4 / 22
04 ロキ
シーツから這い出したその人は、リンフォードと名乗った。その名の澄んだ響きは、彼にぴったりだと思った。
月色の長い髪がさらりとベッドに広がる。肩にかけられた青い布は薄く透けて、昔話に出てくる妖精みたいだった。
「リンフォードさん……んと、リンフォード様?」
「私にはもう何もない。ただのリンでいい」
「はいっ!オレの名はロキですっ!」
「おまえ、声が大きすぎるぞ。ちゃんと聞こえるからもっと小さい声で話せ。……ロキ」
彼に名を呼ばれると、胸の中にむずむずと甘酸っぱい感覚が広がった。オレがぼぅっとしていると、リンはたたみかけるように次々に質問を投げかけてきた。
この小屋にはオレしか住んでおらず、他の労働者は逃げたこと。
食料は定期的に転移箱に送られてくること。その箱に必要な道具を書いたメモを入れると、数日後に届くこと。
オレは毎日木を切るのが仕事なこと。
リンの質問にはわからないことも多かったけど、オレは無い頭をふりしぼって頑張って答えた。額に汗がつたう。
「ふむふむ。で、ロキは何歳になるのだ。そんなにひげがあるのだから、私よりは上だろう」
「歳? よくわかりません。爺ちゃんが亡くなってから数えていないから」
「ほう……」
リンはベッドから降りると、部屋の棚をごそごそと漁りはじめた。
細くしなやかな若木の枝のような立ち姿は、触れたら壊れてしまいそうな繊細な美しさがあった。
そんな儚げな容姿なのに、リンは埃をかぶった本棚の資料を次々と引っ張り出しては、部屋を散らかしていった。
床一面に広げた書類の中に座り込み、気難しい顔で読みふけっている。
うん、リンは妖精というより白い猫。小さいくせにやんちゃな暴れん坊のようだ。
ようやく目当てのものが見つかったらしく、埃まみれのリンは満足そうな顔で、資料をぱらぱらとめくった。
「西部辺境開拓班……うん、ここは西部なのか。人員配置……おお、ロキの名もあるな。え?おまえ十八歳なのか! 私よりも四歳も下じゃないか」
「オレ十八なんだね。わざわざ調べてくれてありがとう。それよりリンが二十二歳なのにはびっくりだよ」
「うっ……小さくてわるかったな!いや、そんな話がしたいのではないのだ」
さらにリンは、いくつかの本や資料をどさっとテーブルに置くと、一息つく間もなくページをめくり続けた。
頬杖をつきながら、時折指でこめかみをとんとんと叩く。無表情の顔の中で、目だけが光を帯びていた。
と、きゅるるるーとリンのいる辺りから小さな音がした。
「なっ、……こほん。何でもないぞ」
リンの耳が赤く染まっている。
そういえば、リンはここに来てから何も食べていなかった。空腹なんだ。
オレは黙って鍋を火にかけた。
「リン、何食べる? オレおなかすいちゃった」
「ふん、付き合ってやらんこともない。消化のよいもので頼む」
冷蔵庫から牛乳を取り出して、硬くなったパンをひたして煮込む。オレはそれくらいしか消化のよいものを知らないのだ。
くたくたになったパン粥に塩をふり、スープ皿に盛って出した。
「ミルク粥か……なつかしいな」
湯気のたつ熱々の粥をスプーンによそい、ふうふう冷ますリン。その尖った唇がかわいらしかった。
「では、いただく」
粥を一口含むと、リンの動きがぴたりと止まった。
「甘くない……ミルク粥は甘いものだろうが」
「そうなの? オレこの味しか知らない」
「ええぃ! 砂糖をよこせー! 蜂蜜をよこせー!」
リンはキッチンを漁りはじめたが、今度はお目当てのものは見つからなかった。
不服そうに紙を取り出して、なにやらさらさらと書くと転移箱の中に放り込む。
「ロキ、おまえには甘味という概念がないのか。美味いものを頼んでおいたぞ」
自慢気にほくそえむリンは、数時間前の怯えた姿が嘘みたいだった。くるりと動くその目はいたずらな子猫のように輝いてみえた。
「慣れれば食えぬものでもないな。パンと牛乳で出来ているのだから当たり前か」
ぶつぶつと文句を言いながら、リンはパン粥を完食した。オレはころころ変わるリンの表情から目が離せなかった。
「はぁ、腹が満たされたら眠くなった。私はもう寝る」
「うん、オレも寝るよ」
リンは窓辺のベッドに入った。オレは部屋の反対側の端のベッドに手をかける。
「ロキ、もっと近くにこい」
「いいの?」
「あ、しかしおまえはいびきがうるさそうだな。真ん中のベッドにしろ」
「うん」
いつの間にか、オレはいつもの言葉で話していた。リンの気を許した表情から、それで大丈夫なんだと思った。
ランプの火を吹き消して、中央のベッドに横たわる。
窓からの月の光がリンの髪を照らしていた。
チリリ……チリリ……夏虫の羽音がかすかに聞こえる。
オレは静かに眠りに落ちていった。
あなたにおすすめの小説
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
婚約破棄させた愛し合う2人にザマァされた俺。とその後
結人
BL
王太子妃になるために頑張ってた公爵家の三男アランが愛する2人の愛でザマァされ…溺愛される話。
※男しかいない世界で男同士でも結婚できます。子供はなんかしたら作ることができます。きっと…。
全5話完結。予約更新します。
長年仮番として務めてきましたが、王子は正式な番を娶るそうです
けふ
BL
王都を守る巨大結界は、王族の魔力によって維持されている。
第二王子アデルの傍らには、常に一人の騎士がいた。
近衛騎士レオン。
彼は長年、王子の「仮番」として特別な任務を担っている。
しかし王子は、他国の王女との正式な番契約が決まってしまった。
仮番の役目は、そこで終わるはずだった。
だが結界塔で行われる儀式の中で、
二人の関係は次第に変わり始める。
王族と騎士。
主と臣下。
越えてはならない境界を前にしても、
王子は騎士の手を取る。
「共に立て」
※オメガバースではありません
※ふんわり読んでください
※なんでも許せる方向け
※イラストはChatGPTさん
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
神子の余分
朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。
おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。
途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。
有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います
緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。
知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。
花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。
十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。
寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。
見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。
宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。
やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。
次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。
アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。
「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜
鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。
そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。
あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。
そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。
「お前がずっと、好きだ」
甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。
※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています