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11 リンフォード
今朝の私は、昔のことを回想して陰鬱な気持ちを持て余していたのだが、ロキと風呂に入ったらなんだかどうでもよくなってしまった。
彼におぶわれて森を駆け抜ける爽快感。
ロキの大きな体の上でのんびりと湯に浸かれば、悩みさえもゆっくりと湯に溶け出していくようだった。
誰とも肌を重ねた経験のない私は、ロキを背中に感じながら、人の肌がこんなに落ち着くものだと初めて知った。
懸念していたような淫靡な気配など皆無で、凝り固まった心身が息を吹き返すような解放感だけがあった。
まさに生き返るようだった。
帰り際に見かけた蛍という虫。
淡い光を放ちながら求愛をするというその虫に、私は自分のふがいなさを思ったが、ロキはそれを吹き飛ばしてくれた。
「まだその時期じゃないだけだろ」
その言葉は私に対する慰めなどではなく、ロキにとっては当たり前のことのようだった。
いつかその時期が来れば、私にも愛というものがわかるのだろうか。来ないことを憂えるより、その時を楽しみに待つことにしよう。
少し呼吸が楽になったように感じた。
きっと私はこの言葉を、この時間を忘れないだろう。
◇◇◇
家に帰れば、転送箱の中に砂糖と蜂蜜、小麦粉が届いていた。
贅沢品の申請は却下されるかと思ったが、ここの仕組みはよくわからない。
なんにせよ、甘味が手に入ったことはありがたい。きっとロキの喜ぶ顔が見られるはずだ。心が浮き立つのを感じた。
「リン、晩メシ作るぞー! 今晩もパン粥にする?」
「ふっ、昨日のあれはいただけなかったな。今日は私が味をつけるぞ。この調味料でな!」
砂糖と蜂蜜をロキの目の前に突きつけると、彼は不思議そうに首を傾げた。
「どっちもきれいな色だね」
「そうじゃない!さあ、ロキ。粥を作るのだ。私は作り方を知らん」
「はーい」
ロキは調子っぱずれの鼻歌をふんふん歌いながら、楽しそうにパンを切り、牛乳とともに大きな鍋で煮込んだ。
「くたくたに煮込んだよ。ここからどうすればいい?」
「ふふっ、こいつを入れるのだ」
私はスプーンでたっぷりの砂糖をよそい、煮え立つ鍋に投入した。
蒸気とともに、部屋中に甘い香りが充満する。
「わ!これはなんの匂い?花とも果物とも違うねえ」
「これは砂糖という調味料だ。とにかく一口食べてみろ」
「うん!」
ロキは小さなスプーンに一さじすくうと、大きな口を開けた。そして、ゆっくりと咀嚼すると目を潤ませてほうっとため息をついた。
「どうだ。甘いだろう」
「頭がくらくらするほど甘くて美味しいよ。もったいなくて飲み込みたくない」
「ふん、まだたくさんあるのだ。さっさと飲み込め」
熱々の粥をスープ皿によそい、テーブルにつく。
彼と共に料理を食べるのは、ここに来てから初めてかもしれない。
皿からあがる湯気の向こうでは、ロキがうれしそうにこちらを見つめていて、胸の奥がくすぐったかった。
「リン、いただきますっ!」
「ああ、たくさん食べるがいい」
料理などしたこともない。ましてや自分で味をつけるなんて、今まで考えたこともなかった。
私は、恐る恐る粥をすくった。
一口含むと、砂糖の甘みが口いっぱいに広がる。そのとんでもない甘さで歯が疼いた。
「あああっ!甘いっ!」
「うん、甘くておいしいねー」
「違うっ!これは甘すぎるのだ。砂糖を入れ過ぎたのか……」
私は冷蔵庫から牛乳を出して、自分とロキの皿にドバドバと注いだ。
ミルク粥は、しゃばしゃばのミルクスープになってしまった。
「こっちも美味しいね!」
「うむ、これくらいの甘さが適正なのだ……」
「オレどっちも好き。リンが作ってくれたから美味しいし、いっぱいうれしい」
「……っ。黙って食べろ」
「わん!」
それから、私たちはおとなしくミルクスープをすすった。
腹がふくれるにつれ、まぶたの上下がくっつくようだ。とてつもなく眠い。
カラン――自分のスプーンが床に転がるのがわかった。
「……リン、眠いんだね。ベッドで寝ようか」
ロキの太い腕が、そっと私を抱え上げる。起こさないように気づかっているのか、そのやさしい手つきがうれしくて切なくて――
「おや、笑った。
……かわいいね、リン。
……おや、涙だ。
よしよし、今日も頑張りました。
リンはいい子だね……」
ロキは子どもをあやすように、私の背中をゆっくり撫でながらベッドに運ぶ。
彼の穏やかな声が、心にじんわりと染みていった。
「おやすみ、リン。よい夢を」
(ロキ、おやすみ……)
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