追放王子は辺境の番犬によしよしされて愛を知る。

まめ

文字の大きさ
8 / 22

08 王城 オズウェル


「すみません。リンフォード王太子殿下にお会いしにきたのですが――」
「先日の水害復興のお礼を申し上げたく――」
「はい、教会から参りました。昨日の定例訪問にいらっしゃらなかったので、お体が心配で――」
「王太子殿下は――」
「いつもお心を砕いていただいて――」
 
 王城の正門には、リンフォードに訪問を求める人々がひっきりなしに訪れていた。
 それは、王都から数日かかる遠方の田舎貴族であったり、彼が手厚く保護している教会孤児院の司祭であったり、王族からすると気にかけるほどでもない小さな存在ではあったが、みなリンフォードによって生活を助けられた者たちだった。

「ええぃ!ごちゃごちゃと煩いわ。一昨日の夜会でオズウェル殿下が王太子となったのだ。リンフォードという名の者は王城にはおらん!」 
「リンフォード殿下は?」 
「知らん! 全会一致で追放処分となったのだ。私たち門兵はそれ以上のことは何も知らん!」
 
 司祭の後ろから小さな少女が顔をのぞかせる。
 
「殿下……もういないの?」 
「そうだ! わかったらさっさと帰れ」

◇◇◇

「オズウェル王太子殿下、本日もあの方を訪ねてくる者がひっきりなしで……」 
「うっとうしいが、決定してからまだ日が浅い、知らぬ者がいても仕方のないことだ。明日には正式に私が王太子になったことを公布しよう。それまでの我慢だ」
 
 報告に来た近衛騎士団長の言葉に、俺はイライラを募らせた。
 兄が世話していたかわいがっていたやつらの面倒を見るなんて死んでもごめんだ。
 全部宰相や文官に任せておけばいい。そのために彼らがいるのだろう。

 コンコン――
 軽いノックの音ととともに、執務室のドアが開かれた。
 
「あの……」 
「うるさいといっているだろうが!」 
「ご、ごめんなさい、オズウェル様。一緒にお茶でもと思ったの」
 
 そこには兄の元婚約者、そして今は俺の婚約者となった公爵令嬢クレマンティーヌが、青ざめた顔で立ち尽くしていた。
 
「す、すまない、クレマンティーヌ。君だと思っていなかったんだ。お茶のお誘いなら喜んで。中庭のガゼボに用意をしてもらおう」 
「うれしいわ。今までゆっくり二人で過ごせる時間なんてなかったんですもの」 
「ああ、そうだな。もう邪魔者はいないんだ。これからは堂々と人前で手をつなげる」 
「うふふ、じゃ中庭までエスコートしてくださいませ」
 
 少し強引に手を引くと、彼女はうっとりと目を潤ませて、俺に体を預けてきた。
 そっと抱き寄せて髪にキスをする。
 もっと先を望む情欲を含んだ彼女の眼差しに、腹の中で大笑いした。

 俺はクレマンティーヌのことをそれほど好きでもなかったが、彼女の持つ公爵家の力は国には必要なものだった。
 職務にかかりきりの兄だったが、彼女のことを放置していたわけではないし、それなりに大切にしていたのは知っている。
 しかし、蜜のように甘い言葉や贅を尽くした贈り物で、いたく簡単に彼女はこちらに落ちた。
 この女は俺のコマのひとつでしかないが、最後まで甘い夢を見させてやるとしよう。公爵家のお姫様バカ女

 
 中庭の中央、白いガゼボの周りは薔薇の花であふれかえっていた。濃密な甘い香りに吐き気がしそうだ。
 この中にあるひときわ大輪の赤い薔薇『クレマンティーヌ』は、兄が彼女に捧げた新品種。今となっては忌々しいだけの代物。
 俺は庭師を呼んで、すぐにあの株を処分するように命じた。
 クレマンティーヌは、自分の名の薔薇が目の前で切られているのに気づきもせずにお茶を楽しんでいる。
 ――俺があのときどれだけ嫉妬したか。おまえなど兄の手を取る資格などなかったんだ。 

◇◇◇
   
 子どもの頃は、いつか兄さんが死んでしまうのではと心配でしかたなかった。
 陽に透ける白金の髪。澄んだ泉のような静かな水色の瞳。新雪のように白く、無垢な柔肌。
 光の中で兄さんが笑うたびに、そのまま透明になって消えてしまいそうで、いつもぼくは怖かった。
  
 細い小さな手でぼくを撫でては儚げに笑う、人を信じてばかりの純真な兄さんが見せてくれたのは、やさしさだけの世界。ずっとあの中に浸っていたかったのに。――兄さん、ぼくたちは大人になんてなるべきじゃなかったんだ。
 夜会で絶望した表情の兄さんは、孤高で、悲しいくらいに美しかった。
 
 手に入らぬものならば、壊してしまえ。
 
 兄さん、この世界は欲にまみれている。
 兄さん、汚れを知らぬままでいて。
 兄さん、どうかぼくだけを見て。
 兄さん。兄さん。兄さん。――兄さんなんて大嫌いだ。
 
 
感想 1

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

婚約破棄させた愛し合う2人にザマァされた俺。とその後

結人
BL
王太子妃になるために頑張ってた公爵家の三男アランが愛する2人の愛でザマァされ…溺愛される話。 ※男しかいない世界で男同士でも結婚できます。子供はなんかしたら作ることができます。きっと…。 全5話完結。予約更新します。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

長年仮番として務めてきましたが、王子は正式な番を娶るそうです

けふ
BL
王都を守る巨大結界は、王族の魔力によって維持されている。 第二王子アデルの傍らには、常に一人の騎士がいた。 近衛騎士レオン。 彼は長年、王子の「仮番」として特別な任務を担っている。 しかし王子は、他国の王女との正式な番契約が決まってしまった。 仮番の役目は、そこで終わるはずだった。 だが結界塔で行われる儀式の中で、 二人の関係は次第に変わり始める。 王族と騎士。 主と臣下。 越えてはならない境界を前にしても、 王子は騎士の手を取る。 「共に立て」 ※オメガバースではありません ※ふんわり読んでください ※なんでも許せる方向け ※イラストはChatGPTさん

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。 完結しました!ありがとうございました。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。 途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。

有能すぎる親友の隣が辛いので、平凡男爵令息の僕は消えたいと思います

緑虫
BL
第三王子の十歳の生誕パーティーで、王子に気に入られないようお城の花園に避難した、貧乏男爵令息のルカ・グリューベル。 知り合った宮廷庭師から、『ネムリバナ』という水に浮かべるとよく寝られる香りを放つ花びらをもらう。 花園からの帰り道、噴水で泣いている少年に遭遇。目の下に酷いクマのある少年を慰めたルカは、もらったばかりの花びらを男の子に渡して立ち去った。 十二歳になり、ルカは寄宿学校に入学する。 寮の同室になった子は、まさかのその時の男の子、アルフレート(アリ)・ユーネル侯爵令息だった。 見目麗しく文武両道のアリ。だが二年前と変わらず睡眠障害を抱えていて、目の下のクマは健在。 宮廷庭師と親交を続けていたルカには、『ネムリバナ』を第三王子の為に学校の温室で育てる役割を与えられていた。アリは花びらを王子の元まで運ぶ役目を負っている。育てる見返りに少量の花びらを入手できるようになったルカは、早速アリに使ってみることに。 やがて問題なく眠れるようになったアリはめきめきと頭角を表し、しがない男爵令息にすぎない平凡なルカには手の届かない存在になっていく。 次第にアリに対する恋心に気づくルカ。だが、男の自分はアリとは不釣り合いだと、卒業を機に離れることを決意する。 アリを見ない為に地方に移ったルカ。実はここは、アリの叔父が経営する領地。そこでたった半年の間に朗らかで輝いていたアリの変わり果てた姿を見てしまい――。 ハイスペ不眠攻めxお人好し平凡受けのファンタジーBLです。ハピエン。

「出来損ない」オメガと幼馴染の王弟アルファの、発情初夜

鳥羽ミワ
BL
ウィリアムは王族の傍系に当たる貴族の長男で、オメガ。発情期が二十歳を過ぎても来ないことから、家族からは「欠陥品」の烙印を押されている。 そんなウィリアムは、政略結婚の駒として国内の有力貴族へ嫁ぐことが決まっていた。しかしその予定が一転し、幼馴染で王弟であるセドリックとの結婚が決まる。 あれよあれよと結婚式当日になり、戸惑いながらも結婚を誓うウィリアムに、セドリックは優しいキスをして……。 そして迎えた初夜。わけもわからず悲しくなって泣くウィリアムを、セドリックはたくましい力で抱きしめる。 「お前がずっと、好きだ」 甘い言葉に、これまで熱を知らなかったウィリアムの身体が潤み、火照りはじめる。 ※ムーンライトノベルズ、アルファポリス、pixivへ掲載しています