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20 クロ
――我思う、故に我あり――
神や魔物が跋扈する混沌の中で、我が己を獲得したのはいつのことだかわからない。
何にも属することなく、屈することもなく、辺境の深き森に棲み、欲望のままに魔物を喰らっていたのだが、いささか退屈すぎた。
森の傍に家が建ち、人間が出入りするようになったとき、私は思った。あやつらはどんな味がするのだろう。
一人目を喰ったとき、あまりにも貧弱な味に失望した。
二人目を喰ったとき、僅かな魔力の気配に少し感動した。このような脆弱な命でも、世界の理に触れる程度の力があるのか。
魔力を帯びた人間は、まあまあ喰えた。とはいえ、泥濘の石ころ程度だが。
◇◇◇
ある日、森の入り口で小さな人間を見かけた。
そいつの手にある石は、魔力を内包する魔石。懸命に磨く様から、なんらかの石の気配を感じているらしい。
私は四つ足の生き物に姿を変え、人間に近づいた。
「……その……石を……よ、こせ……」
「わっ!猫がしゃべった!」
「……ねこ?」
「石がほしいんだね。はい、どうぞ」
我は差し出された石を喰らった。なかなかよい味だった。この小さな人間に興味がわいた。
泥だらけの薄汚れた人間は、濁りのない黒い眼を輝かせ、真っ直ぐに我を見つめていた。警戒心の欠片もないのか。
「……対価をやろう」
「オレ、友だちがほしいんだ。おまえが友だちになってよ」
「……ふむ、なってやらんこともない。何をすればいい?」
「じゃ、かけっこ!」
小さな人間――ロキは、我をクロと呼び、ただ共に走るだけで喜んだ。
穢れのない無垢な魂に、ぷつりと牙をたてるのを想像するだけで、我の口内に唾液が溜まる。
それだけではない、ヤツの体の奥には魔力の反応がある。この魔力がもっと大きく育てば、さぞかし喰いごたえのある代物となるだろう。
我がロキとの交流に飽きたとき、ヤツに土産を仕込んだ。風魔法と、無限に魔力を蓄える体。
魔法の行使により、魔力は研ぎ澄まされ美味くなる。辺境に漂う魔力すら取り込んでしまう体は、大きく育つだろう。ああ、楽しみだ。
ロキ、大きく育て。美味くなれ。そして、いつか私の糧となれ――
◇◇◇
久しぶりにロキの成長を見に行けば、ヤツは魔力を溜め込んだ巨大な人間となっておった。
そして、一緒にいる小さな人間。この聖魔法の気配は、人間の王とやらの血脈が有するものだ。
王族と奴隷、天と地ほどに位が違う者が共に過ごし、心を通じあわせている。こんな滑稽なことはない。
絶妙なスパイスの予感に、我はロキを喰らうのをもうしばらく待つことにした。
そして、二人を伴侶の縁で結んでやった。
愛が無くなりどれだけ憎み合っても、縁が出来た以上、離れても呼び合ってしまう。
この二人が紡ぎ出す愛憎は、どのような味がするのだろう。
◇◇◇
その夜は、普段より森の魔物が騒がしかった。
吹雪の中で腹を空かせた魔物たちが、喰らい合い雄叫びをあげる。
我は戦いに疲れた魔物を次々と呑み込んだ。
腹の中でのたうち暴れる気配に、ますます気分が高揚した。
――と、我の深淵に干渉する者がいた。
伴侶の縁を辿り、我の中に侵入する細く白い指。この我の力を捻じ曲げ、変換行使するほどの意志の強さ――これは、あの小さき王族か。
「ふっ」と笑いが漏れた。人間の分際でそのようなことが出来るとは。
ありえないからこそ、面白い……
想像もよらぬ可能性を秘めている、あの二人の味は――予想もつかぬのう。
◇◇◇
我は、雪の降る森でひとり斧を振るロキの前に姿を現した。
「あっ、クロだー。今日も寒いね」
「お、お主なぜ縮んでおる!このまえまで美味そうだったのに」
「このまえ、うちに魔物が来てさ。大怪我して死にかけたら、なんかこうなってた」
「我の肉がぁ!」
「あ、そうそう。伴侶の縁のおかげで、オレの命助かったらしい。クロ、ありがとな」
「……別にそんなつもりではない」
「照れてるのか?ほんと感謝してるって。リンもそう言ってた」
「感謝などいらぬ!我と馴れ合うな!」
「クロ、怒ってるの?」
「怒ってなどおらぬ!……精々長生きしろ。またの」
ロキのそばは居心地がよくて、居心地が悪い。
早々に逃げ出しながら、あやつが我以外のものに喰われかけたことを腹立たしく思った。
ロキは我の❛Ψ窳‰㴺§¶愛囓❜だ。――そう印を付けておこう。
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