追放王子は辺境の番犬によしよしされて愛を知る。

まめ

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06 リンフォード


 小鳥の声で目が覚めた。
 ベッドの横にある窓辺、そのガラスごしに、名も知らぬ小鳥たちが鈴なりに並んでいるのが見えた。
 
「なっ、なんだ、これは……」
 
 私が立ち上がると、小鳥は窓ガラスをこつんこつんと突っつきはじめる。
 
「パンが欲しいのか」
 
 私はキッチンに置いてあったパンをやろうとした。しかし、乾燥して硬くなっており、うまく千切ることができない。
 部屋の中央では、ロキが気持ちよさそうに眠っていた。大きすぎて足がベッドからはみでている。むにゃむにゃとひげだらけの口元が動く。とても幸せそうだった。
 愛らしい――そんなことを思った自分が急に恥ずかしくなった。こんな大きなひげ男に。 
 私はロキの鼻先を指で摘んで引っ張った。
 
「ロキ、起きろ!おまえにお客さんだ!」 
「むにゃ、むにゃ、美しい人がいる……」 
「なに寝ぼけてるんだ。私だ。リンだ」 
「寝ぼけてなんかいない……むにゃ、美しいってリンのこと……」
 
 私は褒められているのか?
 いや、本気にしてはいけない。
 むずむずとした居心地の悪さに、私はロキのひげをぴんと引っ張った。
  
「い、痛ったー! あ。リン、おはよう!」 
「切替が速いな。……あのな、パンを細かくしてほしい。鳥にやってみたいのだ」
 
 ロキはさっとベッドから降りると、大きな皿を持ってきた。
 その上でカチカチのパンに力をこめて握り潰すと、音もなく粉々になった。……はぅ。
 
「鳥が食べるとこ見たいだろ?面白いよ」
 
 ロキは皿を持ったまま外に出ると、窓から見える場所に置いて戻ってきた。
 
「リン、見てて!」
 
 粉々になったパンの乗った皿に、辺りをうかがいながら小鳥たちが集まってくる。
 一匹が皿の中に飛び込んだとたんに、我よ我よとたちまち皿は小鳥で覆われた。
 
「チュン!チュン!チチッ!ピルルルッ!ビーー!」
 
 カチャンカチャンとくちばしが皿を突っつく音。皿の上では羽が入り乱れ、小さな戦いが繰り広げられていた。あまりのすさまじさに、私は思わず目を見張った。
 
「さっきまで可愛らしかったのに……」 
「あはは、鳥も生きるのに必死なんだよ。オレたちもメシにしよ」
 
 ロキのその琥珀色の瞳は、この辺境で共に生きる命を見守るように、小さな鳥たちに注がれていた。

 
  
「あのな。ロキにお願いがあるんだが」 
「なにかな。言ってみなよ」 
「ひげを剃ってくれ……表情がわかりにくいのがどうにも気に入らん」 
「ああ、伸びてるもんな。オレもそろそろ剃ろうと思ってた。剃ればわかるけど、左頬に大きな傷があるんだ。びっくりすんなよ」
 
 私はロキの顔を見るのが楽しみな自分に気づいた。少しそわそわするこの感覚は、きっと浮かれているのだ。楽しいのだ。
 昨日までの私なら「そんなくだらんことはどうでもいい。手を動かせ。仕事をしろ」とでも言っていただろう。
 腑抜けになったのか。いや、今までが馬鹿だったのかもしれない。自分のすぐそばにいる者たちがどんな表情をしているのか見えていなかったのだから。

 そんなことを考えている間に、ロキはひげを剃り、髪まで切りはじめていた。
 伸びた髪を掴み、ざくざくと大きなハサミでむ豪快に切っていく。たちまち床がロキの黒髪で埋め尽くされた。
 
「おい、ロキ。部屋を汚すな!」 
「あ、ごめん」
 
 ロキはハサミの手を止め、くるくると人差し指を回した。
 その指から小さなつむじ風が放たれ、床に広がっていたロキのひげや髪が一か所に集められた。
 
「はぁっ?……魔法?」 
「オレ、よくわかんないけど風魔法が使えるんだ。掃除くらいしか使い道がないけど」
 
 なんとも軽い口調。魔法というものは、そんな簡単に会得できるものではないのに。
 その体の大きさといい、ロキはどれだけ規格外の存在なのだろう。
 
 キッチンでバシャバシャと顔を洗い、こちらを振り向いたロキは大きな口で笑った。
 
「リン、どう? もう熊じゃないだろ?」
 
 浅黒い肌にすっと通った鼻筋。大ぶりながら整った顔立ちは、野性味を帯びた美しさを持っていた。
 つい見とれてしまい二の句が継げぬ私に、意志の強さを感じさせる濃い眉がへにょりと下がる。期待のこもった瞳が真っ直ぐに私を見つめ『ほめて!ほめて!』と訴えている。
 
「……ああ、熊ではなくなったな。うん、犬かな。
……すっきりしてよいと思うぞ。……こほん」 
「あはっ、オレって犬なの?ここにも昔犬がいたんだよ。よおし、オレ、リンを守る番犬になるぞー!わんわんっ!」
 
 犬の真似をはじめたロキに、私は声を上げて笑った。
 胸の高まりを抑えきれなかった。
 ひげのないロキの顔は、とても感情表現が豊かだった。その裏のない笑顔からは、真っ直ぐな好意が伝わってくる。
 私を無条件で好いてくれる者がいる。
 何も持たぬ、ただの私を。
 それがこんなにもうれしいなんて。
 
 あの悪夢のような夜会から一晩しかたっていないというのに、私の心は目まぐるしく変化していた。
 出会ったばかりのロキという男の存在が、空虚な心の中にどんどん入り込んでくる。
 
 この感情につける名は、まだわからない――
 

 
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