追放王子は辺境の番犬によしよしされて愛を知る。

まめ

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10 ロキ


 この地で一人になって、もう三年くらいになるだろうか。
 その間オレなりにいろいろ考えてきたけど、結局はなるようにしかならないんだよな。
 爺ちゃんは『この世に無駄なものはない』と言ってたし、オレもそう思う。
 リンを小屋に連れてきたのも、オレの顔に熊の爪痕があったのも、今リンが塞ぎこんでいるのも、きっと必要なことなんだろう。
 だとしたら、これからオレはどうすればいい?――
 
 コーン……コーン……と、斧を樹に打ち付ける高い音だけが、森を抜けていく。
 ふと思った。
 ごちゃごちゃ考えずに、風呂に入って一息つこうって。
 リンも連れていけるだろうか。
 あの河原は景色がよいし、気持ちのよい風が通る。風呂に入ったら、少しは気が紛れないかな。 
 でもなあ、出会ってばかりのオレの前で裸になるのは嫌かもなあ。 
 オレはリンの裸をちょっぴり想像してみたが、細くて白い――シロイモリしか頭に浮かばなかった。
 まあ、いい。帰ったら誘ってみるか。



 日が傾きはじめる頃、いつものようにオレは汗まみれになっていた。
 手早く道具を片付けて、小屋へと急ぐ。
 まだリンがいてくれるといいな。
 少しは元気になったかな。
 今朝の様子を思いだして、チクリと胸が痛んだ。

 ドアをノックして部屋に入ると、リンは威勢よくタンスを引っかき回していた。
 今朝散らかした書類を片付けたばかりなのに、今度は床一面に服が散乱している。
 
「ただいま、リン。派手にやってるね」 
「ああ、服を着替えたいのだが、どれもこれも大きすぎるっ。この夜会服は窮屈でたまらんのだー」
 
 頬を上気させ服に埋もれるリンは、活きのいい子猫に戻っていた。
 
「そのシャラシャラの服、とてもリンに似合ってる。でも確かに疲れるかも……」
 
 オレは物置に行き、しまってある服を掘り出した。
 それはオレが小さかった頃に、爺ちゃんが用意してくれた服だった。すぐに成長して着られなくなったので、ほとんど袖を通していない。
 白いシャツに黒いズボン。ただの支給品だから、リンの服みたいな高価なものとはほど遠い代物だ。
 
「これ、オレのお古だけど。……よかったら着てみる?」 
「かまわん。洗ってあるのだろう」
  
 さほど抵抗なしに、リンは服を受け取った。それほどに今の服が辛いのだろう。
 ずっと着の身着のままなことに、早く気づけばよかった。
  
「うん。あ!洗うと言えば。リン、風呂に行かない?」 
「風呂だと? この家には無かったが……」 
「ここじゃなくて、近くの河原に温泉が湧いているんだ。オレが穴を掘って風呂を作ったの」
 
 リンはぎょっと目を大きく見開いた。みるみるうちに顔が赤くなっていく。
 
「う……、なんとも原始的な。それでは周りから、裸が丸見えではないか」 
「あははっ!この地にはオレしかいない。気にしなくても大丈夫だよ」 
「そうか……ロキだけなら」 
「体、きれいにしたいだろ。ここでお湯を沸かしてもいいし」
 
 難しそうな顔で考えこんだリンは、おずおずと言葉を口にした。
 
「……私は一人で風呂に入ったことがないのだ。いつも侍従の手を借りていた。風呂の作法がよくわからぬ……」 
「じゃあ、オレと一緒に入る?」 
「ああ、頼む」

 オレは作業袋の中に、石鹸や手ぬぐいを放り込んだ。
 きれいな服が河原の土で汚れてしまうから、リンにはここで着替えてもらった。
 戸惑いながら、リンはしゅるしゅると帯を解きはじめた。紐やら金鎖やら複雑に交差した服は、脱ぐのも大変そうだった。

「ロキ、私は一人で服を脱いだことがないのだ。この紐はどうすれば解けるのか……まったくわからぬ」
 
 困った顔でオレを見上げるリン。はだけた上衣からのぞく白い胸元、細い腰骨の上に絡まる金鎖。――これは見ちゃダメなやつだ。オレは思わず目を反らした。 
 さっきからリンは『一人で風呂に入ったことがない』『自分で服を脱いだことがない』と、自分の経験不足を恥じているようだった。
 自分の肌を見られることのほうが恥ずかしくないのかな。普通の人ならば――オレはまだ知らぬリンの素性について思いをはせた。
 
 
  
 言われるままに手を貸し、服を解き、リンがシャツを羽織ったときには、もう夕暮れが迫っていた。
 
「リン、夜になるとこの森は真っ暗になるんだ。急ぎたいから、オレの背中に乗ってくれる?」 
「私は人にあまり触れたことがない。しかし、……おまえならいいか。落とすなよ」
 
 リンの手がオレの肩にかかる。小さな温度が背中にそっとくっつく。かすかに香木のよい匂いがした。その頼りない重さが自分にゆだねられたことを、うれしいと思った。 
 その喜びのままに、オレは大樹の森をひた走った。
 
「ロキ、速すぎる。怖い!」 
「しっかりつかまっててよ。あっと言う間に着くから」
 
 最初のうちリンはオレの髪を掴んでいたが、おんぶに慣れるとオレの首に両腕を回してきた。
 
「この姿勢がいちばん楽だな。……ロキは森の匂いがする」 
「汗臭くないならよかった。もうすぐ到着するよ」

◇◇◇
 
 河原も、水面も、夕焼け色に染まりつつあった。
 背中からリンを降ろすと、ため息をついて辺りの景色に心を奪われていた。
 刻々と空の色は変化し、夜の紫が混じりはじめる。一日の終わりの色。オレはこの時間の空がいちばん好きなんだ。 
 あちこちから白い湯気が立ち上る河原を歩き、自作の風呂に案内すると、リンは物珍しそうに湯に手を突っ込んだ。
 
「ん、温かいぞ……」 
「うん、この下から熱い湯が湧き出ているんだ。川の水を引いて、温度調節しているんだよ」
 
 オレが服を脱ぎはじめると、リンもそれに従う。風呂に先に入って手を貸すと、恐る恐るお湯に足を浸けた。ちゃぽん――
 リンの白い足が、細い腰、薄い腹、華奢な体がすぐ目の前にあった。
 湯気ごしに見えるリンの裸は、シロイモリなんて比べものにならないくらい美しかった。
 オレは意識しないよう、自分に言い聞かせた。
 
「ロキ、髪はどうすればいいのだ。私は自分で洗ったことがない」 
「後で洗ってやるよ。今はひとつにまとめておいて」
 
 この風呂はオレ用の深さに掘ってある。小さなリンが入るには深すぎた。
 
「そこ深いから、溺れないようにここに座りなよ」 
「うむ……」
 
 オレは太ももの上に、ちょこんとリンを座らせた。
 そして、彼を乗せたまま、大きく伸びをして体の力を抜いた。
 
「はぁー、生き返るー!」 
「なんだそれは? ロキは死んでいたのか?」 
「違うよ。生まれ変わったみたいに気持ちいいってこと」
 
 リンはオレの胸に背中を預けると、真似するように大きく伸びをした。
 
「はぁー、生き返る。ってこんな感じか?」 
「体がぽかぽかして、気持ちがほぐれる感じかな」 
「ふむふむ、なるほど……。はぁー、私は生き返ったのだー!」 
「あはは、変なの」 
「ロキが言ったとおりにしただけだ。バカ! 犬!」
 
 リンはばしゃばしゃとオレにお湯をかけた。
 それはとてもいい笑顔で、オレは風呂に連れてきてよかったと心から思った。
 
「わんわん! わーん!」 
「ははっ。……楽しいな。たかが風呂なのにこんなに楽しいとは……」 
「わん!」 
「……お、おまえといると、楽しい」 
「わんわん!」 
「このバカ犬が! あははっ!」

 
 リンの髪を洗って、すっかり日の落ちた河原でオレたちは服を身に付けた。
 
「何も見えない……こんなに真っ暗になるものなんだな」 
「うん。でも、オレの目は暗闇も見えるから安心して」
 
 リンをおぶって河原を歩けば、森の方から無数の光が流れてきた。小さな光は風に乗ってふわふわと舞い、空に広がっていく。
 
「な? あれは魔物か?」 
「蛍だよ。光る虫なんだ。あの光は求愛の光なんだって」 
「求愛か……虫でも愛を語るのに……私には、愛というものがよくわからないのだ……」 
「まだその時期じゃないだけだろ。人間じゃなくたって……虫も獣もそういうもんだよ」 
「そうだといい……」

 蛍の光の間を縫って、オレは帰り道を走った。
 次第にリンは速さに慣れ、小屋に着くころにはきゃっきゃと喜んでいた。
 リンの纏う空気が柔らかく変化していた―― 
 


 
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