7 / 22
07 ロキ
「い、痛ったー!」
ここちよい夢からオレを引きはがしたのは、頬ひげを引っ張る痛みだった。
慌てて飛び起きれば、好奇心に目を輝かせた美しい人――リンがすぐ横に立っていた。
「あ。リン、おはよう」
おはようって言葉を久しぶりに使った。少し照れくさくてふわふわしてしまう。
窓辺にいる鳥にパンをやりたいと言うので、オレは乾燥したパンを砕いて、外に置いてきた。
小鳥たちのパン争奪戦は、パン屑や羽が飛び散る激しいものなのだ。窓越しに見るのが安全だ。
毎日パンをねだりにきても、それを続ければ鳥たちは自分で餌を取ることを忘れ、辺境を生き抜く力を失ってしまう。でも、たまになら面白い見ものだ。
小鳥たちのパンを巡る戦いを、初めて目にしたのだろう。リンは夢中になって窓にかじりついている。その無邪気な様子に、なんだかほっとする自分がいた。
それから、リンからの提案で、ひげを剃ることにする。ついでに髪も切っちまおう。
爺ちゃんは、毎日身だしなみを整えろと口うるさかったが、一人になってからはついつい適当になっていた。
今はリンがいる。それがいつまでなのかはわからないが、嫌われたくないからな。これからは毎日ひげを剃るぞ。
剃り終えてばしゃばしゃと顔を洗えば、久しぶりの感覚に頬がすーすーした。
「リン、どう? もう熊じゃないだろ?」
「……ああ。熊ではなくなったな。うん、犬かな」
オレって犬なのか……。なんだか人間扱いされてないぞ。でも、リンの目はオレを蔑むものではなかった。
どうせ犬なら、オレはリンを守る番犬になろうと思った。こんなに小さくてきれいなものは、簡単に壊れてしまいそうだから。
わんわんと犬の鳴き真似をすれば、リンは声をあげて笑った。そんなに喜ぶなら毎日でもやってやる。
ふと、むき出しになった左頬の傷が疼いた。大きな口で笑ったせいだろうか。かさぶたは取れたが、まだ皮膚が薄いのだ。
オレが頬を軽く押さえると、リンが気遣うように近づいてきた。
「ロキ……その手の下にさっき言ってた傷があるのか?」
「うん、気持ち悪いから近くで見ないほうがいいよ」
「手をどけてみろ」
オレが傷をあらわにすると、リンは痛まし気に眉をひそめた。やっぱり……醜いよな。
しかし意外なことに、リンはためらいなくその細い指でオレの頬に触れたのだ。
「これは……痛かっただろう。何にやられたんだ」
「熊に。オレも熊をやっつけたから、おあいこなんだ」
「ははっ、普通はそうは言わないぞ。よし、治してやろう……」
リンの細い指から、ぽうっと白い光がふくらんだ。
その指先がそっと撫でるように、傷の上を行き交う。
じんわりと柔らかい熱が頬にしみていく。
オレは目を閉じた。リンの気持ちがうれしくて、涙が出そうだった。
「はい、治ったぞ。まだ定着してないから引っ掻くなよ」
半信半疑で鏡の前に行く。少し曇った鏡の中には、きれいに傷跡が消えたオレの顔があった。
「魔法なの?すっげー!傷が治ってるー!」
「それほどでもないぞ。ロキが風魔法を使えるように、私は聖魔法が使えるのだ。魔力が少ないのでたいしたことはできないが」
「いや、すごいよ!それ聖魔法って言うんだね。ありがとうー!」
興奮するオレの勢いに、リンは照れくさそうに髪をかきあげた。
「リンはやさしいね!」
「……いや、私はやさしくない。なにかが足りないのだ……」
リンの顔からすっと笑みがひき、能面のような無表情が貼り付いた。
「リン、ごめん。オレなにか気に触ることを言った?」
「気にすることはない。ロキ、私は本当にやさしくないのだ……」
リンは俯いて、すっとオレに背を向けた、小さな肩が震えている。
これ以上オレとの会話を続けるのを、背中で拒絶していた。……嫌われた?
さっきまでの浮かれた気分が、しゅっと萎んでいった。
リンはどこから来たんだろう。なにを背負っているんだろう。
聞きたいことは山ほどあるけど、無理に暴く気はないんだ。
なにも知らなくたって、いつかリンがここを去る日まで、オレはリンを守るって決めたんだから。
◇◇◇
――オレがパンと牛乳で朝メシを済ます間も、リンは背を向けてベッドに横たわったままだった。
「朝メシ、ここに置くよ。おなかが空いたら食べてよ。冷蔵庫の中のもの、なんでも食べていいよ。オレ、夕方までは森で仕事するから」
「……ああ」
「外は危ないから、今日は出ないでほしい。今度、森の歩き方を教えるよ」
「……」
いきなりこんな辺境に来て、こんながさつな大男といっしょに住むことになってしまって――リンの身になって考えれば、受け入れられなくて当然だ。
うれしいのは、たぶんオレだけだったんだ。
それでも、リンはやさしかった。
オレはつるりとなった自分の頬に触れた。
リンはなにかを抱えてここに来た。
今はひとりにしておこう。
オレは足音を忍ばせて、いつもの作業袋に道具とパンを詰めた。
そっとドアを開けると、小鳥たちが飛び立っていく。
ふたりなのに、ひとりのときよりひとりぼっちになった気がした。
それでも、いつものように、オレは大樹の森に足を踏み出した――
あなたにおすすめの小説
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
婚約破棄させた愛し合う2人にザマァされた俺。とその後
結人
BL
王太子妃になるために頑張ってた公爵家の三男アランが愛する2人の愛でザマァされ…溺愛される話。
※男しかいない世界で男同士でも結婚できます。子供はなんかしたら作ることができます。きっと…。
全5話完結。予約更新します。
長年仮番として務めてきましたが、王子は正式な番を娶るそうです
けふ
BL
王都を守る巨大結界は、王族の魔力によって維持されている。
第二王子アデルの傍らには、常に一人の騎士がいた。
近衛騎士レオン。
彼は長年、王子の「仮番」として特別な任務を担っている。
しかし王子は、他国の王女との正式な番契約が決まってしまった。
仮番の役目は、そこで終わるはずだった。
だが結界塔で行われる儀式の中で、
二人の関係は次第に変わり始める。
王族と騎士。
主と臣下。
越えてはならない境界を前にしても、
王子は騎士の手を取る。
「共に立て」
※オメガバースではありません
※ふんわり読んでください
※なんでも許せる方向け
※イラストはChatGPTさん
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
完結しました!ありがとうございました。
神子の余分
朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。
おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。
途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。
有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います
緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。
知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。
花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。
十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。
寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。
見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。
宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。
やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。
次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。
アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。
ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。
「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜
鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。
そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。
あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。
そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。
「お前がずっと、好きだ」
甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。
※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています