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03 ロキ
まぶしい光が消え、ようやくオレが目を開くと、腕の間に柔らかでいい匂いのするものがすっぽりはまっていた。
月の光に照らされたそれは人間の姿をしていた。風になびく髪は月の色、青白い顔はきゅっとかたく目を閉じ、長いまつ毛が震えていた。
ドクン、オレの心臓が大きな音をたてる。
――これが、美しいってことなんだ。
空から降ってきた人は気を失っていた。そっと横抱きにすると、オレの腕の中でくたんと力が抜ける。うさぎみたいにとても軽かった。
その服は見たことのない繊細な色、手触りのよい滑らかな布でできていた。
オレが歩くたびに纏った薄布がしゃらしゃらと揺れて、小さな飾りがキラキラと瞬く。
「月から来たのかな。それとも星から?」
オレはその美しい人が元の星に戻れるといいなと思った。
その目が開いたら、どんな色があるのだろう。
小屋に戻ると、オレはその人を窓辺のベッドに横たえた。
開拓小屋の中は、大きな一つの部屋にベッドがずらりと十個並んでいる。他に部屋はないから、自分の行動は全て丸見えだ。
こんな小さくて弱そうな人が、目覚めて最初にオレみたいにデカいのを見たら、怖くて気絶してしまうかもしれない。
小動物は臆病だから、近づくときは腰を低くかがめて静かにそっと近づくよう、爺ちゃんも言ってたしな。
オレは反対側の一番離れたベッドに寝ることにした。
そのまえにメシだ。
オレは作り付けの冷蔵庫から萎びた青菜と肉の塊を取り出し、ナイフでカットする。
それらを大きな鍋で炒めて、ぱっぱと塩を触れば完成だ。部屋中に旨そうな匂いが広がった。
硬くなったパンを軽く炙り、料理を皿に盛り付けると、オレはテーブルについて食事を始めた。
少し焦げた肉を噛みしめると、口の中にじゅわっと肉汁が広がる。うますぎてほっぺたが痛い。
この場所には、爺ちゃんと一緒に来た。
その時点でオレの家族は爺ちゃん一人だったし、亡くなった両親の記憶はない。
爺ちゃんは共に働いた仲間から、文字や作法を教わったという。
『奴隷であっても、君たちは獣ではない。人でありなさい』
そう言ってその人は、爺ちゃんにいろんなことを教えてくれたそうだ。オレはだいぶ忘れてしまったけど、食事は皿に盛る。手じゃなくてフォークを使って食べるってことはきちんと守っている。
大好きだった爺ちゃんは最期までオレのことを心配していた。だから、オレも最期まで人でいたいと思うんだ。
晩メシを終えて皿を洗いはじめると、部屋の隅で小さな声がした。
「……うぅ……ん」
さっきベッドに寝かせた人が、身を屈めてうなされていた。あんな高いところから落ちてきたんだ。きっと怖かっただろう。
オレは近づいて、そおっと背中を撫でさすった。
よい夢が見られますように。
その人は無意識にオレの手に体を寄せた。それがうれしくて、つい手に力が入ってしまったらしい。
小さな体がびくんと強張るのがわかった。細い指がかかっていた白いシーツを掴む。全身をシーツで覆い隠すと、その人は身を守るように体を縮こまらせた。
くぐもった少年の声が、途切れ途切れにオレの耳に届いた。
「……ここはどこだ。わ、私をどうするつもりだ……」
混乱、怯え、拒絶、いろんな感情がこもった、弱弱しくも気丈にふるまうその声に、オレは悲しくなってしまった。
この美しい人は、きっと心に大きな傷を負っている。どうしたら気持ちを落ち着けてくれるのだろう。敵意がないとわかってくれるのだろう。
手負いの獣には、むやみに近づいてはいけない。大きな声をあげてもいけない。遠くから見守り、ゆっくり自分の存在に慣れさせてから手当てをするのだ。
オレは脅かさないようにゆっくりと小さな声で語りかけた。
「ここは辺境の森だ……です。
土地の名前は知りません。
あなたは空から降ってきた。
……オレの名はロキ。
ゆっくり休んでほしくて、そこに寝かせました。
あなたが元気になって星に帰れたらいいなと思います」
爺ちゃんに習った丁寧な言葉が初めて役に立った。
白い塊がもぞもぞと動いた。シーツの間から彼の頭がひょこっとのぞく。
「あ!ちょっと待って!オレ、すごくデカいんだ。そばで見たらきっと怖いから。今離れるからまだ顔出さないで」
オレはこの美しい人を怯えさせたくなかった。なにより、オレを嫌わないでほしかった。
部屋の反対側に移動して「もう大丈夫」と声をかけると、彼はシーツから頭だけを出した。そしてオレを見てちょっと目を見開いて、ごまかすように咳をした。
「ごほん。どんなのかと思ったが、言うほど怖くないぞ。……まあ、大きくはあるな」
月色のまつ毛にふちどられた、大きな水色の目が細く弧を描く。
それは夜空に浮かぶ三日月のようで、オレの心臓はまた大きな音をたてた。
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