?民のため?その前に貴族たちの賛同を得られないようでは、国を治めることなど出来るわけがない。……だろ?」
 
 思わず私は周りの貴族たちを見回した。
 誰もが弟の話に聞き入り、満足の笑みを浮かべている。
 パチ、パチ、静まり返った広間に小さな拍手の音が響く。それに続くように手を打つ者が増え、いつしか広間は大きな拍手の渦であふれかえった。
 一瞬にして、私の足元が崩れていく――自分のしてきたことは無駄だったのか。生活に苦しむ民を切り捨てろというのか。
 感情が高ぶり、体が震えるのを抑えることができなかった。

「兄さん、わかるだろ。この拍手が貴族たちの本音なんだよ」 
「……クレマンティーヌ、君もなのか?私にふさわしい女性になるため頑張るって言ってくれたのは……」 
「王太子殿下、わたしはこの国のふさわしい女性となるために努力を重ねました。でも、それはあなたのためじゃないわ。王になるお方はここにいるのですもの」
 
 クレマンティーヌは艶やかな笑みを浮かべ、弟のひじにそっと手をかけた。
 
「ねえ、そうでしょ? オズウェル様?」 
「ああ、クレマンティーヌ。兄さんなんかに貴女はもったいない。私の腕の中でその美しい花を咲かせておくれ」 
「ふふっ」
 
 目の前で弟と自分の婚約者が寄り添い、親しげに見つめ合っている。その距離は普通の男女のものを超えていた。
 
 高座に座る自分の両親、国王と王妃に顔を向けると、彼らの顔は満足そうにこちらを眺めていた。
 元からこのことを知らされていたのか。
 ああ、最初から私は選ばれていなかった。ただ早く生まれただけ。王位継承権が高いだけだったんだ。
 私がいる限り弟は王位を継ぐことはできない。となれば、私に与えられるのは病気による幽閉、または追放という選択肢だろうか。
 古くから王位争いによる戦いの歴史は語り継がれているが、自分が当事者になるとは思ってもみなかった。  
 次第に体から力が抜けていく。王太子リンフォードとしての私は――ここで終わる。
 

「父上、母上……」 
「リンフォード、難しいことは宰相に任せておけばよかったのだ」 
「そう、兄さんはもういらないんだよ。むしろ邪魔かな」
 
 弟が私の側近に耳打ちすると、広間の護衛をしていた魔術師が呼び出された。
 
「あのさ、国外追放まではしなくていいんだけど、遠くに飛ばしちゃってよ。顔も見たくないんだ」 
「……っ、王太子殿下をですか?」 
「もう王太子じゃなくなるんだよ。あは、かわいそ」
 
 その人を魅了する美しくも軽薄な笑みに、周りの貴族たちも頬をゆるめる。たくさんの顔、顔、顔、この夜会には弟を支持する貴族しか出席していなかった。
 
 広間の中央に引っ張り出されたその魔術師は、いきなりの命令にうろたえていた。怯える彼には悪意は感じられない。むしろ、私を心配する表情だった。
 彼が拒否をしても、他の魔術師が代わりに呼ばれるだけだ。
 どうせ追放されるならこの人にお願いしよう。自分の最後くらい、心ある人の手で……。
 
「……いいぞ、私を飛ばせ。お手柔らかにお願いする……」
 
 虚勢を張って笑うと、魔術師は私の両手にそっと触れた。
 彼の展開した転移の魔術紋が青白い光を放つ。「殿下……すみません」小さなささやきと共に、私は光の渦に飲み込まれた――


 
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