追放王子は辺境の番犬によしよしされて愛を知る。

まめ

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05 リンフォード


 転移の魔術紋に包まれた私は、そのまぶしさにぎゅっと目を閉じた。
 胃の中が逆流するような不快感、全身がびりびりと魔力に侵される感覚、次第に意識が遠のいていく――

◇◇◇
  
 幼い頃にかかった病で命の危機を何度も乗り越えてきた私は、その病弱さ、生育の悪さから、周囲の者に軽んじられているのを感じていた。
 歳をとり、健康になっても、それは変わらなかった。
 それに反して弟――オズウェルは明るく活発で、小さい頃から誰にでも愛されていた。もちろん弟が頑張っていたのは知っている。しかし、同じことをしても、周りの賞賛の声は弟ばかりに降りそそいだ。
 それが世間の評価なのだろう。辛くない訳ではなかったが、それでも私は弟を大切に思っていた。
 私は第一王子、いずれはこの国を治めていかねばならない。弟は快く手を貸してくれると、この国を一緒に繁栄させようと、誓ってくれた。それをずっと信じていた。
 
 私は自分の立場の弱さから、社会的に力を持たない民たちに目が向くことが多かった。
 贅をこらし至福を肥やす貴族たちに疑問を感じ、媚びることをしてこなかった――それが、この事態を招いたのだ。
 ほんとは王位などいらなかった。
 全ての役目から逃げ出しても許されるなら――私はただのんびりと生きたかった。

 そうして飛ばされた先で、私はあたたかな存在に受けとめられたのを感じた。
 先ほどまでの不安が和らぎ、すっと体の力が抜けた。それくらいその場所は安心できた。
 私の意識はまた深く潜っていった――

◇◇◇
 
 背中を誰かが撫でている。その手から伝わる温度は、私がずっと求めているものに似ていた。
 夢うつつでうっとりしていると、ハッと目が覚めた。
 (私はどこにいる……これは誰だ……)
 背筋を恐怖がはいあがり、体が強張る。
 シーツに丸まり身を硬くする私にかけられたのは、落ち着いた深みのある低い声。とつとつと話す言葉は拙く、気品はないが純粋に私を思いやるものだった。
 こいつは何者なんだ。姿が見たくなった。
 シーツから顔を出そうとすれば、ちょっと待つように言われる。
 大きくて、怖いだと? 私はさっきまで虚飾にまみれた美しく恐ろしい世界にいたのだ。おまえがどのような姿でもきっと驚きはしない。
 とは言え、そいつは大きすぎた。
 顔全体を覆うひげのせいで熊にしか見えない。
 大きな体でおろおろと私の一挙一動に目を配るその姿は、むしろ愛嬌があった。
 
「ふっ」
 
 自分の顔がほころんだのがわかった。胸の中の凍てついた部分にパキンとひびが入り、あたたかなものが流れ込んでいく。
 そいつの顔も柔らかい笑みを浮かべていた。
 それは、今までにないここちよさだった。


 ともかく、今私が置かれた状況を知っておきたい。ロキと名乗るその男に、思いつくままに質問を重ねた。彼はたどたどしい言葉使いで、知る限りのことを語ってくれた。
 
 ロキはたった一人でここに住み、毎日木を切り倒しているのだと言う。
 定期的に届く十人分の食料を全部一人で食べていると言うのには、思わず大笑いしてしまった。
 ロキは恥ずかしそうに、鳥にパンをあげることもあると言っていたが、そんなもの微々たる量だろう。
 
 彼は純朴な男だった。緊張からか、話しながら額に汗を浮かべるのすら好感が持てる。
 ついつい高圧的になってしまう私の物言いすら、反感をもつことなく自然に受け入れてくれる。
 会話を交わすうちに、ロキはなにもかも受けとめるどっしりとした大樹のようだと思った。

 私の空腹に気づいて、ふるまってくれたパン粥のまずいことまずいこと。
 しかし、ロキの期待する眼差しを前にして、残すという選択はなかった。こういう辛さはある意味新鮮でもある。
 完食したときのロキの笑顔には、私までもうれしくなってしまった。 
 きっと私はここに来られてよかったのだ。
 唯一、ロキのひげだけが気に入らん。明日剃るように言おう。

   
 子どものように部屋を散らかしたまま、ベッドに横になる。
 いつの間にか私は、ロキに心を許していた。
 
 窓の外には巨大な黒い森があり、聞き慣れぬ鳥の声がする。
 ざわざわといろんな生命の音が重なり、自分もその中に加わるように、私の意識は夜に溶けていった。




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