追放王子は辺境の番犬によしよしされて愛を知る。

まめ

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09 リンフォード


 ――パタン
 静かにドアが閉まる。
 ロキは森に仕事に出かけた。
 私はベッドに横になったまま、振り返りすらしなかった。
 しんと静まりかえった部屋に、誰も使う者のいないベッドが整然と並ぶ。木の床も窓ガラスもそれなりに清潔さを保っている。これは誰かを待っている部屋だ。
 私よりも四つも歳下の青年が、ずっとたった一人でここで――ロキのはにかんだ笑顔が頭に浮かんだ。
 
 小鳥にパンをやったり、ロキがひげを剃ったり、ついさっきまで私たちは楽しく会話を交わしていたというのに。
 ロキの目があまりにも真っ直ぐで、こんな私のことを『やさしい』なんて言ってくれるから――昔、わたしを『やさしい』と言った人たちのことを思い出してしまったのだ。
 
◇◇◇
  
 大切な弟オズウェル。
 一つ年下のオズは明るく健康な少年だった。一方、その頃の私は病弱で一年の半分くらいをベッドの上で過ごしていた。
 私が熱を出すたびに見舞いに来ては、手を握ってくれたオズ。
 月日が経つにつれ、オズは身長も体重も私を上回り、大人の体へと成長していった。ただうらやましかった。
 しかし、「兄さんが倒れたら俺が運ぶからね」なんて得意そうに言う姿は頼もしく、オズが弟でよかったと思った。
 私は弟を応援こそすれ、妬む気持ちはなかった。
 
 活発なオズはよく怪我をしては私の元に来た。
 
「兄さん、ひざすりむいちゃった。魔法で治してよ」 
「よしよし、すぐ痛くなくなるからね」 
「兄さん、ぼく泣くの我慢したんだよ。ほめてよ」 
「オズはえらい子だー。頭なでなでしてあげよう」 
「えへへ、兄さんやさしいね。大好き」 
「私もだよ。大切なオズ」

 大人になってからも、その気持ちは変わらないと思っていたのに。
 
 夜会でのオズを思い出すたびに、胸が締め付けられた。いつのまにかオズは高い場所から私を見下していた。――私はどこで間違ってしまったのだろう。

◇◇◇
 
 私の婚約者クレマンティーヌ。
 七歳にして、王太子妃となる運命を背負ってしまった頑張り屋の可愛い少女。
 
 私が不甲斐ない分、学業、外交、彼女の負担が増やされていったのは申し訳なく思っていた。
 成人して健康を取り戻した私は、彼女の荷物を背負えればと頑張ったつもりだった。
 しかし、辛かった時期に寄り添ってくれたのは、きっと弟だったのだろう。

「臣下から新品種の薔薇を献上されたんだ。君の名をもらって『クレマンティーヌ』って名付けてもいいかな」 
「まあ、殿下うれしいですわ」 
「いつも私の代わりに頑張ってくれてありがとう。早く元気になるから」 
「殿下のやさしさ、お気遣いは、わたくしに元気をくれるんです。薔薇が咲くのを楽しみにしていますね」

 誕生日や夜会、ことあるごとに感謝の思いを伝えてはいたが、私は恋愛というものがわからないままだった。
 彼女が望んでいるものを、私は与えることができなかったのだ。
 
 夜会の彼女は、艶やかで美しい大人の女性だった。王妃になることが一番の目標であったとしても、オズを見上げる赤く染まった頬は恋する女性のものだった。

◇◇◇

 父上、母上、周りの貴族たちについては、あまり考えたくない。
 昔からオズウェルを担ぎ上げたいと思っていたのだろう。私が気づかなかっただけなのだ。
 
 私は、贅沢な暮らしをしながらさらに上を望む貴族たちよりも、苦しい生活をしながらも真面目に生きる市井の者に手を差し伸べたかった。
 今となってはそれを叶えることもできないが、そういう国を夢見ていたのだ。
 
 人にやさしくありたかった。
 でも、私をやさしいと言ってくれた弟も婚約者も、もうそばにいない。なにが私に足りなかったのだろう。

◇◇◇
   
 ロキ。
 彼は辺境に縛り付けられた農奴でありながら、全てを受け入れて、たった一人でこの地に立っている。
 毎日が同じ繰り返しなのに、諦めることなく生を楽しんでいる。
 大きな体にあふれんばかりの生命力。
 濁りのない柔らかな魂。
 私を思いやるあの瞳には、悪意などないのはわかっているのに、今朝は彼の手を振り払ってしまった。
 あの時の彼の声――
 
 帰ってきたら謝ろう。
 今の私には、ロキが必要なのだ。
 この辺境で生きていくため。いや、それだけではないなにか。
 
 彼のそばは居心地がいい。――私の大きな犬。
 

 
  
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